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第17話「屋上の壁ドン事件」

 帰りのホームルームが終わり、いつも通りの賑わいを見せる教室。僕の机の前には、今日もなぜか美馬みまさんと、大鷲おおわしさんが立っている。


「ねぇねぇ、音谷おとやさん。この後、あやちゃんとカラオケ行くんだけど、音谷さんも行かない? 理科室まだ使えないから、部活無いでしょ?」

「カ、カラオケ⁉︎ ……え、えっと、わ、私は……ちょっと、用事が……」

「え? なんて? ごめん、音谷さん。聞こえなかった。そうだ、角丸かくまるくんも連れてこうよ!」

「いいね! カッくんって、どんなの歌うのかな? やっぱ、アニソンかな?」


 大鷲さん。たしかに僕は、アニソン歌うよ。好きだし。だけど、世の陰キャ全員が、アニソンを歌うとは限らないと思うよ?


「ちょっとさ、私、角丸くんにも声かけてくるね! って、あれ?」


 ん? 美馬さん、どうしたの?

 見れば、音谷の前に、前島まえじまが立っている姿が目に映る。


「角丸。ちょっといいか」

「ま、前島くん⁉︎」

「お前、なんで、そんな驚いてんだ?」

「いや、だって……ま、前島くんが、話しかけてくれるなんて、これまで無かったから」

「んまぁ。それは、そうだけど。だからって、イス倒すほどのことか?」


 どうした? どうした? 音谷のやつ、何で前島に話しかけられてるんだ? しかも、めちゃくちゃキョドってるし。大丈夫なのか? それと、そんなに前髪引っ張ったって、目は隠れないから、やめて。


「ここじゃなんだから、ちょっと場所、変えようぜ」

「え⁉︎ それって、2人きりで、話したいってこと?」

「ちょ、お前、声でけぇよ。まぁ、そういうことだから、な?」


 こくりと頷く音谷。

 おい。おい。2人して教室出て行っちゃったけど、どこ行くつもりなんだ?

 2人には、悪いが、ここは、後をつけさせてもらう。


「み、美馬さん。お、大鷲さん。私、ちょっと用事があるから、今日は、ごめんなさい」

「ありゃ。そうなの? 残念」

「用事あるなら、仕方ないね。カッくんも前島と出てっちゃったし、今日は、ほのちゃんと、うちの2人で行こっか」

「そだね」

「あ、あの……また、誘ってくれると、嬉しい、です」

「もちろんだよ! 音谷さんの歌聴きたいもん!」

「うちも!」

「あ、ありがとう、ございます」


 美馬さんと、大鷲さんは、僕に手を振ると、楽しそうに話しながら、教室を出て行った。

 正直、行きたかった。だって、美馬さんと、大鷲さんのツートップとカラオケだよ? けど、仕方がない。今は前島と音谷、あの2人の後を追わないとだからね。

 さてと、名探偵角丸の華麗なる尾行、見せてやりますか。

 急いで、廊下に出たが、既に2人の姿はなかった。

 んー、2人が行きそうな場所は……まったく想像がつかない。けど、2人で、出て行ったわけだから、きっと、人目を避けられる場所を探すに違いない。

 校内で、そういう場所といえば……第2校舎裏、図書室、体育館裏、体育館の倉庫、非常階段、屋上、空き教室……考えてみたら、案外いろいろあるな。

 とりあえず、近場からあたってみるか。

 ここから、1番近いのは、隣りの第2校舎裏だな。

 望みは薄いと思いながら、覗いてみたが、やはり2人の姿はない。ここは、体育館裏と並ぶ告白の定番スポット。男女問わず、2人だけで、うっかり足を踏み入れようものなら、あらぬウワサが立つことがあるだけに、友だち同士でここを訪れる者は少ない。

