「おーっす」
教室に入って真人は適当に挨拶する。
それを受けて数人の友達がまた適当に声や手を挙げて返す。
あと3日でそんな日常も終わるというのに。いいの?そんな適当で!
もしかして私だけがこんなにも未練がましいのかと思うと少し恥ずかしくなった。
「あ、恵美」
「惠子……」
私たちに続いて教室に入ってきたのは親友の惠子だった。
「なにしてるの?」
「あ、いや……」
もう早々に男子たちに混じって談笑している真人だったが私は入口近くで物思いにふけっていた。しかしそれを悟られるのもなんとなく気恥しいものだったので口を濁した。
「もうすぐ、卒業だね」
ふと惠子が漏らした言葉に、ドキンと胸が跳ねる。
「……あっという間だったね」
「えーそう?でも大学も楽しみだよねぇ」
目尻を垂らしながらそう言う惠子もまるで残りの時間を気にしていないみたいだった。
「惠子はさぁ!」
「えっ、なに!?」
「あ、ごめん……」
少し感情が昂ってしまい声が大きくなってしまった……。私が唐突に大声をあげるものだから惠子は目を丸くした。
「惠子は……その……寂しくないの……?」
問いかけてる途中でもやや後ろめたさというか、情けなさを感じてさっきとは対照的に声が小さくなる。
「寂しい?」
「うん……だって、あと3日で会えなくなるんだよ?」
私がそう言うと惠子はちょっと吹き出すように笑うと私の肩を軽く叩いた。
「今生の別れじゃあるめェし!」
「ばかっ!」
真剣な悩みを一笑に付された私はまた声を荒らげた。
「ごめんごめん。でもさぁ、確かに会えなくなる人はいるけどさ。それはもうそこまでだと思うんだよね。仲が良かったら別に会うだろうし。だからほら、メグメグコンビは永遠に不滅だよ?」
そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……今はそういう話じゃない。惠子は親友だから良いけれど、卒業したらただの友人である真人との接点はもうなくなってしまうのだ。
「もう~……惠子! ちょっと来て!」
そう言って私は強引に惠子の手を引く。
「え、ちょっとえ~み~!」
教室からそう遠くない女子トイレへ惠子を引きずり込んだ。
「もう、強引なんだから。それで?惠子ちゃんを引っ張りこんでまでしたかったことって何?」
そう言って腰に手を当てた惠子に私は唐突に叫ぶ。
「好きなのっ!」
「……え?」
「もうお別れなんていやなの……私……私……」
真人のことを考えると胸が張り裂けそうだった。ろくな説明もせずに感情が爆発してただ自分の思いだけが口に出てしまった。
「ば……ばっかねぇ……だから、一緒って言ったでしょ?あ、あたしは別に……そういうシュミはないけど……まさか恵美がそんなにあたしのことを……」
惠子がなにかごにょごにょ言いながら頬を染めている。
……あ!!
「ちっ! 違う! 違うから!!」
「何よ違うって。もうはっきりきいちゃったっての」
「そうじゃなくって……」
「トイレに引っ張りこんでまでそんなこと言うなんて、意外と大胆なことするね」
「違うって言ってるでしょー!!」
否定を受け入れてくれない状況に、とうとう私は憤慨した。
「うおっと……うん、詳しく聞こうか」
惠子はやっとおとなしくなった。
「あの……ね、私好きな人がいるの」
勿体ぶった挙句、私は遂にその秘密を口にした。
「あぁ、真人ね」
「うん……それで……」
「うん」
「……え?」
あっさりと聞き流してしまったが、聞こえてはならない言葉が聞こえた気がした。
「な、なな……」
「ん?」
「なんで知ってるのぉ!?」
私は動揺して外に聞こえるくらいのリアクションをしてしまった。
「うるさ……いやそりゃわかるでしょ。あんたあたしがどんだけあんたと一緒にいると思ってんのよ」
「えっ、だってだって……そんな……そんなこと言ったこともないし……」
「見りゃわかるってんのよ」
恥ずかしさと驚きで挙動不審になる私を見て惠子は嘆息する。
