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マカロニ・オブ・バックウィード
マカロニ・オブ・バックウィード
八島唯
歴史・時代外国歴史
2025年03月20日
公開日
1.4万字
連載中
 乾いた風が吹く。
 埃っぽいこの世界――アメリカ西部。
 人々は金を求めて西へ西へと移動していった。たった数粒の砂金が数万の人間を西のかなたに呼び寄せたのだ。
 ――ゴールドラッシュからすでに半世紀がたとうとしていた。
 それまで何もなかった西部では開拓が進み、町が形成され、鉄路がそれらを結んでいった。
 かつてはカウボーイのみが、この大地を我が物顔に跋扈していた。大地を覆いつくさんばかりの牛の群れを率いる一団。ロングドライブと呼ばれるこの風景は西部の象徴でもあった。
 二十世紀もそろそろのこの時代、そういった「西部」的なものはだんだんとなりを潜めつつあった。有刺鉄線の普及により、草原は囲い込まれまた鉄道の発展は彼らの仕事を奪っていった。
 そのような変化が見られつつも、アメリカ西部はいまだに個人の能力が幅を利かせる、実力主義の世界であった。すでにフロンティアは西海岸に達したものの、開拓熱は冷めることはない。農民も悪党も、当然保安官も常に武器を持ち自らを守ろうとしていた。それはこの国の人民の権利なのだから。
 この西部で武器を扱う少女がいた。
 彼女の名前はベルティーナ=レヴァッキーニ。
 彼女は何のために、人々に拳銃やライフルを売り歩くのか。
 荒野のガンマンにして、死の商人。
 西部では『火薬のベルテ』と呼ばれていた。
 そんな彼女の前に、見慣れない風貌の少女が現れる。

 アメリカ西部の最後の輝きともいえる物語が始まる――

第1話 ファーストコンタクト・シューティング

 乾いた風が吹く。ひび割れた地面。砂塵がその上にふり注ぐ。

 湿った激しい息遣いが、風を湿らせる。

 はあはあと、激しく。

 何分こうしているのだろうか。

 肩には体に不釣り合いな小銃を立てかけ、手には拳銃を構え――

 金色の短い髪が揺れる。

 彼女の名前はベルティーナ=レヴァッキーニ。

 この荒野が広がるアメリカ西部が、彼女の『住処』だった。

 どこまでも続く地平線と、その先に沈みゆく太陽に照らされた大地が――


 「しっかし、いつまで――」

 そうベルティーナが言うやいなや、土のうが弾ける。中からサラサラと砂が落ちる。

 連続してもう一発、命中する。

 何分このようにしているのだろうか。

 人気のない町にいつものように『商売』をしに彼女はやってきた。

 地面に転がる樽。目に砂が入りそうになり思わず手で拭う。

 その刹那、足元に銃弾が跳ねる音が響く。

 狙われている!