 次に近いのは、体育館裏と倉庫だけど、この時間はどちらも、部活動中の生徒がいるから、人目を避けるには向いていない。

 なら、非常階段か? いや、それもないだろうな。あそこは、カップルの憩いの場になってるから、それなりに人がいる。

 図書室も、けっこう人いるんだよな。というか、それ以前に、図書室は私語厳禁。しゃべってると図書委員に摘み出されちゃうから、2人がいる可能性はかなり低いな。

 だとすると、残るは、屋上と空き教室か。

 とりあえず、屋上へ行ってみるか。


 屋上へ続くドアを開けると、暑さの中に、ほんのり涼しさの混じった風が、頬を撫でる。

 まだまだ残暑がきついとはいえ、季節は確実に変わりつつあることを、実感する。


「やっぱり、いるわけないか。陽が傾いてきたとはいえ、この暑さだもんな。はぁ、それにしても、いい眺めだな」


 僕は、暑さのせいか、珍しく人影の無い屋上の柵に両手をつくと、眼下に広がる景色を目に映した。


「あの陸上部の人、足速いな。お! あっちは、ツーベースヒットか? サッカー部は、なんかもめてる。あ、イエローカード出た」


 ここから見ると、いろんな部活や景色が見れて楽しいな。今度、音谷にも見せようかな。

 普段は、人がいっぱいで、決して来ることのない屋上をひとり堪能した僕は、そんなことを思いながら、再び2人を探すため、屋上の出入りに向かって歩き出した。


 ん? アレは……音谷⁉︎ いた!


 校内に続く階段出入口の、校舎壁際の日陰になった場所に、音谷と前島の姿が見えた。


 うぇ⁈ 音谷よ。なんで、前島のこと壁ドンしてるの?


「ちょっ! や、やめてくれ! か、角丸!」


 5分前のこと。日陰の壁際にて。


「よし。誰もいないな」

「ま、前島くん。話って、何?」

「あぁ。角丸に聞きたいことがあってさ」


 前島が、真面目な顔で音谷にせまる。


「き、聞きたいこと?」


 前島が小さく頷く。


「角丸、お前、化学部だよな?」

「え? うん。そうだけど?」

「音谷さんも、化学部だよな?」

「うん」

「ぶっちゃけ、音谷さんって、どういう人?」

「ど、どういう人って……見た目通りの陰キャだと思う」

「そうなのか? 俺は違うと思うんだけど。あ! ひょっとして角丸、お前、部活で一緒にいながら、音谷さんがメガネ外して、前髪上げたとこ、見たことないだろ?」

「え? あ、えっと……うん」

「やっぱな。俺はさ、見たことあるんだよ」

「うぇ⁈ い、いつ?」

「この間の、体育の時。俺がお前にボールをぶつけちまった、あの日。体育倉庫で」


 思い出し笑いを浮かべた前島の顔は、なぜか少し、いやらしく見えた。


「た、体育倉庫で、な、何があった?」

「実はさ、倉庫に入った時、中けっこう暗くって、俺、つまずいてこけちまったんだ。そしたら、先にボールを取りに来てた音谷さんを、マットの上に、押し倒しちまって」

「お、押し倒した⁉︎」

「いや、だから、アレは完全な事故で、別に押し倒そうと思って、押し倒したんじゃないからな。それだけは信じてくれ」

「ふーん」


 前島に、ジト目を向ける音谷。


「ふーんって。お前それ、ぜったい信じてないやつだろ?」

「……で?」

「で?」

「で、その後は、どうなった?」

「先に言っておくが、やましいことは何もないからな」

「ふーん」

「はぁ。何か俺、信用ないな。ちょっと凹むわ」

「悪かった。で、その後、何があった?」

「いや、何があったってほどじゃ、本当に無いんだけどよ。倒れた時に、俺の手が、音谷さんのメガネに当たっちまって、メガネが外れちまったんだ。んで、さらに、倒れた拍子に、俺が音谷さんに、覆い被さるような形になっちまって。そしたら、見えたんだよ。音谷さんの素顔が」

