帰りのホームルームが終わり、いつも通りの賑わいを見せる教室。僕の机の前には、今日もなぜか
「ねぇねぇ、
「カ、カラオケ⁉︎ ……え、えっと、わ、私は……ちょっと、用事が……」
「え? なんて? ごめん、音谷さん。聞こえなかった。そうだ、
「いいね! カッくんって、どんなの歌うのかな? やっぱ、アニソンかな?」
大鷲さん。たしかに僕は、アニソン歌うよ。好きだし。だけど、世の陰キャ全員が、アニソンを歌うとは限らないと思うよ?
「ちょっとさ、私、角丸くんにも声かけてくるね! って、あれ?」
ん? 美馬さん、どうしたの?
見れば、音谷の前に、
「角丸。ちょっといいか」
「ま、前島くん⁉︎」
「お前、なんで、そんな驚いてんだ?」
「いや、だって……ま、前島くんが、話しかけてくれるなんて、これまで無かったから」
「んまぁ。それは、そうだけど。だからって、イス倒すほどのことか?」
どうした? どうした? 音谷のやつ、何で前島に話しかけられてるんだ? しかも、めちゃくちゃキョドってるし。大丈夫なのか? それと、そんなに前髪引っ張ったって、目は隠れないから、やめて。
「ここじゃなんだから、ちょっと場所、変えようぜ」
「え⁉︎ それって、2人きりで、話したいってこと?」
「ちょ、お前、声でけぇよ。まぁ、そういうことだから、な?」
こくりと頷く音谷。
おい。おい。2人して教室出て行っちゃったけど、どこ行くつもりなんだ?
2人には、悪いが、ここは、後をつけさせてもらう。
「み、美馬さん。お、大鷲さん。私、ちょっと用事があるから、今日は、ごめんなさい」
「ありゃ。そうなの? 残念」
「用事あるなら、仕方ないね。カッくんも前島と出てっちゃったし、今日は、ほのちゃんと、うちの2人で行こっか」
「そだね」
「あ、あの……また、誘ってくれると、嬉しい、です」
「もちろんだよ! 音谷さんの歌聴きたいもん!」
「うちも!」
「あ、ありがとう、ございます」
美馬さんと、大鷲さんは、僕に手を振ると、楽しそうに話しながら、教室を出て行った。
正直、行きたかった。だって、美馬さんと、大鷲さんのツートップとカラオケだよ? けど、仕方がない。今は前島と音谷、あの2人の後を追わないとだからね。
さてと、名探偵角丸の華麗なる尾行、見せてやりますか。
急いで、廊下に出たが、既に2人の姿はなかった。
んー、2人が行きそうな場所は……まったく想像がつかない。けど、2人で、出て行ったわけだから、きっと、人目を避けられる場所を探すに違いない。
校内で、そういう場所といえば……第2校舎裏、図書室、体育館裏、体育館の倉庫、非常階段、屋上、空き教室……考えてみたら、案外いろいろあるな。
とりあえず、近場からあたってみるか。
ここから、1番近いのは、隣りの第2校舎裏だな。
望みは薄いと思いながら、覗いてみたが、やはり2人の姿はない。ここは、体育館裏と並ぶ告白の定番スポット。男女問わず、2人だけで、うっかり足を踏み入れようものなら、あらぬウワサが立つことがあるだけに、友だち同士でここを訪れる者は少ない。
次に近いのは、体育館裏と倉庫だけど、この時間はどちらも、部活動中の生徒がいるから、人目を避けるには向いていない。
なら、非常階段か? いや、それもないだろうな。あそこは、カップルの憩いの場になってるから、それなりに人がいる。
図書室も、けっこう人いるんだよな。というか、それ以前に、図書室は私語厳禁。しゃべってると図書委員に摘み出されちゃうから、2人がいる可能性はかなり低いな。
だとすると、残るは、屋上と空き教室か。
とりあえず、屋上へ行ってみるか。
屋上へ続くドアを開けると、暑さの中に、ほんのり涼しさの混じった風が、頬を撫でる。
まだまだ残暑がきついとはいえ、季節は確実に変わりつつあることを、実感する。
「やっぱり、いるわけないか。陽が傾いてきたとはいえ、この暑さだもんな。はぁ、それにしても、いい眺めだな」
僕は、暑さのせいか、珍しく人影の無い屋上の柵に両手をつくと、眼下に広がる景色を目に映した。
「あの陸上部の人、足速いな。お! あっちは、ツーベースヒットか? サッカー部は、なんかもめてる。あ、イエローカード出た」
ここから見ると、いろんな部活や景色が見れて楽しいな。今度、音谷にも見せようかな。
普段は、人がいっぱいで、決して来ることのない屋上をひとり堪能した僕は、そんなことを思いながら、再び2人を探すため、屋上の出入りに向かって歩き出した。
ん? アレは……音谷⁉︎ いた!
校内に続く階段出入口の、校舎壁際の日陰になった場所に、音谷と前島の姿が見えた。
うぇ⁈ 音谷よ。なんで、前島のこと壁ドンしてるの?
