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23.任された


 リズベットは、毒で倒れてから二日ほどで完全に復調した。毒を摂取後、レオナルドがすぐに解毒剤を飲ませてくれたおかげで、特に後遺症も残らずに済んでいる。


 そして、それから五日後。


 第二王子であり、現王太子でもある、ミケル・ウィンスレイドが屋敷を訪れていた。レオナルドを王城に戻すことが正式に決定され、その旨を伝えに来たのだという。


「兄さん、復活おめでとう。元気になって本当に良かった」


 そう言ってにこやかに笑うミケルは、レオナルドと同じプラチナブロンドの髪を持つが、顔立ちはあまり似ていない。レオナルドの目が切れ長なのに対し、ミケルの目はまん丸で人懐っこい印象だ。


 そして瞳の色は、序列としては黒を除いて一番下の茶色。


 魔法の実力で劣るミケルは、レオナルドと異なり前線で戦うことはない。その代わり、彼は軍師として数多くの功績を残してきた。彼の戦術は先の大戦でも多くの敵軍をほふり、英雄レオナルドの圧倒的な武力と共に、この国を連合国軍から守ったのだ。


「大戦で随分と軍事力が削られてしまったから、ここ一年は兄さんがいなくて本当に不安だったよ。またどこかの国が攻めてきたら、兄さんなしでは勝つのは厳しいからね」

「負担をかけてすまなかったな。これからは任せてくれ」


 応接室の雰囲気は和やかだ。はたから見る限り、二人の仲は良好のように見える。


 かくいうリズベットは、ミケルが「英雄復活の一助となった聖女に直接礼を言いたい」とのことで、扉のそばで控えていた。


「それで、君が兄さんを治してくれた、白衣の天使ちゃんだね?」


 早速話を振られたリズベットは、少し体を強張らせた。レオナルドとは医師と患者の関係だったので初めから気後れしなかったのだが、いざ他の王族と話すとなると緊張する。


「私は、ほんの少しお手伝いをさせていただいただけでございます。全ては、レオナルド殿下の努力の賜物です」

「またまた、謙遜を。君のことは、最年少で医師になった才女って聞いてるよ」


 ミケルは微笑みながらそういった後、何かを思い出したようにまた口を開いた。


「そうだ。兄さんの魔力暴走の原因は、何かわかったのかな?」


 彼は変わらず微笑みをたたえているが、なぜだか目が笑っていないような気がする。そう思った途端、恐怖で心臓がドクンと跳ねた。


 王命には、「もし可能なら魔力暴走の原因を究明せよ」との指示も含まれていた。ミケルが訪ねてきたのは、その成果を確かめる目的もあるのだろうか。


 無論、リズベットも忘れていたわけではないのだが、今の段階では全くもってわかっていなかった。


 王命を蔑ろにしたとして罰せられるのでは。そう考えると怖くて仕方がないが、ここで誤魔化すこともできず、リズベットは正直に答えた。


「いえ、それは残念ながらまだでございます。申し訳ございません。ここでは検証が難しいので、帰ってから調べてみようと考えておりました。我がナイトレイ家は病院を経営しておりまして、医学の研究をしている医師も多くおります。彼らと相談しつつ、検証してみようかと」


 人為的に魔力暴走を引き起こす方法は現在確認されていないが、考えられなくもない。恐らく神経作用のある薬物を飲まされたのではないかと、リズベットは踏んでいた。


 しかし屋敷では実験のひとつも出来ないので、原因究明は後回しにしていたのだ。


 おとがめを受けるのではと身構えたが、ミケルからの言葉は予想外のものだった。


「そう。じゃあ帰っても調べない方がいいよ。多分、首を突っ込むと危険だろうから」

「え……?」


 リズベットが驚いて目を丸くしていると、レオナルドがミケルの意見に同調した。


「俺もその意見に賛成だ。不用意に真相に迫るのは危ない。リズ、どうかこのことには関わらないでくれ」


 王子二人からそう強く言われたら、嫌だというわけにもいかない。本当はレオナルドを陥れた人間を懲らしめたい気持ちでいっぱいだったが、リズベットは仕方なく原因究明を諦めることにした。


 しかし、ミケルが屋敷を後にする時、その決意が覆ることになる。去り際、彼はリズベットにだけ聞こえるように、耳元でこう言ったのだ。


「君はずっと、無知のままでいてね」



* * *



(ミケル殿下はどうしてあんなことを言ったのかしら。魔力暴走の原因について何か知ってるのは間違いなさそうだけど……もしかして犯人? でも、それならわざわざ私にあんな意味深なことを言う理由がわからないわ)


