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15.大聖女からの謝罪(2)


「まるで、王妃にならなければマイア様に価値はない、というように聞こえたのですが」


 公爵をじっと見据えて問いかけると、彼はさも当然かのようにこう答えた。


「我々アールリオン家は、ここ何代も大聖女を輩出してきた一族です。ですが、マイアは歴代と比べると明らかに力が劣る。大聖女としては落ちこぼれであり、我が一族の恥なのですよ」


(実の子供なのに……ひどすぎるわ……!)


 リズベットはマイアのこれまでを思うと、心が傷んで仕方がなかった。しかし、相手は公爵だ。ここで突っかかって義両親に迷惑をかけるわけにはいかない。


 そこでリズベットは、隣のレオナルドにひとつ頼み事をすることにした。


「少し、マイア様と二人だけにしていただけませんか?」


 せめて、彼女に言葉をかけたい。そう思ってのお願いだった。


 レオナルドは「わかった」と言って、すぐに公爵と侍女を部屋から連れ出してくれた。


 応接室には、リズベットとマイアの二人きり。


 リズベットは俯いて座っているマイアのそばに行くと、彼女の顔を覗き込むようにその場で屈んだ。


「マイア様」


 優しく声をかけると、マイアはわずかに顔を上げてくれた。そんな彼女の瞳をしっかりと見つめながら、リズベットは伝える。


「あなたの価値は、誰と結婚するかで決まるものではありません。ましてや、王妃になれるかどうかで決まるものでもありません。あなたの価値は、あなた自身が形作っていくものなのですよ」

「え……?」


 予想外の言葉だったのか、マイアは驚いたように目を丸くしていた。金の瞳を大きく見開いている可愛らしい彼女に、リズベットは微笑みかける。


「マイア様はきっと、幼い頃から厳しい妃教育を受けてこられたのでしょう。所作がとても美しいのでわかります」


 初めてマイアを見た時から、リズベットはその立ち居振る舞いに感嘆していた。それは一朝一夕で身につけられるものではない。きっと、幼い頃から血の滲むような努力をしてきたはずだ。


「マイア様がこれまでに積み重ねてきたものは、しっかりとあなたに刻み込まれています。これまでの努力が、生き方が、あなたを形作っているのです。マイア様は落ちこぼれなんかじゃありません。一族の恥でもありません。マイア様は、とても素敵な女性だと、私は思います」


 きっと、マイアは必死だったはずだ。


 大聖女として王妃にならなければ、価値がないと蔑まれる。叱責される。


 だから彼女は、どんな手を使ってでもレオナルドに気に入られるしかなかった。初対面のリズベットに敵意を剥き出しにしていたのも、自分の居場所を守るためだったのだ。


 彼女は王妃になるためだけに生まれてきたのではない。彼女の価値を、そんなひとつの尺度で決めつけてはいけない。


 リズベットは、マイアの心が少しでも軽くなることを願った。


 すると、リズベットの言葉を聞き終えたマイアは、大粒の涙をポロポロとこぼしながら心の内を吐露し始めた。


「……幼い頃から、大聖女としては出来損ないだって、皆から言われてきたわ。だから、レオナルド殿下に気に入ってもらわなきゃって、必死だった。家では皆、わたくしに厳しく当たるの。お父様も、お母様も。味方なんて、一人もいなかったわ。妃教育で忙しくて、お友達もできなかった。ずっと、一人だったの」


 そこまで言い切ると、マイアは嗚咽を漏らしながらしばらく泣いていた。


 誰にも相談できず、一人でつらい思いを抱え続けていたのだろう。ようやく吐き出せて、少しは楽になれただろうか。


 リズベットはマイアが落ち着くのを待ってから、彼女の手を優しく握った。


「マイア様。それでは、まずは私とお友達になっていただけませんか?」

「え……? わたくし、あなたにとても酷いことをしたのに……?」

「では、仲直り、ということで」


 そう言ってにこりと笑いかけると、マイアの顔が次第に歪んでいく。


「どうして……どうしてそんなに優しいの……?」


 彼女はそう言うと、またポロポロと涙を流していた。リズベットがそっと抱きしめると、彼女の体は思った以上にとても小さかった。まだ、ほんの十三歳の少女だ。もっと誰かに甘えてもいい歳頃だろう。


「取り乱してごめんなさい。もう大丈夫よ」


 マイアがそう言ったので体を離すと、彼女はモジモジしながら遠慮がちに口を開いた。


「あの……あのね。リズお姉様って呼んでも……良いかしら……?」


(なんて可愛いの!!)


 妹が生きていたら、こんな感じだったのだろうか。頭の片隅でそんなことを思いながら、リズベットは満面の笑みで了承した。


「もちろんです。マイア様!」


 そうしてリズベットは、大聖女マイアと和解し友人となったのだった。



 そして、公爵たちの帰り際、こんなやり取りがあった。


「それでは、リズベット嬢。またお会いしましょう」


 公爵がにこやかにそう言うと、レオナルドはリズベットを庇うように一歩前に出た。


「アールリオン公。彼女は俺の庇護下にあることを忘れるな」


 彼の表情はこちらからは見えなかったが、その声音はとても厳しいものだった。変な絡まれ方をした直後だったのもあり、第一王子からの牽制は非常にありがたい。


「肝に銘じておきますよ、レオナルド殿下」


 公爵は微笑んでいたが、レオナルドとの間には火花が散っているように見えた。


(この二人、以前に何かあったのかしら?)


 そんな疑問を抱きつつ、リズベットは公爵たち一行を見送った。



* * *



 その日の晩。


 自室の書斎机でカルテをまとめていたところ、突然コツリと靴音がした。顔だけで振り返ると、そこにはグレイの姿があった。


「グレ……むぐっ」


 グレイが片手でぎゅっと頬を掴んできたので、それ以上言葉が出せなくなる。彼は眉間に深いシワを寄せながら、低い声で唸った。


「俺、大聖女には関わるなって言ったよな? なのになんで仲良くなってんだ、馬鹿」


(めちゃくちゃ怒ってる……)


 リズベットは冷や汗をかきながらも、心の中で眉を下げた。


 この屋敷に戻る際、どうせ言っても聞かないだろうから「来るな」とは言わなかったのだが、やはり今回もついて来てしまったようだ。


 全く、この護衛は本当に心配性だ。近い内に、レオナルドにきちんと説明しておかなければ。


 そんなことを思いつつ、リズベットは彼の手をどけると、素直に謝った。


「ごめんなさい。でも、見てられなくて……」


 言いつけを破ったのは自分だ。なんとも気まずくて視線を逸らすと、グレイは盛大に溜息をついていた。


「まあ、とりあえず何もなくてよかった」


 彼はそう言うと、椅子に座るリズベットを後ろから抱きしめてきた。


「グレイ? どうしたの?」


 不思議に思ってそう尋ねると、彼の声が耳元で響く。


「あんま心臓に悪いことすんな」


 グレイがそれほど心配していたことに、リズベットは少し驚く。


 アールリオン公爵のことはさておき、マイアとは良好な関係を築けそうなのに、そこまで心配する理由はなんだろうか。何もなくてよかった、とは、一体何が起きると思っていたのだろうか。


(それになんだか、グレイの声、疲れているような……)


 そもそもグレイは、この屋敷にいる時はどこで寝ているのだろうか。ちゃんと休めているのだろうか。


 色々と尋ねたいことがあったのに、グレイは「じゃ、おやすみ」と言ってさっさとどこかに消えてしまった。


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