乾いた風が吹く。ひび割れた地面。砂塵がその上にふり注ぐ。
湿った激しい息遣いが、風を湿らせる。
はあはあと、激しく。
何分こうしているのだろうか。
肩には体に不釣り合いな小銃を立てかけ、手には拳銃を構え――
金色の短い髪が揺れる。
彼女の名前はベルティーナ=レヴァッキーニ。
この荒野が広がるアメリカ西部が、彼女の『住処』だった。
どこまでも続く地平線と、その先に沈みゆく太陽に照らされた大地が――
「しっかし、いつまで――」
そうベルティーナが言うやいなや、土のうが弾ける。中からサラサラと砂が落ちる。
連続してもう一発、命中する。
何分このようにしているのだろうか。
人気のない町にいつものように『商売』をしに彼女はやってきた。
地面に転がる樽。目に砂が入りそうになり思わず手で拭う。
その刹那、足元に銃弾が跳ねる音が響く。
狙われている!
とっさに物陰に飛び込むベルティーナ。
呼吸が乱れる。
こういうことはこの西部では珍しいことではない。
見たこともない敵が自分の命を狙ういうことは。
そのために、自分の身を守る『武器』が必要なのだ。
背中に背負っていた小銃を取り出し構える。ウィンチェスターM1873。最新型のレバーアクション式ライフルである。
瞬時に一発放つ。
排莢する。
敵はこの町の何処かに潜んでいるらしい。
しかも、場所を移動しながら狙撃しているようだった。
この状態が数時間続いていた――
「困っちゃうな......物取り目的かもしれないけど、こんなに粘られちゃぁ......」
ベルティーナは決断する。
そろそろ敵の銃弾も切れ始める頃だろう。
全速力で町の外れに停めておいた馬車に飛び乗る。
後は一目散に逃げれば、追いついてこないはずだ。
そう心に決めると、ライフルを構え一発撃ちはなつ。
そして、その瞬間身をひるがえし、全力で走り出すベルティーナ。
足には自信がある。特に、逃げ足には。
《もう少し......あと......百フィート!》
しかし――そこまでであった。
足元に銃撃。
顔を上げると――そこには銃を持った人影がいた。
瞬時に腰の拳銃を抜き放つベルティーナ。
しかし、地面に押し倒される。
喉元に鋭い刃物が突きつけられる。
「......」
長い黒い髪がベルティーナの顔にかかる。
女、それも少女の顔が目の前にあった。手には見たこともないようなナイフを、構えて。
沈黙の時間が流れる。
口を開いたのは、黒髪の少女の方だった。
「弾......」
「?......」
「弾を売って欲しい。オマエ......武器商人......?」
静かに頷くベルティーナ。全身の力が抜けるのを感じながら――
すでに陽は沈んでいた。
馬車の前で焚き火を炊く二人。
焚き火の上には鍋がぶら下がり、いい匂いがしていた。
「はい」
そういいながら、黒髪の少女にブリキの皿を手渡すベルティーナ。
両手で何かを拝むようにした後、その皿を恭しく受け取る。
「名前は」
「真田静――サナダ・シズカと申す」
「サ、サネダ?リ、リズ......えーっとうまく言えないから『
そういいながら、皿を地面に置く。
「なんで、いきなり撃ってきたの?弾丸がほしいのなら、そう言葉で言えば済むことでしょ」
皿の中のマカロニを上品に食べながら
「この西部では、相手に一発お見舞いすることが挨拶の礼儀と聞いた。念入りに挨拶をさせてもらったのだが」
どうも英語がたどたどしい。見た感じはまるで東洋の人形のような少女である。
髪は長く、肌は白い。
見たこともないような小銃を持ち、袖の大きい不思議な上着を着ていた。
「インド人――でもないようね。中国人?」
首をふる
「やあやあ遠からんものは音にも聞け!我が名は、真田信濃丞静。日の本の出身なるぞ!」
「日の本......」
記憶を巡らすベルテ。そういえば、『
ペリー提督がはるばる遠征し、開国させた国というが。
「その日本の方がなんでこんな西部に」
いままで威勢の良かった
「......母国で内乱があって、それに負けてしまった。なので、一族を挙げてこの新天地アメリカに植民しようと話が決まった」
「だったら、ハワイとか」
「島国はもう嫌だ、と爺様が言ったのでな」
あたりをきょろきょろとベルテは見回す。
「その一族は?どこにいるの?」
「はぐれてしまった――移動中、馬車から落ちてしまったらしい。父様と母様ともはぐれてしまった。持っているものは――この銃だけだ――」
目の前に銃を突き出す
「変わった銃だね――ちょっと、いい?」
素直に銃を
「ボルトアクション――ヨーロッパのメーカーじゃないね」
「日の本の銃である。村田銃と申す」
「へー、なかなかいい感じ。つくりも細かいし」
「我が国は神君家康公の時代より、鉄砲を作る技術は優れていた。黒船にはおくれをとったが、これからは――」
「でも、弾丸切れだね」
がしゃっと村田銃の排莢をする。金属の薬きょうが飛び出すが、次弾は装填されなかった。
悲しい顔になる
「なればこそ、ベルテ殿を見込んでお頼み申す」
「どうか弾をお売りいただきたく――この銃にあう弾丸を――」
「お金あるの?」
それもそうだろう。着の身着のまま、はぐれてしまったのだから。
すっ、とベルテは立ち上がる。
「あなたなかなか使い手だよね、いいわ。雇ってあげる。この西部きっての武器商人『火薬のベルテ』の用心棒に。見返りは衣食住と武器。どうかな」
右手をそっと差しだすベルテ。
最初はぽかんとしていた
不思議な相棒が、この西部に生まれた瞬間だった。