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第26話 詠唱

「雫下がれ!」

「は、はい!」


 雫は迅の言葉に反応してすぐに後ろに飛び退く

 響いた金属音の原因は雫の目の前で起きた

 槍先と剣身がぶつかった音


 ……探索者に攻撃……まさか迷宮狩人の探索者が……いや、今それは良い


 信じられないと思いながらも目の前で起きた事を冷静に飲み込む

 ダンジョン内は死と隣り合わせ

 そして警察が下手に入れない危険な領域、故に何が起きたとしてもその場に居合わせた者しか真実を知れない

 その為、ダンジョン内で犯罪行為を起こす者が居る


「正気ですか」

「取り合いなんて良くある事、それにダンジョン内で負傷者が出るくらいおかしい事じゃない」


 話している迅雷に剣を叩きつける

 槍で防がれる

 ジリジリと押し合う


「おっ、君は動じないのか。驚きだ」


 笑みを浮かべる

 奇襲をされれば大抵の探索者は驚いたり戸惑う、糾弾などを行う

 奇襲を防いで尚且つ会話では無く攻撃を仕掛けてくる探索者は少ない


「差程驚く事では無い。お前のような屑は何処にでも居る」

「酷い言われようだ」


 剣を弾いて素早く引き鋭い突きを繰り出す

 迅は半身を反らして躱す

 剣と槍で切り合う

 ぶつかる度に金属音が響き渡る

 互いに自身に身体強化の魔法を掛けて戦う


 ……早い、見覚えのない剣術、我流か


 戦いながら迅の動きを観察している

 強みを避け弱みを付く

 踏み込み鋭く連続で突きを繰り出す

 剣で上手く捌かれる


 ……斬り合いは互角、迅さん凄い


 雫は静かに戦況を見ていた

 現状互角、身体強化のみの斬り合いの実力に大きな差は無いようだ


「へぇ、俺とやり合えるなんて強いな。小規模のクランには勿体無い人材だ。俺のクランに来い」

「お褒めに預かり光栄だ。だが失せろ」

「つれないな」


 剣が服を掠るが傷が付かない

 硬い何かに触れた手応えがある

 軌道を変えて切りかかる

 その一撃は読まれていたようで槍で防がれた


 ……ほう、一撃当てられたか。気付かれたか?


 ……あの服、魔道具か。防御関連の効果だな


 迅は気付く

 軍服型の魔道具だと

 戦況は互角のまま続いていく

 どちらも引かない斬り合い

 槍を大きく振るう

 剣で受け止めて大きく弾く

 素早く蹴りを繰り出すが軍服の効果でダメージは無い


 ……流石大手クランの探索者、良い魔道具使っているな


 槍の攻撃を躱し受け流す


 ……でも迅雷にはあれがある。私の障壁で防げるか分からない


 異名の由来となった雷魔法

 まだ使っていない

 打ち合い迅雷は一度距離を取った

 そして構えを解く


「君は名はなんと言う?」

「名乗る気は無い」

「別に減る物じゃない。俺の名は黒坂くろさか弥月みつき、迷宮狩人というクランの探索者で迅雷という異名で知られている」


 戦いの途中で名乗り始める

 構えは解いているが迅は下手には突っ込まない


 ……隙が見えないな


 迅の目には今の弥月も隙があるようには見えない

 突っ込んでも迎え撃たれる

 だから攻め込まないで様子を窺う


「名乗るくらい良くないか? 俺は強い者とは仲良くしたい主義でな。お前は合格だ」

「少なくともお前とは仲良くなる気は無い。お前は不合格だ出直せ」


 しっしっと追い返すように手を振る


「冷たいなぁ」

「妥当な扱いだろ」

「それには異議があるな。まぁいいや、そろそろ終わらせようか。雷よ駆けろ、我が身は雷となりて」


 弥月は言葉を紡ぎ始める

 詠唱だ


 ……魔法名じゃない? あれは一体


 雫は詠唱を知らない為、戸惑う

 詠唱無しの魔法で習得している雫には縁のなかった発動方法


 ……詠唱か


 自分で使った事がある迅はあれが詠唱だと気付く

 そして直ぐに魔法の詠唱を始める


「挑め血濡れた世界へ、歩め往く道を、望め彼方の頂きを、祈りに願いに飢えて進め」

「進め、望む道のみお前の運命さだめを切り開く」


 ……詠唱ありの魔法、期待を裏切らないな


 ……これ魔法の発動ですよね?


 立ち止まり詠唱をする

 その姿は異様にも見えるだろう

 傍からは武器を持つのに武器を使わず戦いもしていない


「歩みを止めるな、止まらぬ汝に運命は道を開く、飢えた獣よ直走れ、誰が為に駆けるか、歌え祈り願う者の狂歌ハングリーバーサーク

「一筋の雷光となれ、雷鳴を轟かせろ。ただ駆け抜けろ、全てを置き去りにして世界に己を証明せよ、走れ巡り駆ける者の証明サンダーアクセル


 2人とも詠唱を終えて魔法を発動した

 迅の見た目は変わらない

 弥月は雷を纏っている


 ……これが迅雷の魔法……迅さんのは見た目には変化無し?


 ……とんでもない威圧、ハングリーバーサークどんな魔法だろうか


 弥月はワクワクする

 見た目ではどのような魔法か分からない

 ただ同じレベルの詠唱をした魔法、弱い訳が無いと直感で理解している


 ……雷付与の魔法、身体強化だけじゃないか


 迅は剣を構える

 弥月もスッと槍を構えた

 静寂が訪れる


「お互い魔法を使ったんだ。すぐには終わらないでくれよ?」

「安心しろ。直ぐに終わらせる予定だ」


 動き出す

 動き出しは同時だった

 一瞬で距離を詰めて剣と槍が激突する

 切り合う

 凄まじい速度の攻防が繰り広げられる

 打ち合い、間髪入れずに追撃が襲いかかる

 素早い複数の剣撃が弥月に襲いかかるが素早く攻撃を槍を当てて僅かに軌道を逸らす


 ……速度強化の魔法か。サンダーアクセルと同等か


 ……早いな。見た目通りか


 鋭く素早い突きを繰り出す

 直撃の寸前で剣で軌道を逸らした

 どちらも速度強化の魔法、速度はほぼ変わらない


「こっちの魔法の方が上手のようだな!」


 雷を纏った槍を振るう

 弥月の魔法は速度強化だけでは無い

 全身、武器に雷を纏わせる事が出来る

 攻撃を防いだ剣を伝い迅の腕に雷が走る

 腕が痺れた


 ……厄介な。これは不味いな


 切り合う度に剣を腕に雷が流れる

 長期戦になればなる程、迅の不利になっていく

 短時間で倒そうと考えても速度も実力もほぼ拮抗している

 2人は激しい攻防を繰り広げていく

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