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第12話


 警視庁を出た宮川の車は、そのまま自宅には向かうことなく、全く逆の方向へと走り出した。


 目的は当然、「三島メンタルクリニック」である。

 宮川はこれまでの情報と木内の死から、この事件に対して一つ、筋立った仮説を考えていた。勿論それが、この事件の真相という大仰なものではない。


 しかしこの不可解な事実を並べると、「こんな事件ではないか」という一本の線を渡すことができるかもしれない。

 その程度の考えで宮川は車を走らせる。


 宮川の考えた、この事件の犯人の目的。

 それは「不相応な罪によって、更生が阻まれた人間に対して私刑を加え、更生を促す」というものである。


 森嶋も木内も、どちらも人を殺しておきながら、未成年や情状酌量の余地があることが考慮されて判決がなされた。

 本来、人を殺してしまった場合であれば、私刑もしくは無期懲役、五年以上の懲役刑に処される。

 しかし森嶋も木内も、どちらもかなり短い刑期で出所している。

 そんな人間に対して、「あまりにも罪が軽すぎる」と憤る人間は少なくないだろう。

 それがきっかけとなり、「それならば自分が更生させよう」という考えを持った人間が現れた。それが、この事件の犯人ではないか。


 やり方は「拷問」であり、少なくともターゲットの指先や手首、足の指などの欠損を伴うものだ。

 激しい痛みと手指の欠損からくる精神的な負担などから、相手の罪を説いていく。

 発見された木内の死体から指の欠損が見られたことや、高い炎症反応があったことがこの根拠である。

 凄まじい拷問により、被害者は自らのの行いを振り返り、被害者へも罪の意識を抱くようになる。

 そして、これを仮に「更生が成功した」とする。

 そうなれば、少なくともターゲットには何かしらの精神的な変化が生じることになるだろう。

 これが、被害者遺族に対しての罪の意識や不安、贖罪の念を抱かせるに至らせる。結果として、木内は被害者遺族へ自らの罪を詫びたことに繋がった。

 だがそれが受け入れられるわけもなく、木内は自分のしてしまったことの大きさを知り、自殺を選ぶ。

 誰にも見つからない場所で死を選んだ木内は、今回のことで調べられるまで発見されなかった。


 事件そのものの発端である「警視庁に手首を置いた理由」は、犯人の強烈な自己顕示欲ではないだろうか。


 この犯人は「自分が行った私刑」に対して、ネガティブな印象を一切抱いていないかもしれない。

 その根拠として、届けられた森嶋の手首がホルマリン漬けにされていたこだ。

 あえて長期間保存した理由は不明だが、まず最初に考えられるのは「犯人がコレクター気質」という可能性である。シリアルキラーの中には、被害者の一部を収集する者は多いからだ。


 だが、今回の場合には恐らくその理由は当てはまらない。

 なぜなら、大切なコレクションの一部を何かしらの理由で持ち出し、「警視庁に届けている」からである。

 切り落とされた手首をわざわざ公衆の面前まで持ってきている時点で、この犯人は「自分は素晴らしいことをした」という主張をしているように感じさせる。

 もし仮に、犯人が一連の犯行を「更生の成功」として捉えていたとするなら?

 「自分の更生のノウハウを皆に伝えたい」と考えても不思議ではない。そこに底暗い感覚はなく、善意によって起こしたのなら、事件の不可解な一本線もうなづける。


 一方で現状、手首の持ち主である森嶋は、通っていた職場を退職して姿をくらませている。

 木内の動向を考えると、恐らく森嶋は生きているだろう。だが、木内のように既に手遅れになっていることも考えるべきかもしれない。



「と、考えたのだけれど、どうだろうか?」


 これが宮川が導き出した「この事件に対しての仮説」である。

 三島の元へ向かうまでの道中、宮川はまとめていた内容を来訪とともに語り出す。それはそのまま、三島へ意見を求めることに繋がった。

 一方、藪から棒に事件の話をし始めた宮川に対して三島は、呆れ果てた表情を浮かべている。そして内容に言及するよりも先に、レモングラスの茶葉を熱したティーポットに振り入れるた。