「ちょっ! や、やめてくれ! か、角丸!」
5分前のこと。日陰の壁際にて。
「よし。誰もいないな」
「ま、前島くん。話って、何?」
「あぁ。角丸に聞きたいことがあってさ」
前島が、真面目な顔で音谷にせまる。
「き、聞きたいこと?」
前島が小さく頷く。
「角丸、お前、化学部だよな?」
「え? うん。そうだけど?」
「音谷さんも、化学部だよな?」
「うん」
「ぶっちゃけ、音谷さんって、どういう人?」
「ど、どういう人って……見た目通りの陰キャだと思う」
「そうなのか? 俺は違うと思うんだけど。あ! ひょっとして角丸、お前、部活で一緒にいながら、音谷さんがメガネ外して、前髪上げたとこ、見たことないだろ?」
「え? あ、えっと……うん」
「やっぱな。俺はさ、見たことあるんだよ」
「うぇ⁈ い、いつ?」
「この間の、体育の時。俺がお前にボールをぶつけちまった、あの日。体育倉庫で」
思い出し笑いを浮かべた前島の顔は、なぜか少し、いやらしく見えた。
「た、体育倉庫で、な、何があった?」
「実はさ、倉庫に入った時、中けっこう暗くって、俺、つまずいてこけちまったんだ。そしたら、先にボールを取りに来てた音谷さんを、マットの上に、押し倒しちまって」
「お、押し倒した⁉︎」
「いや、だから、アレは完全な事故で、別に押し倒そうと思って、押し倒したんじゃないからな。それだけは信じてくれ」
「ふーん」
前島に、ジト目を向ける音谷。
「ふーんって。お前それ、ぜったい信じてないやつだろ?」
「……で?」
「で?」
「で、その後は、どうなった?」
「先に言っておくが、やましいことは何もないからな」
「ふーん」
「はぁ。何か俺、信用ないな。ちょっと凹むわ」
「悪かった。で、その後、何があった?」
「いや、何があったってほどじゃ、本当に無いんだけどよ。倒れた時に、俺の手が、音谷さんのメガネに当たっちまって、メガネが外れちまったんだ。んで、さらに、倒れた拍子に、俺が音谷さんに、覆い被さるような形になっちまって。そしたら、見えたんだよ。音谷さんの素顔が」
「んな! ……で、どうだった?」
「めちゃくちゃ可愛かった! 本当、角丸も見たらびっくりするぜ! お世辞抜きで、美馬さんや大鷲と肩並べられるレベルだぞ! いや、あの2人を超えちまうかもしれない」
「……そ、そんなに、可愛いと思ったんだ」
「あぁ。出来ることなら、付き合いたいくらい」
「つ、付き合いたい⁈」
音谷は、前島が寄りかかる壁に向かって、勢いよく左手をついた。
「か、角丸。急にどうした?」
「わ、私と、つ、付き合いたい……んふふ」
「え? 角丸、お前、何言ってんの? ちょっ! か、顔、近いって!」
「……んふふ」
「ちょっ! や、やめてくれ! か、角丸!」
話しは、今に戻る。
「2人とも! 何やってるの!」
「あ! 音谷さん! いいところに! た、助けて!」
「助けて? 角丸くん! 何やってるの?」
「……はえ? かく、あ、いや、音谷さん? どうしてここに?」
「え? いや、その……景色を見たくて」
「そ、そうなんだ」
「それより、2人はここで、何してたの?」
「俺は、その、角丸にちょっとした相談を」
前島は、右頬を指でぽりぽりとかきながら、空を見上げた。
「そうなの? 角丸くん」
「え? あ、うん。そう。前島くんの相談を聞いてた……はず」
「それが、なんで、壁ドンになるの?」
「そ、それは……」
「わかった! 暑さのせいだ! この暑さのせいで、角丸のやつ、ちょっとおかしくなってたんだと思う」
「そ、そう! それ!」
「それ! って、熱中症じゃない? 念の為保健室へ行った方がいいよ。私が支えて、連れていってあげるから」
「なら、俺も一緒に行くよ。角丸は、俺が、おぶってく!」
「お、おぶる⁉︎ い、いいの?」
「ああ。遠慮なく乗ってくれ」
「ちょっと角丸くん。歩けるは歩けるでしょ?」
「あー、いや。どうかなー」
こいつ。あの顔、何か良からぬことを考えてないか?
「音谷さん。俺なら心配いらないよ。角丸の1人や2人、どうってことないから。ほら、乗れよ」
「あ、ありがとう」
睨む僕を、無視するかのように、音谷は口を尖らせ、そっぽをむくと、前島の背中に身を任せた。
「
「あら、前島くんじゃない。ん? 背中に乗ってるのは、角丸くんよね。あら、音谷さんも一緒。どうしたの? 体育委員が、2人して角丸くんを連れて来ったってことは、またボールでも当たったのかしら?」
「いえ。今日は、違います。俺ら、さっきまで屋上にいたんですけど、もしかしたら、角丸が熱中症になったかもしれなくて」
「夕方とはいえ、まだまだ暑いのに、屋上だなんて。角丸くん。とりあえずベットに寝てちょうだい」
前島の背中から降りた音谷が、ベットに、横になると、宝城先生は、カーテンを閉めた。
しばらくして、カーテンが開くと、宝城先生が言う。
「熱中症ってほどじゃないけど、軽い脱水はあるかもしれないわね」
宝城先生は、備え付けの小さな冷蔵庫から、経口補水液を取り出すと、音谷に渡した。
「先生ね。この間の一件で、すぐに水分補給できるようにした方がいいって、校長先生に交渉したの。その結果、この冷蔵庫が設置されました。拍手!」
「おお! 宝城先生、すげー!」
「でしょー。先生もね、やる時はやる女なのよ! さぁ、これ飲んで、少し休みなさい。そしたらすぐによくなると思うから」
「あ、ありがとうございます……お、美味しい。これ、前に飲んだ時は、そんなに美味しいって思わなかったのに、不思議」
「それはね、脱水だったり、調子悪い時は、美味しく感じるものなのよ。さ、横になりなさい」
「はい」