 とっさに物陰に飛び込むベルティーナ。

 呼吸が乱れる。

 こういうことはこの西部では珍しいことではない。

 見たこともない敵が自分の命を狙ういうことは。

 そのために、自分の身を守る『武器』が必要なのだ。

 背中に背負っていた小銃を取り出し構える。ウィンチェスターM1873。最新型のレバーアクション式ライフルである。

 瞬時に一発放つ。

 排莢する。

 敵はこの町の何処かに潜んでいるらしい。

 しかも、場所を移動しながら狙撃しているようだった。

 この状態が数時間続いていた――

 「困っちゃうな......物取り目的かもしれないけど、こんなに粘られちゃぁ......」

 ベルティーナは決断する。

 そろそろ敵の銃弾も切れ始める頃だろう。

 全速力で町の外れに停めておいた馬車に飛び乗る。

 後は一目散に逃げれば、追いついてこないはずだ。

 そう心に決めると、ライフルを構え一発撃ちはなつ。

 そして、その瞬間身をひるがえし、全力で走り出すベルティーナ。

 足には自信がある。特に、逃げ足には。

《もう少し......あと......百フィート!》

 しかし――そこまでであった。

 足元に銃撃。

 顔を上げると――そこには銃を持った人影がいた。

 瞬時に腰の拳銃を抜き放つベルティーナ。

 しかし、地面に押し倒される。

 喉元に鋭い刃物が突きつけられる。

「......」

 長い黒い髪がベルティーナの顔にかかる。

 女、それも少女の顔が目の前にあった。手には見たこともないようなナイフを、構えて。

 沈黙の時間が流れる。

 口を開いたのは、黒髪の少女の方だった。

「弾......」

「?......」

「弾を売って欲しい。オマエ......武器商人......?」

 静かに頷くベルティーナ。全身の力が抜けるのを感じながら――



 すでに陽は沈んでいた。

 馬車の前で焚き火を炊く二人。

 焚き火の上には鍋がぶら下がり、いい匂いがしていた。

「はい」

 そういいながら、黒髪の少女にブリキの皿を手渡すベルティーナ。

 両手で何かを拝むようにした後、その皿を恭しく受け取る。

「名前は」

「真田静――サナダ・シズカと申す」

「サ、サネダ?リ、リズ......えーっとうまく言えないから『リズ』って呼ぶね。私はベルティーナ=レヴァッキーニ。ベルテでいいよ。ところで......」

 そういいながら、皿を地面に置く。

「なんで、いきなり撃ってきたの?弾丸がほしいのなら、そう言葉で言えば済むことでしょ」

 皿の中のマカロニを上品に食べながらリズは答える。

「この西部では、相手に一発お見舞いすることが挨拶の礼儀と聞いた。念入りに挨拶をさせてもらったのだが」

 どうも英語がたどたどしい。見た感じはまるで東洋の人形のような少女である。

 髪は長く、肌は白い。

 見たこともないような小銃を持ち、袖の大きい不思議な上着を着ていた。

「インド人――でもないようね。中国人?」

 首をふるリズ。スプーンを点に突き出し、大声で叫ぶ。

「やあやあ遠からんものは音にも聞け!我が名は、真田信濃丞静。日の本の出身なるぞ!」

「日の本......」

 記憶を巡らすベルテ。そういえば、『日本ジャパン』という国が太平洋の遥か彼方にあることを思い出す。

 ペリー提督がはるばる遠征し、開国させた国というが。

「その日本の方がなんでこんな西部に」

 いままで威勢の良かったリズがまるで青菜に塩のようにシュンとなる。年相応の、幼い表情が現れた。

「......母国で内乱があって、それに負けてしまった。なので、一族を挙げてこの新天地アメリカに植民しようと話が決まった」

「だったら、ハワイとか」

「島国はもう嫌だ、と爺様が言ったのでな」

 あたりをきょろきょろとベルテは見回す。

「その一族は?どこにいるの?」

「はぐれてしまった――移動中、馬車から落ちてしまったらしい。父様と母様ともはぐれてしまった。持っているものは――この銃だけだ――」

 目の前に銃を突き出すリズ。それをじっと見つめるベルテ。

「変わった銃だね――ちょっと、いい?」

 素直に銃をリズはベルテに差し出す。

「ボルトアクション――ヨーロッパのメーカーじゃないね」

「日の本の銃である。村田銃と申す」

「へー、なかなかいい感じ。つくりも細かいし」

「我が国は神君家康公の時代より、鉄砲を作る技術は優れていた。黒船にはおくれをとったが、これからは――」

「でも、弾丸切れだね」

 がしゃっと村田銃の排莢をする。金属の薬きょうが飛び出すが、次弾は装填されなかった。

 悲しい顔になるリズ。そして意を決して頭を下げながら、懇願する。

「なればこそ、ベルテ殿を見込んでお頼み申す」

 リズはかしこまって、言上する。

「どうか弾をお売りいただきたく――この銃にあう弾丸を――」

「お金あるの?」

 リズは静かに首を振る。

 それもそうだろう。着の身着のまま、はぐれてしまったのだから。

 すっ、とベルテは立ち上がる。

「あなたなかなか使い手だよね、いいわ。雇ってあげる。この西部きっての武器商人『火薬のベルテ』の用心棒に。見返りは衣食住と武器。どうかな」

 右手をそっと差しだすベルテ。

 最初はぽかんとしていたリズだったが、立ち上がりその手をぎゅっと握る。

 不思議な相棒が、この西部に生まれた瞬間だった。

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