 そのまま熱湯を注ぎ淹れ、ふわりとレモングラスの香りがまとった。同時に三島は、一式のティーセットを机に並べて、宮川へ苦言を呈する。


「急に来たと思ったら、事件のことをベラベラと話し出すなんてらしくないね。守秘義務ってないの?」

「お前にはもう事件のことは話しちまってる。もう共犯だぞ」


 宮川は悪戯な笑みを浮かべてそう突きつける。

 一方の三島は、ほとほと呆れたと言わんばかりに、ティーカップへお茶を注いでいく。

 二人分のお茶を淹れた三島は、混乱を表現するように「そもそも、どうして僕のところに来る必要がある?」と、正論をぶつけた。


 宮川もこれに対しては図星と首を縦に振るしかない。

 木内が更生という名の拷問を受けて、自殺を選択した事実を踏まえると、森嶋もまた同じような行動に出る可能性が極めて高い。

 本来であればすぐに森嶋のことを捜索することが自明の理。

 それを分かっていながら宮川は、三島の元を来訪した。この事実に対して、三島は宮川の薄暗い心の内を見透かしているようだった。


「悪いことは言わない。今の話が事実ならば、君は捜査から外れるべきだ。その表情を見るに君だってそう思っているだろう。この状況で、森嶋のことを捜索しないのは、本質的に、彼が死んでもどうでも良い、と思っているんだろう?」


 宮川はその言葉を聞いて押し黙る。

 三島の言葉は的を射ており、恐らく自分もそう思ってここに来たのだろう。


 いや、それすらも偽りである。


 宮川は今までの経歴と、不貞腐れて事件に関わらなかった時の出来事、それを経てこの事件にぶつかった。

 その過程で、間違いなく感情が悪辣になっていることを肌で感じていた。

 言うなれば、宮川もこの事件の犯人に感化し始めているのだ。

 「更生する方法があるが、それは非人道的な方法で下手をしたら死んでしまう」。そんな方法であっても、罪人が更生するのであれば、それは社会にとって良いことではないか?

 そもそも、森嶋という人間は事故的とはいえ、人を殺してしまっている。

 そんな人間がのうのうと生きていることに対して、どれだけの人間が受け入れるだろうか。

 問題は、この事件のことを真正面から挑んでいる宮川自身が、それを拭えていないという事実だった。


 そんな渦巻く宮川の感情を手に取るように、三島はレモングラスティーを宮川の眼の前に差し出した。


「君がこの事件に対して臨むのであれば、僕から忠告しておこう。舞台に立つな。これだけを心がければ、君は刑事として真っ当な選択ができる」

「舞台に、立つな? どういうことだ?」

「少々不謹慎かもしれないが、事件は起こってしまったが最後、作劇のようなものだ。一定の手順に沿って、犯人が検挙され、裁かれる。いわば皆、役を演じている」

「……警察(おれたち)や、司法がってことか?」


 作劇。三島の表現に宮川は顔を顰めた。

 つまり、犯人を検挙し、裁判にかけるというものは「仕事」という役を演じているということなのだろう。

 いわば仕事としてその役を演じているに過ぎない。

 やや強い言葉に、宮川は思わず言い返そうとするが、三島はそれに「気持ちの重要性」を説き始める。


「本来は役でしかない。君たち警察や、司法は治安の維持のため、その厳しい役を与えられる。だが人間は、黙って役になれるほど機械的じゃないんだよ」

「当たり前だろう?」

「犯人に対して抱かれる憎しみや正義感、使命感。それが君たち警察を突き動かし、結果を出していく。つまり、役を演じるために新たな理由を作っている。だが時に、それは強烈な暴走を招く可能性がある」

「今の俺のように、か?」

「解釈は任せる。だが君がそう思っている時点で、自分の暴走の兆しを自覚ているはずだ」

「なら、どうすればいい?」

「自分自身を舞台装置だと思うんだ。自分に必要なことはなにか、やらなくてはいけないことはなにか。作劇を動かすためのただの舞台装置。そうやって思い込まないと、君は刑事としての矜持に喰われるぞ」