「んな! ……で、どうだった?」

「めちゃくちゃ可愛かった! 本当、角丸も見たらびっくりするぜ! お世辞抜きで、美馬さんや大鷲と肩並べられるレベルだぞ! いや、あの2人を超えちまうかもしれない」

「……そ、そんなに、可愛いと思ったんだ」

「あぁ。出来ることなら、付き合いたいくらい」

「つ、付き合いたい⁈」


 音谷は、前島が寄りかかる壁に向かって、勢いよく左手をついた。


「か、角丸。急にどうした?」

「わ、私と、つ、付き合いたい……んふふ」

「え? 角丸、お前、何言ってんの? ちょっ! か、顔、近いって!」

「……んふふ」

「ちょっ! や、やめてくれ! か、角丸!」


 話しは、今に戻る。


「2人とも! 何やってるの!」

「あ! 音谷さん! いいところに! た、助けて!」

「助けて? 角丸くん! 何やってるの?」

「……はえ? かく、あ、いや、音谷さん? どうしてここに?」

「え? いや、その……景色を見たくて」

「そ、そうなんだ」

「それより、2人はここで、何してたの?」

「俺は、その、角丸にちょっとした相談を」


 前島は、右頬を指でぽりぽりとかきながら、空を見上げた。


「そうなの? 角丸くん」

「え? あ、うん。そう。前島くんの相談を聞いてた……はず」

「それが、なんで、壁ドンになるの?」

「そ、それは……」

「わかった! 暑さのせいだ! この暑さのせいで、角丸のやつ、ちょっとおかしくなってたんだと思う」

「そ、そう! それ!」

「それ! って、熱中症じゃない? 念の為保健室へ行った方がいいよ。私が支えて、連れていってあげるから」

「なら、俺も一緒に行くよ。角丸は、俺が、おぶってく!」

「お、おぶる⁉︎ い、いいの?」

「ああ。遠慮なく乗ってくれ」

「ちょっと角丸くん。歩けるは歩けるでしょ?」

「あー、いや。どうかなー」


 こいつ。あの顔、何か良からぬことを考えてないか?


「音谷さん。俺なら心配いらないよ。角丸の1人や2人、どうってことないから。ほら、乗れよ」

「あ、ありがとう」


 睨む僕を、無視するかのように、音谷は口を尖らせ、そっぽをむくと、前島の背中に身を任せた。


宝城ほうじょう先生、失礼します!」

「あら、前島くんじゃない。ん? 背中に乗ってるのは、角丸くんよね。あら、音谷さんも一緒。どうしたの? 体育委員が、2人して角丸くんを連れて来ったってことは、またボールでも当たったのかしら?」

「いえ。今日は、違います。俺ら、さっきまで屋上にいたんですけど、もしかしたら、角丸が熱中症になったかもしれなくて」

「夕方とはいえ、まだまだ暑いのに、屋上だなんて。角丸くん。とりあえずベットに寝てちょうだい」


 前島の背中から降りた音谷が、ベットに、横になると、宝城先生は、カーテンを閉めた。

 しばらくして、カーテンが開くと、宝城先生が言う。


「熱中症ってほどじゃないけど、軽い脱水はあるかもしれないわね」


 宝城先生は、備え付けの小さな冷蔵庫から、経口補水液を取り出すと、音谷に渡した。


「先生ね。この間の一件で、すぐに水分補給できるようにした方がいいって、校長先生に交渉したの。その結果、この冷蔵庫が設置されました。拍手!」

「おお! 宝城先生、すげー!」

「でしょー。先生もね、やる時はやる女なのよ! さぁ、これ飲んで、少し休みなさい。そしたらすぐによくなると思うから」

「あ、ありがとうございます……お、美味しい。これ、前に飲んだ時は、そんなに美味しいって思わなかったのに、不思議」

「それはね、脱水だったり、調子悪い時は、美味しく感じるものなのよ。さ、横になりなさい」

「はい」

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