リズベットと共に馬車に乗り込んだレオナルドは、アールリオン家に向かう道中、全ての事情を彼女に話していた。
話は遡ること二ヶ月前。
リズベットと別れ王城に戻ったレオナルドは、あらゆる手段を駆使し、彼女のこと、そしてエインズリー侯爵家惨殺事件のことについて、徹底的に調べ上げた。
するとそこから、驚くべき事実が次々と判明していった。
エインズリー家の長女として生を受けたリズベットは、聖女の素質とともに、なんと紫色の瞳を持って生まれてきていたのだ。
紫の瞳。一世代に一人いるかいないかの逸材。他の追随を許さない、圧倒的な魔力量の証。
確実に大聖女になる器だった。
しかし彼女の両親は娘が生まれてすぐ、リズベットの魔力を魔石に封じ込め、彼女の存在を隠匿した。理由は、リズベットの命をアールリオンの凶刃から守るため。
アールリオン家には、
アールリオン家は、大聖女になり得る人物をことごとく暗殺し、自分の家から大聖女が輩出されるように仕組んでいるのではないか、というものだ。
大聖女はここ三代ほど、アールリオン家から輩出されている。それは歴史を遡れば、いささか不可思議なことであった。
個人の魔力量を左右する要因は、ある程度が遺伝だが、それが全てではない。特に紫の瞳を持つ人間は、突然変異で生まれてくることが多かった。
それ故に、一つの家系から何代も連続で大聖女が生まれてくる事は極めて稀であった。歴代の大聖女たちは、家系も違えば、貴族や平民と言った身分もバラバラなのだ。
そして、アールリオンの噂をより強固なものにしたのが、現大聖女、マイアの存在だ。
彼女の瞳は金色で、その魔力量は歴代の大聖女と比べても随分と劣る。
果たして彼女は、本当にこの国で一番の魔力を持つ聖女なのか。実は他に、青や紫の瞳を持つ、大聖女たりうる人物が存在するのではないか。
貴族の中には、アールリオンの噂を信じる者も一定数存在した。恐らくリズベットの親も、そのうちの一人だったのだろう。だから、アールリオンからの攻撃を恐れ、リズベットの瞳とその存在を隠した。
彼女の両親の判断は正しかった。その噂は本当だったからだ。
しかし、リズベットが五歳のとき、アールリオン家に彼女の存在が知られてしまう。ちょうど、マイアが誕生した頃だ。
きっかけは、運命とも呼ぶべき、恐ろしいほどの偶然だった。リズベットを取り上げた産婆が、なんとマイアの出産に立ち会っていたのだ。
アールリオン家の面々は、生まれたばかりのマイアが金色の瞳であることを知り、揃って落胆した。それを見かねた産婆は、何の悪気もなくこう言った。
『確かにこの子の魔力は紫には敵わないかもしれませんが、それがこの子の全てではございません。大聖女にならない方が幸せなこともございましょう』
アールリオン公爵は勘のよく働く男だった。
それだけの発言で紫の存在を訝しんだ彼は、どういうことかと産婆を執拗に問い詰めた。拷問まがいのことをされた産婆はとうとう口を割り、その結果、リズベットの存在が彼らに伝わってしまったというわけだ。
リズベットの両親も産婆への口止めを怠ったわけではなかったが、まさかこういう形で露見するとは思いもしなかっただろう。
そして、あの惨劇が起こってしまった。エインズリー侯爵家の人間は、リズベットとグレイを除き、使用人含め全員が殺された。
全て、アールリオン家が仕組んだことだった。
ここまでのことが分かったのが、一ヶ月ほど前。ちょうど、リズベットから手紙が届いた頃だ。
そして、ここでもう一つ、語っておかなければならないことがある。レオナルドとアールリオン公爵との因縁についてだ。
レオナルドは、実は以前からアールリオンにまつわる黒い噂について、その真偽を確かめようと動いていた。力量不足のマイアが大聖女となり、流石に噂を噂のまま見過ごせなくなったのだ。
レオナルドは大聖女交代の時期に死亡した子供を全て調べ上げ、その瞳の色と事件性を一つひとつ確かめていった。
しかし、調査を進めるにつれ、次第に妨害が入ることが増えていく。その事実はつまり、アールリオンが黒だということを暗に示していた。
何度かアールリオン公爵に直接問い詰めたこともあったが、のらりくらりと
『殿下が我々を疑うのも無理はありません。マイアは大聖女としては出来損ないの無能ですから。あの娘は我が一族の恥さらしですよ、全く』
レオナルドは、平気で自分の子供を蔑む公爵のことがそもそも苦手だった。
そしてその頃、レオナルドに気に入られようと必死になっていたマイアが次々に問題を起こしていったのも重なり、レオナルドとアールリオン公爵の仲は次第に険悪になっていったのだ。
そのためレオナルドは、リズベットからの手紙を受け取った際、魔力暴走にまつわる事件の黒幕がアールリオンであるとすぐに確信した。大聖女の真相について知ろうとするレオナルドが邪魔になり、薬を使って消そうとしたのだと。
その後は、ひたすら証拠集めに奔走した。
エインズリー侯爵家惨殺事件と、魔力暴走の誘発事件。そのどちらか一つでも罪を問えたら、確実にアールリオンを潰せる。
しかし、いずれも事件から相当な日数が経っていたので、証拠集めは極めて難航した。リズベットに手紙を返す余裕がなかったのもそのためだ。
得られるのは曖昧な証言ばかりで、核心に迫る物証も残されていない。
そして、信頼できる部下を使って、ミケルが魔力暴走の件に巻き込まれているところまで何とか調べ上げた頃。
今からちょうど二日前の真っ昼間。
王城の執務室で公務をこなしていたところ、あの護衛の男――グレイがふらりと現れたのだ。
「……王城に忍び込むのは、流石に感心しないな。それもこんな明るい時間に。バレたらかばいきれないぞ」
「最初で最後だから、大目に見てくれよ。夜はリズの護衛で忙しくてさ。この時間しか自由に動けないんだ」
グレイは何の悪びれもなくカラリと笑った。レオナルドが座る執務机の前で、腕を組みながら姿勢を崩して立っている。
部屋にはレオナルドとグレイの二人きりだ。側近や他の部下たちは出払っていて、しばらくこの部屋には誰も来ない。恐らくそのタイミングを狙って来たのだろう。
それにしても、警備が厳重な王城の、しかも第一王子の執務室に軽々と忍び込むとは、本当にこの男は底が知れない。
「何の用だ? まさか、リズベットの身に何かあったのか?」
「いや、命に関わるような事は起きてない。今はまだ、な」
「どういうことだ。リズベットは無事なのか? これから何が起きる?」
刺客が再び彼女の命を狙おうとしているのだろうか。
そんな不安がレオナルドの胸中に渦巻く。
しかしグレイはこちらの問いには答えず、逆に質問を投げかけてきた。