 三島の話を、宮川は黙って咀嚼する。

 彼の言わんとすることは、宮川の煮えるような今の頭でも理解することができている。その効果も、十二分に。

 けれどもそれに対して宮川は「それでよいのか?」と考え直していた。

 舞台に立っている人間たちは、「喪失」という最も大きな負の感情を抱いている。そんな感情に、舞台装置が対抗することなどできるはずもないし、するべきじゃない。

 宮川は自分の感情が冷静に描写されたことで、今一度考え直すに至る。

 自分が本当にしなければいけないこと、向き合わなければいけないこととはなにか。

 求められた答えは、「舞台に立つこと」だった。


「……それでも、俺は舞台に立たなければいけないと思っている。確かに、この気持ちを隠して事件に臨むことは無理だ。だけど、それと折り合いをつけないと、この事件の犯人には届かないって、刑事の勘が言ってる」

「それが、茨の道でも?」

「簡単じゃないのは知っているし、むしろ、俺が一番わかっている。だからこそ、越えなきゃいけないだろう?」


 三島は、宮川の表情を静かに一瞥する。「君がそう思ったのなら、それが最良だ」と微笑みながらレモングラスを口に含んだ。

 それと同時に「それで、僕に何が聞きたいんだ?」と切り返す。宮川がここに訪ねてきたことに対して、本質的な問いかけを投げつけたのだ。

 すると宮川は、特段考えていない調子であっけらかんと答えた。


「単純に、意見が聞きたい。というより、人を更生させる方法なんて、あるのか?」


 宮川が三島のところを訪れた最も大きな理由はここにある。

 今までたくさんの犯罪者を逮捕してきた宮川だからこそ、今回の事件が本当に実行できるものなのか、正直信じられなかった。

 更生とは本来、膨大な時間とたくさんのマンパワーによって生み出されるものだ。

 適切な被害者支援、加害者支援のもとに成立するものが、「更生」である。それが非人道的な方法で行うことができるなど、到底思えなかった。

 だからこそ、心の専門家である三島の門を叩いたのである。

 話として筋道を立てることができていれば、宮川の抱いた仮説に行き着いただろう。だがそれが、「妥当であるか」ということについて考える知識を、宮川は持ち合わせていなかった。


 一方でそれを聞かれた三島は、顎に手をおいて一考する。

 その態度を見て宮川は驚いた。てっきり「そんなものがあれば世の中は更生されている」と嫌味の一つでも飛ばしてくるだろうと思っていたからだ。

 実際の三島は、意外にもその問いかけに対して即答することはせず、ゆっくりと沈黙を崩す。


「……難しい質問だな。人間は今のところ、そんな方法を見つけられていないが、あるのかもしれない。だが少なくとも、君が着目したような方法で更生が成立するとはとても思えない。人間の精神とはそんなに簡単じゃないし、同じような変化になるわけがない」

「それなら、俺の考えは全くもって違うことになるが……長年の勘もある。全部が全部外れているとは思えないんだ」

「いや僕も、君の話が全部間違っているなんて思ってない。むしろ、君の話を聞いて納得しているところもある。リスクを取ってまで自分の犯行を表舞台でアピールするのは、プライドが高い知能犯に多い。僕の所感と、君の勘はかなり近いところにあると思う」


