拍子抜けするほどあっさりと自白したミケルに、リズベットは驚きを隠せなかった。
バッと隣を見ると、レオナルドは目を眇め、静かに弟を見据えている。当のミケルは、依然として笑みを浮かべていた。
「良いよ、罰はいくらでも受ける。兄さんが生き残った時点で、僕の負けは決まっていたんだから。ちなみにアールリオン製薬の人間は無関係だよ。いい商品を紹介されたから、ただ利用しただけ」
それを聞いたレオナルドは、眉根を寄せ大きな溜息をついていた。
全く悪いびれない様子のミケルに呆れたのだろうか。そう思ったが、どうやら違ったようだ。
「正直に話せ。お前はそんなことをする人間ではないだろう。アールリオンの罪を被る必要はない」
今の発言からすると、どうやらレオナルドはアールリオン家が黒幕だと考えているようだ。何か根拠があるのだろうか。
(薬を盛ったのはミケル殿下で、薬を作ったのはアールリオン製薬。これは間違いなさそうだけれど……)
すると、ミケルが乾いた笑みを漏らした。
「ハハッ。兄さん、買いかぶり過ぎだよ。僕はそんなに良い人間じゃない」
「そうは言ってない。時々えげつない作戦を考えるからな、お前。だがそれほどに賢い。俺を本気で殺したかったなら、もっと確実な方法があったはずだ」
「そうかもね。完全にやり方を間違えたよ」
ミケルはどこか遠い目をしていた。昔を思い出し、何かを後悔している様子だ。そして彼は、兄の追求から逃れるように話題を変えた。
「それにしても、リズベット嬢はすごいね。たった一人で、それもこんな短期間で薬を開発しちゃうなんて。僕が君と初めて会った時は、まだ何も着手していなかったもんね」
そう言ってミケルは、薬の材料が書かれた紙をテーブルからペラリと取った。そしてまじまじとその紙を見つめると、とある箇所で目を止め、そこを指差す。
「でも、僕が購入した薬とリズベット嬢が作ったものは少し違うな。この材料は入っていなかった」
「え……? それは、本当ですか?」
「うん。僕、記憶力が良くてね。アールリオン製薬から説明を受けたときには、この材料は含まれていなかった」
その材料は、魔力を操作する神経に作用するもので、薬の最も重要な成分だった。それが欠けていれば、出来上がるのはただの魔力増強剤だ。
(ということは、つまり……)
「リズ。気になることがあれば、何でも言ってくれ」
隣のレオナルドに促され、リズベットは思い切って尋ねた。
「ミケル殿下。アールリオン製薬はこの薬を、ただの魔力増強剤として説明していたのではありませんか?」
「……え? なんでそんなこと言うの?」
回答に妙な間があり、ミケルの笑顔がかすかに歪んだ。明らかに動揺している。図星だったのだろう。
「殿下が『含まれていなかった』と仰ったこの材料は、魔力暴走を引き起こすために不可欠なものです。これが入っていなければ、それはただの魔力増強剤なのです。魔力暴走なんて絶対に起こりえません」
「そんな……ことは……」
ミケルの目は泳いでいて、必死に何かを考えている様子だった。リズベットは、そんな彼に追い打ちをかける。
「ミケル殿下は、アールリオン製薬に騙されていたのではありませんか?」
「そんなことはない。そんなことはないよ。僕は彼らから魔力暴走の誘発薬を買った。そのことに間違いはない」
ミケルが今度は間髪入れずに返してきた。すると、渋面のレオナルドが見かねたように苦言を呈する。
「ミケル。正直に話してくれ。このままでは裁くべき人間を裁けない」
「正直に言ってるよ、兄さん。裁かれるべきなのは僕だ」
ミケルは頑なだった。このままでは平行線だ。
(ミケル殿下は薬を魔力増強剤だと思っていた。でも、どうしてそれを隠そうとするのかがわからないわ)
魔力増強剤だと認識していたなら、素直にそう言えばいいはずだ。魔力暴走が起きるなど想像もしていなかったと、無罪を主張すればいい。
(まるで、裁かれたいとでもいうような言動だわ)
そう思った時、ミケルに言われた言葉がふと思い出された。
『君はずっと、無知のままでいてね』
疑いが向けられるような言葉を、わざわざリズベットに言ったのはなぜか。
(ミケル殿下はわざとそう言って、私に真相を調べさせようとした……?)
やはり彼の言動は、自分を犯人に仕立て上げようとしているようにしか見えない。今日だって、レオナルドが証拠を見せた途端、あっさりと自白していた。
ミケルがレオナルドに薬を飲ませたのは、大戦が泥沼化した末の最終決戦での話だ。
そのタイミングと、ミケルが薬を魔力増強剤だと思っていたことを踏まえると、その動機は、最終決戦で連合国軍との戦いに決着をつけるためだろう。
ミケルはこの国の軍師として、戦況に焦っていたのかもしれない。英雄レオナルドの強化でもしないと、自国の勝利が危うい、と。
しかしミケルの予想に反して、レオナルドは魔力暴走を起こし甚大なる被害をもたらしてしまった。そのせいで、レオナルドは王太子の座を追われることになった。
(そうか……だから……)
ミケルが頑なに裁かれようとする理由。それは、兄を思うが故の、自らへの断罪。
「……ミケル殿下は、レオナルド殿下を再び王太子の座に戻すために、ご自分で罪を背負おうと……」
「違うっ! 僕は、王の座が欲しくて兄さんを陥れようとしたんだ!」
リズベットのつぶやきに、ミケルは激しく反論してきた。彼の顔は青ざめていて、強い焦りが見える。この様子だと、こちらの推測は当たっていたようだ。
「ミケル、お前はアールリオンに騙され、利用されていたんだ」
レオナルドは、はっきりとそう断言した。そして、狼狽するミケルをしっかりと見据えて続ける。
「もう一度言う。頼むから正直に話してくれ。お前の証言が必要なんだ」
「兄さん……」
恐らくレオナルドは、あらかじめ事の真相に気づいていたのだろう。しかしアールリオンを裁く決定的な証拠がなく、ミケルの証言を必要としていた。リズベットがこの場に呼ばれたのが彼の証言を引き出すためだとしたら、少しは役に立てたようだ。
兄の懇願に心が折れたのか、はたまたこれ以上は言い逃れできないと諦めたのか、ミケルはゆっくりと真相を話し始めた。