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幕間2.彼女と共にいるために


 リズベットが毒に倒れた。


 正直、怒りでどうにかなりそうだった。


 彼女を執拗に付け狙う者に対して。そして、彼女を守れなかった自分に対して。怒りが込み上げてきて仕方がない。


「リズ。君はもう寝ろ。ゆっくり体を休めてくれ」


 リズベットの護衛であるグレイが部屋を去った後、レオナルドは寝台の枕元に座る彼女に声をかけた。


 顔色は戻ってきているが、まだ体がつらそうだ。弱りきった彼女を見ていると、胸が張り裂けそうだった。


 すると彼女は、少しためらいがちに口を開く。


「あ、あの、レオ様」

「どうした?」

「その、解毒剤、飲ませていただいて、あ、ありがとうございました」


 彼女の白く艷やかな頬は、月明かりの元でもはっきりとわかるくらい真っ赤になっていた。やむを得なかったとはいえ、口づけされたことを恥ずかしく思っているようだ。


 口移しで飲ませてしまったことを申し訳なく思い、レオナルドは素直に謝った。


「勝手に触れてすまなかった」

「い、いえ! 救命行為ですし! おかげで助かりました」


 彼女は慌てたように早口でそう言うと、この会話を切り上げるように寝台に潜っていった。


「もう、寝ます。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ、リズ」


 レオナルドは彼女の部屋を出て自室に戻ると、眠ることもせず一人で頭を悩ませていた。


 リズベット・ナイトレイ。


 元はエインズリー侯爵家の長女で、彼女が五歳の時に、例の一家惨殺事件によって家族を奪われた。


 犯人は未だ捕まっておらず、黒幕が誰かもわかっていない。彼女を守るのは、グレイという底知れない男。今はナイトレイ子爵家の養子として、静かに暮らしている。


 レオナルドが「リズベット・ナイトレイ」を独自に調べ上げた結果、わかったのはこれだけだった。


 以前、彼女は「もう命を狙われる事はない」と言っていたが、つい半日ほど前、見知らぬ男たちに殺されそうになった。そして、屋敷に戻ってきた後、毒によって倒れた。


 立て続けに命を狙われたのだ。どう考えても、黒幕は彼女の暗殺をまだ諦めてはいない。


(エインズリー侯爵家惨殺事件からもう十年以上が経っている。そこまで執拗に彼女の命を狙う理由は何だ?)


 レオナルドは、あの護衛の言葉を思い出す。


『どうもこれ以上あんたと関わると、ろくな事にならなさそうだ。リズはこのまま連れ帰る。異論は認めない』


 あの護衛は明らかに黒幕を知っている様子だった。しかしそれを尋ねても、奴は答えなかった。


『あんたが知ったところで、何も出来ないよ』


(俺とリズが近づくと困る人物……そして、俺が手出し出来ない人物……?)


 その情報だけでは黒幕に辿り着けそうになかった。あの護衛を捕まえて聞こうにも、一度姿を消されると見つけ出すのが困難だ。


 そしてふと、リズベットの言葉が脳内に蘇る。


『あとほんの少しで、私の役目も終わるから。そしたらもう、殿下にも会わないから』


 彼女にまつわる問題を解決しない限り、もう二度と彼女に会えなくなる。


(それは……到底受け入れられないな)


 レオナルドは、リズベットを本気で妻に迎えたいと考えていた。


 聡明で思慮深く、思いやりに溢れた彼女は、王族に嫁いでも何ら問題ない才と人徳を持っている。


 それに加え、彼女は自分にとって、無くてはならない存在になっていた。


 彼女が笑うと、温かな気持ちになる。

 彼女の声を聞くと、心が安らぐ。

 彼女がそばにいると、それだけで生きる気力が湧いてくる。


 リズベットは自分にとって、己を照らす太陽そのものだった。


 彼女を、心から愛している。


(やるべきことは一つだ。リズに恩を返すためにも、リズを手に入れるためにも)


 リズベットの問題を解決する。それから、彼女を迎えに行こう。


 恐らく、彼女も自分の事を好いてくれている、とは思う。


 しかし、彼女が楽しげに護衛のことを語る時、彼女が護衛に気を許した顔を向ける時、不意に不安に襲われる。醜くも嫉妬してしまう。


 リズベットは護衛のことを、兄のような存在で大切な家族だと言っていたが、護衛の方もそうとは限らない。あの護衛は、リズベットのことをどう思っているのだろうか。


(……これ以上は考えても仕方がないな)


 レオナルドは思考を止め、日が昇るまでしばしの休息を取ったのだった。




 朝になって、レオナルドはリズベットに毒の菓子を渡した男の元へと赴いていた。


 彼女が菓子を渡された時そばにいなかったので、まずは男を探すところから始めなければならなかったが、目撃者が多数いたのですぐに見つかったのは幸いだ。


 男は、街の洋菓子屋の店主だった。


 レオナルドは男の店に押し入ると、剣を突きつけ尋問した。


「まだ首と胴が繋がっていたければ、正直に答えろ。もう一度聞く。誰の指示だ」

「知りません! 本当に知らないんです! 信じてください!!」


 店主曰く、新作の菓子を噴水広場付近で配り回っていたところ、とある男に話しかけられたそうだ。


 あそこのベンチに座るローブを羽織った空色の髪の女性に、自分が作った菓子を渡したい。しかし、片思い中で恥ずかしくて、とても渡せない。紙袋の中に菓子とラブレターを入れているから、店主が新作の菓子を配るフリをして、渡してきてくれないか、と。


 それで、気の良い店主はその男の話をまんまと信じ、リズベットに紙袋を渡した、ということらしい。


 店主の態度と表情から、嘘をついているようには思えなかった。


 結局レオナルドは店主を白と判断し、彼を騙した男の特徴を事細かに聞いた。が、これだけ時間が経った今、その男を捕まえるのはなかなかに難しいだろう。この街を離れ、とっくに身を隠しているはずだ。


 その後、レオナルドは街の駐屯所に向かった。昨日の収穫祭でリズベットを襲った男たちの素性を調べるためだ。


 突然現れた英雄に、衛兵たちは驚きと緊張、そして恐れの視線を向けていた。これが普通の反応だ。


 山ひとつと大勢の人間を消し飛ばした人間を、恐れない方がおかしい。リズベットが特殊なのだ。彼女は一度たりとも、恐れの視線を向けてくることはなかった。


 だからこそ、彼女に惹かれた。


 レオナルドは駐屯所の責任者に話を聞いたが、残念ながら襲撃者たちはただの雇われのようだった。誰に雇われたのかは、まだ口を割っていないらしい。


 何か情報が得られたらすぐ連絡するよう責任者に指示してから、レオナルドは屋敷へと戻った。結局、何の収穫も得られずじまいだ。


 彼女の命を狙う黒幕は、一体何者なのか。


(実行犯から探っていっても、黒幕には辿り着けそうにないな。これは、探る方向性を変えなければ)


 リズベットについて、まだまだ調べ足りないことがある気がする。そもそもなぜ、彼女は命を狙われているのか。その理由から探っていった方が良さそうだ。



 その後、リズベットと別れ王城に戻ったレオナルドは、あらゆる手段を駆使し、彼女のこと、そしてエインズリー侯爵家惨殺事件のことについて、徹底的に調べ上げるのだった。


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