 思案を巡らせる三島に対して、宮川は鞄の中から木内の死体検案書を取り出した。

 本来であれば当然それは、外部には絶対に漏らしてはいけない資料であり、そのことを三島も理解していた。

 しかしながら、宮川の眼差しと先のやり取りにて、絆されるような感覚を抱きつつ、三島は資料を受け取る。

 パラパラと資料を確認する三島は、とある部分で手を止めた。

 そこは宮川と同じ、血液検査に関する項目だった。


「この男が事件に巻き込まれてから、自殺するまでにかかった時間は?」

「正確にはわからないが、長くはないはずだ。というのも、この男の周辺の情報がまるで出てこない。そういう事もあって、検討もつかないな」

「……詳しい数字が出てないことからわからないが、この男、もしかしたら血液凝固促進剤が投与されていた可能性がある」


 それを聞いて宮川は顔をしかめた。

 今まで血液の何かしらの異常は、「事件に巻き込まれたことで発生した後遺症」かなにかだと思っていた。

 しかしそれが「投薬によって起こったもの」と考えれば話しはまるで変わる。


 つまり、被害者たちは意図的に「血が止まりやすい状態になっていた」ということになる。

 そうなれば、より体の一部を切断して出血を伴ったとしても、「長く苦しむ事ができる」のではないだろうか。

 同じ事実に三島もたどり着いたようで、険しい表情のまま、リラックス作用のあるレモングラスティを口に含み、今度はしっかりと宮川を見据えて話し出す。


「これは僕の推測になるが……というより、人間の人格を根本的に変化させうるやり方についての話になる。楽しい話じゃないが、聞くか?」


 三島はいつかと同じようにそうやって前置きをしたうえで、宮川の返答を待っている。

 当然ここまで来たのだから、「いいえ」の選択肢はありえない。

 それを三島も理解しているのか、宮川の首肯を見据えたうえで、静かに口火を切った。


「まず被害者を誘拐してきて、拘束椅子に座らせる。重要なのは場所だ。狭くもなく、広すぎもしない。一瞥するだけで部屋中を確認できる程度のスペースでいい。大事なのは、全面を真っ白に塗り、他に情報を与えないことだ。人間は感覚遮断の実験からしても、変化せずに長時間を過ごすことに精神的なストレスを感じるもの……これが第一段階だ」

「……真っ白っていうのが気にかかるが?」

「これから行うことを考えればすぐに答えは出てくるだろう。まず手始めに、どっちでもいい、手か足、どちらかの指を切り落とす。もちろん、切り落とす前に、血液凝固促進剤の投与と、輸血の準備をしておき、失血死のリスクを可能な限り減らしておくことが大前提だ」


 宮川はその段階から、自らの指先に視線を落とす。


 もし仮に、自分が三島の言う、真っ白で一瞥しただけで見渡すことができる部屋にいたとして、拘束されたまま体の一部分を切断されたら?

 大量の出血。それはだらだらと、自然に止血されるまで床にこぼれ落ちるだろう。

 それに対して自分がどのような反応をするかは見当もつかなかったが、恐らく、あまりの激痛で頭が真っ白になる。

 しかし、少しずつ痛みに慣れてきてしまえばどうだろうか?

 切断されて血が出ている箇所が気になってしまい、どうしても視線をそちら側に向けるだろう。真っ白な床にぶちまけられた血液はより過剰に、その色を目に焼き付ける。

 少しずつ、少しずつ広がっていく血溜まりに対して、「これが自分の血液だ」と理解させられるのは、どんな感情よりも恐ろしげである。


「床は真っ白。そんな中で指先を欠損する激痛。色による出血理解。それをされた人間がどんな苦しみを背負うか、想像に固くない……それどころか、我々のどの苦しみよりも、悪辣なやり方かもしれないな」

「……それで、そこから先はどうなるんだ?」

「簡単だ。貴方は改心しましたか? 改心したのであれば、被害者遺族全員に対して、土下座して詫びてください、そうやって質問するんだよ。それに対して、はいと答えるまで、指を落とし続ける。それだけだ」


 再び、宮川には頭の中で視界が霞む。出てきたのは長根亜希子の生家にて、彼女の母親から聞いた、「木内の動向」である。

 彼は、拷問を受けた後に長根家で床に頭を擦り付けて詫びたと言う。

 なにがあったのかなど、誰にもわからない中で、それを行った。もし、三島の言うような問いかけがあったのであれば、その行動になんとなくの整合性がつく。

 だがそれを、宮川は即座にかぶり振ることになる。


「ちょっとまってくれ。さっきお前が言ったことと矛盾しないか? そんな簡単な方法で人が変わるのなら、人間は単純じゃないだって言っただろう? そんな単純なやり方で人が変わるなんて思えないぞ」