 あれから数日考えたが、一向に答えは出なかった。レオナルドに報告するか迷ったが、そのせいで彼が危険に晒されたらと思うと、怖くて言い出せなかった。


 そして、ミケルの発言が心に引っかかったまま、リズベットはとうとうこの屋敷での最終日を迎えた。


 日中は自室の整理をしていたらあっという間に時間が過ぎていき、夜はエイデンとキーツが「最後だから」とささやかなお別れ会を催してくれた。


 長いようで一瞬だった、この屋敷での生活。レオナルドの拒絶から始まり、最初はどうなることかと思ったが、今思えばその全てがかけがえのない思い出になっている。


 自室に戻ったリズベットは、その一つひとつを思い出しながら、物思いにふけっていた。


(誰かを好きになったの、初めてだったな……)


 しかし、この初恋も、今日でおしまいだ。もう彼と会うことは二度とないだろう。つらくないと言えば嘘になるが、仕方のないことだ。


 そもそも、命を狙われ続ける限り、誰かと幸せになるなど無理な話なのかもしれない。


 そんなふうに一人で悲観的になっていると、レオナルドが部屋を訪ねてきた。


「どうされましたか?」

「リズ。大事な話がある」


 その青の瞳は真剣で、何か覚悟のようなものが宿っていた。部屋に招き入れソファに並んで座ると、彼はこちらをしっかりと見据えてくる。


「数日前、リズが君の護衛と話していた時、もう俺には会わないと言っていたな」

「はい」

「もし俺に近づいたことで君が危険に晒されたのなら、本当にすまない」


 そう言って、レオナルドは深々と頭を下げた。突然の謝罪にリズベットは驚き、慌てて口を開く。


「レオ様が謝られるようなことではありません! 私が……全て私が悪いんです。むしろ、巻き込んでしまって申し訳ございません」

「リズは何も悪くない。悪いのは、君の命を狙う輩だ」


 顔を上げ再びこちらを見据えたレオナルドの表情は、とても険しいものだった。瞳に宿る怒りは、しつこくリズベットを付け狙う刺客たちへのものだろうか。


「俺はリズの問題を必ず解決する。それまで待っていてほしい。君に再び会うのは、全てが片付いた時だ」


 その言葉を聞いた途端、心臓がキュッと縮み上がった。頭から血の気が引いていき、リズベットは声を震わせながら抗議する。


「やめてください、危険です。レオ様だって、魔力暴走の原因究明はやめてくれって、私に仰ったじゃありませんか。それと同じです」


 そして、レオナルドの袖にしがみつき、心から懇願した。


「だからどうか、私のことはお忘れください。お願いします」


 リズベットの表情は、恐怖で酷く歪んでいた。


 目の前の人が、初めて愛した人が、危険に巻き込まれるかもしれない恐怖。殺されてしまうかもしれない恐怖。


 想像するだけで足がすくみそうだ。自然と、袖を掴む力が強くなる。


 するとレオナルドは、そっとリズベットの手を取り、優しく微笑んだ。


「それは無理な相談だ。俺はとことん諦めが悪くてな。リズの俺への気持ちが変わらない限り、君を諦めるつもりはない。必ず君を、救ってみせる」

「――……っ」


 自分のせいで、これ以上誰かを危険な目に遭わせたくない。これ以上誰かに死んで欲しくない。


 だからリズベットは、素性を隠し、静かに息を潜めて暮らしてきた。それは仕方のないことで、自分の義務だと、己に言い聞かせて。


 でも本当は。


 本当は、心の奥底で「誰か助けて」と叫んでいた。


 いつ殺されるかわからないと怯える日々から、救い出して欲しいと。目立たず生きなければならない息苦しい日々から、助け出して欲しいと。


 こんな強い瞳で、英雄の瞳で、救ってみせるなんて言われたら、すがりたくなってしまう。王子様が自分を救ってくれるなんていう、都合の良い夢を見たくなってしまう。


 リズベットは胸の苦しさを抑えきれず、とうとう涙をこぼした。


「たす……けて……レオさま」

「ああ。任された」


 その短い一言が、とてつもなく心強かった。次から次に涙が溢れて止まらなくなる。


 ポロポロとこぼれ落ちる涙を、レオナルドが指で拭った。


「しばらく君の声を聞くことも、君に触れることも出来なくなるのかと思うと、身も心も寒くてたまらないな」


 彼は寂しげな表情でそう言うと、徐ろにリズベットのことを抱きしめた。


「レ、レオ様……?」

「俺は君が欲しい。心から」


 耳元でささやく彼の声が、心の中で反響する。彼の温もりが、リズベットの心を優しく包み込む。


「愛している。リズ」


(……私も。私もお慕いしております、レオ様)


 声に出してはいけないその想いを、リズベットはただ胸の中でつぶやいた。


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