「安心しな。多分あいつは気づいちゃいないから」
「ねぇ惠子! 私どうしたらいいと思う?」
縋るように私は親友の肩を揺さぶる。
「そんなの、告るっきゃないっしょ?」
間髪入れずにあっさりとそう言い放つ。
「でもぉ……」
「うだうだ言うな!」
惠子はぱんっ!と私の背をはたく。
「あだっ!」
「いい?さっきも言ったけど仲が良い子同士じゃないと基本疎遠になるの。ここでつながり作っとかなきゃもうおしまいよ!わかったらほらさっさと行く!」
そう言いながら恵子は女子トイレからグイグイと私を引っ張り出そうとする。
「ちょっと~! まさか今からって言うの~?」
「そのまさかよ!ほら、ほぉら!」
そのままずるずると引きずられ教室まで連れて来られた。
「おーい真人」
「どした?」
惠子はもう真人に話しかけていた。
「ちょっ!おい!」
それを見た私は咄嗟に止めようとして思わず強い言葉が口をついて出た。
「なんだよ恵美。こわ」
「ねぇ~こわいよねぇ」
惠子はわざとらしく両手を口許に持ってきてカワイイ顔をしている。
「なんでもないから!ほら行くよ惠子」
そう言って私は惠子の袖を引く。
「ねぇ真人って好きな人とかいんの?」
「なっ……!」
唐突に惠子が心臓に刃を突き立てる。
「え、なんで?」
真人は真人でとぼけた面をしている。
「えー?だってもう高校生も終わりだよ?好きな人とお別れだなんていやじゃない?」
「あー……」
一瞬真人は眉をひそめて何かを考えたような顔をしたがすぐにいつものおちゃらけた笑みを浮かべた。
「いい、いい。俺はね、別に誰からも求められてないから」
真人がそう言うと周りの男子がどっと笑う。それから口々にお調子者である真人に対してうるせーからだのだりぃからだのと身内間特有の棘のない罵声を浴びせる。
「そんなこと……! ないんじゃないかな……?」
賑わっている最中、私がぽつりとそう言うと、一瞬場が静まり返った。
「え、なに?なんで?」
周りは面白がって今度は私に視線が殺到する。
「あ、いや……一般論として……」
うまく返す言葉も見つからずたちまち顔が熱くなっていくのを感じた。
「もしかしてさぁ」
そんな中で真人が少しにやけながら声を上げた。
「俺のこと、好きだったり?」
それは彼のいつものウケ狙いだったのかもしれない。しかし気が動転していた私はその言葉を受けて冷静ではいられなかった。
「はぁ!? 何言ってんの!? 誰があんたなんかっ!」
私が激しめにそう言うと、真人は眉を下げたまま笑った。
「……だよな」
やや耐え難い沈黙が流れる。いたたまれなくなった私は惠子に呼びかけてその場を離れるのだった。
「ちょっと惠子! どーいうつもり!?」
再び女子トイレにて惠子を叱りつける。
「なによ。あんたあーでもしないと絶対動かないでしょ」
「それは……そうだけど……」
「いい?好きな人じゃなくっても、ちょっとでも意識されてると感じたら気になっちゃうものよ。だから恵美もアプローチしていけばきっとうまくいくわ」
「あと3日で?」
「うん」
惠子は自信満々に胸をたたく。
「なんで3年間も一緒に居たのに3日で成功すると思うのよ!無理よ無理!」
「うろたえるな!」
惠子が急に喝を入れる。
「うわびっくりした」
「あのね、あんたも気づいてないかもしれないけど真人はあんたのこと好きよ」
「は、なんで!?」
またこの子はいきなりとんでもないことを言い出す。
「普通好きでもない子と登下校したりお話したりする?挙句の果てにさっきのアレ。あんなのもうファイナルアンサーよ」
ビシりと指を突きつけて宣言してくる。
「いやでも……通学路一緒だし……あいつお調子者だから誰とでも話すし……アレだってウケ狙いだし……」
「なんで決めつけるの!」
そう言われてはっとした。確かに、それは私が勝手にそう思い込んでいたことだ。
「ごめん惠子……私行くね」
そう言うと私は女子トイレを後にした。
「がんばぇ~」
惠子は手を振って私を送り出してくれた。