屋敷に戻ってエイデンとキーツに英雄復活の旨を告げると、彼らは揃って涙を流した。
レオナルドが心を病んでから一年以上、彼らは主人のことを見守り続けてきたのだ。
安堵や歓喜。色んな感情が湧き上がって来て然るべしだろう。
そしてその晩、ささやかながら、屋敷のメンバーでレオナルド復活のお祝いをした。エイデンとリズベットで飾り付けをし、キーツが腕によりをかけて作った料理とケーキで彼をもてなしたのだ。
屋敷は、喜びと祝福に包まれていた。
祝いの場が終わり、リズベットは自室に戻って王城への報告書を作成していた。今までも定期報告は行っていたが、恐らくこれが最後の報告書になるだろう。
リズベットがレオナルドの専属医を務めるのは、彼が生きる気力を取り戻し、魔法を再び使えるようになるまでの間だ。彼が復活を果たした今、この役目ももう終わりなのである。
(そうか、この生活もあとわずかなのね……)
振り返ると、いろいろなことがあった。
最初は苦戦する日々が続いたが、自分なりに職務を全う出来たことが嬉しい。使用人の二人とも楽しく仕事が出来たし、この屋敷での生活は本当に充実していたように思う。
元の生活に戻った後は、もう彼らと会うことはないだろう。そう思うと、流石に寂しいと思ってしまう。
そして、今日襲ってきた男たちのことを思い出す。
彼らは確実にリズベットの事を狙っていた。あの男たちが一体何者だったのかはわからないが、再び命が狙われ始めているのかもしれない。
(あとでグレイに相談しないと……)
正直怖くないと言えば嘘になるが、グレイが屋敷にいてくれるなら大丈夫だという安心感があった。屋敷から離れなければ、危険な目に遭うこともないだろう。
そんなことを考えていると、扉を叩く音とともに声が聞こえてきた。
「リズ、今いいか?」
訪ねてきたのはレオナルドだ。何かあったのかと思い、すぐに扉を開ける。
「どうされましたか?」
「少し時間をくれないだろうか。リズに見せたいものがあって」
断る理由もなく、リズベットはすぐに了承した。するとレオナルドは、リズベットを屋敷の外へと連れて行く。
(見せたいものって、一体何かしら……)
全く予想ができずにいると、レオナルドは徐ろにリズベットのことを横抱きに抱えた。
「ちょっ、レオ様!?」
「少し掴まっていてくれ」
耳元で彼の声が聞こえた途端、突然ふわりと浮遊感に襲われた。
「ひゃあっ!」
驚いたリズベットは咄嗟にレオナルドの首元にしがみつく。なんとレオナルドは、リズベットを抱きかかえたまま空に上っていったのだ。どうやら浮遊魔法を使っているらしい。
もちろん空を飛んだことなど一度もないので、リズベットは下を見る勇気もなく、落ちないようにぎゅっとレオナルドの体を掴んでいた。
程なくして彼は屋根の上に下り立つと、リズベットをそっと座らせてくれた。
「もう大丈夫だ。上を見て」
「うわあ……!」
言われた通り空を見上げると、そこには幾千もの星々が煌々と輝いていた。その一つひとつが、まるで宝石のように美しい。そして、流れ星が絶え間なく夜空を彩っている。
「ここは街から遠くて周りに明かりもないから、星がよく見えるんだ。今日はちょうど流星群の日で、リズに見せたくて」
今までに見たことがない、見事な星空だった。
リズベットは言葉も出ないほど感動し、ただただ光り輝く星たちをその目に焼き付けていた。
「リズ、今まで本当にありがとう。君がいなければ、俺はきっと今でも廃人のままだった」
レオナルドの声で我に返ったリズベットは、すぐに彼の方へ視線を向ける。しかしそこでまた、美しいきらめきに意識を持っていかれた。
(レオ様の瞳、まるでこの星空みたいだわ……)
こちらを見つめる青の瞳は、星々の光を取り込み、キラキラと美しく輝いていた。思わず見惚れていたリズベットだったが、彼が瞬きしたタイミングでハッと我に返り、慌てて言葉を返す。
「わ、私は何も。レオ様が懸命に戦ってこられたからです」
「いや、一人ではきっと無理だった」
そう言うレオナルドの表情は、なぜか少し暗かった。魔法の力を取り戻して喜ばしい日のはずなのに、どうしたのだろうか。
「何か、ございましたか?」
リズベットが尋ねると、レオナルドは少しためらった後、ゆっくりと口を開いた。
「直に俺は、王城に戻ることになると思う」
「はい」
「リズは以前、俺が迷った時は一緒に悩んでくれると言ってくれたな。それは、俺が王城に帰ってからも有効だろうか」
きっと、王城に戻るのが不安なのだろう。無理もない。自分を陥れた人物が、近くにいるのかもしれないのだから。
以前、国王に呼び出され一時的に王城に帰ったときも、気が休まらずあまり眠れなかったと言っていた。城の者たちが皆敵に見えて仕方ない、と。
「もちろんです。私でお役に立てることがあるなら、いつだって駆けつけますから」
レオナルドの不安を拭うようににこりと笑いかけると、彼も表情を緩め微笑んだ。
「ありがとう。また君に会えると思うと嬉しい」
「え?」
レオナルドの発言を聞いて、なんだか自分の懸念が的外れのような気がしてきた。
彼は王城に戻るのが不安だから暗い顔をしていたのではないのだろうか。今の言葉だと、「君と離れるのが嫌だ」というようにも捉えられる。
(いや、まさかね)
心の中で否定するも、すぐさまそれが間違いだと理解させられた。
「リズ。俺は君のことを好いている。だがすぐに返事はいらない。少しずつ、振り向いてもらえるよう努力する」
「…………」
突然の告白に、リズベットは口をあんぐりと開けて固まった。
(聞き間違い……? 今、レオ様が、私のこと好きって……)
脳が言葉を理解した途端、リズベットは顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
「リズ……顔が……」
レオナルドが驚いた表情でこちらを見ている。
恐らく耳まで真っ赤になっているのだろう。顔が燃えるように熱い。今日は月も明るいので、闇で隠すことが出来なかった。
焦ったリズベットは、両手で顔を覆って俯く。
「ええと、これは……!」
「君も……俺と同じ気持ちでいてくれていると、思っていいんだろうか」
レオナルドが顔を覆っていた手を優しくどけてくる。
そして、彼の両手で頬を包まれ、ゆっくりと上を向かせられた。
「もしそうなら、俺の妻になって欲しい、リズ」
彼の瞳は真剣そのもので、一欠片の冗談も含んでいなかった。心から、自分を望んでくれていることがわかる。しかし――。
(……断らなきゃ)
すぐにそう判断したリズベットは、視線を逸らして彼の手をどけた。
「困ります。私は王族に嫁げるような身分ではありません」
「身分の問題などどうとでもなる。そもそも君は、侯爵家の人間だしな」
レオナルドにすぐさま言い返され、リズベットは他の理由を急いで考える。
「私に王族の妻としての器量があるとは、とても思えません。妻の責務を果たせず、きっとご迷惑になるかと」
「今まで君の働きぶりを見てきたが、そんな事は絶対にない。それに、君に苦労はかけないつもりだ。責務などと気負わないでくれ」
「…………」
他にそれらしい断り文句が思いつかず、リズベットは黙り込む。
もうとっくに気づいている。自分の気持ちに。でも、それは隠さなければならないものだ。絶対に。
リズベットは意を決してレオナルドに向き直ると、最後の手段を取った。