「当然、これだけならばそうなるだろうね。でも忘れていないか? 森嶋は重篤なヘビースモーカーだった……恐らく、木内もそうだっただろう。木内に関しては指の傷痕が最も古かった。つまり最初に行われたはずだ。希望を与えて、少しずつ奪い去っていく、あのやり方をね」


 宮川はぞっとさせられた。

 森嶋の切断された手首から、三島が考えた結論。ヘビースモーカーであるほどタバコを吸う人間が、極限状態で少しずつそれが不可能になっていく。

 依存性と喪失感を巧みに利用した地獄のようなやり方だった。

 それを、件の三島の話と繋げれば、どうだろうか。


「更生をするかしないかの問いかけをして、犯人は被害者をいたぶっていく。当然、被害者はそんなことに対して最初は憤り、叫び散らかすだろう。だが少しずつ、自分が持っていた能力が削り落とされていけば、考えも変わるかもしれない」

「だとしても、それでも適当に嘘をつけば拷問から逃れられるだろう? どうしてそれをしなかったんだ?」

「逃げられなかったのかもしれない。例えば最初から、被害者の残す部位は決まっていたとするなら? 木内の死体は、右手だけが一切欠損することなく無事だった。これは、利き手だったからじゃないか?」

「……犯人は、利き手以外の手足の指を切断したってことか?」

「あぁ。それが一つの決め事になっていた。何があろうが、すべてを切り落とすまで終わらない。もっと言えば、利き手と、体全体のバランスを取りやすくする足の親指のみを、生活に使う最低限のものだと判断して、それ以外を切り落とした。自分の絶叫を聞きながら、永遠に思えるくらいの地獄を味わうことになる。正直、これを話している僕も、そんなことをされれば、正気を保っていられるとは思えないよ」

「こんなことをもしされたのなら、自分の存在理由も、わからなくなるかもしれないな」

「おまけに徹底的な輸血によって死ぬこともできない。ただただ激痛と、真っ白な部屋に広がっていく自分の血液を見て苦しみ悶える。すべてが終わったら開放されるとはいっても、ボロボロのメンタルを抱えたまま、被害者遺族に土下座の謝罪を命じられる。いや、それは明言してなかったかもしれないな。もっと相手の罪悪感を刺激するような仕掛けがあるかもしれない。だがここまででも十二分に、被害者たちは自ら、自分の起こした事件に対して詫び得るだろう」

「すべてを詫びた後……今度は、自ら命を絶つ選択をした、それが、木内の事例か?」


 三島はそこまで話し終わると、小さく首を縦に振る。

 そして、いつかの話と同じように「僕が考えられるのはここまでだ」と空っぽのティーカップをテーブルへと置く。


「正直、このやり方は僕がなんとなく、思いついただけだ。この事件の犯人像がぼんやりと浮かんでいる中で、今の話を聞いたからかもしれない。だから恐らく、真実からは幾分ずれているだろう。でも、全く外れているとは、思えない」

「……俺もだよ。むしろ、お前のその意見は、少なくとも事件の大枠を掴んでいるように思えてならないんだ」

「恐ろしいことに、ね」


 そのまま二人の間には気まずい沈黙が流れていた。

 そんな沈黙を押し流すように、宮川はレモングラスティを一気に飲み干して、三島へと頭を下げる。


「いつもすまない。この事件が終わったら、必ず受診するから」



 宮川はそう言い残して、三島の言葉も待たずに大きな動作で駆けていってしまう。

 それを見て三島はぽつり「この前も聞いた気がするよ」と呟き、穏やかな笑みを浮かべた。


 同時に、その穏やかさは先程までの剣呑な想像に飲み込まれていく。

 つらつらと話を続けた三島は、「この話が冗談事である」と、自らに言い聞かせるように、テーブルの上のティーセットを片付け始めた。


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