リズベットがレオナルドの元に戻ってきて数日後。
突然、大聖女マイアとお付きの侍女が屋敷にやってきた。
訪ねてきたのはその二人だけではない。驚くべきことに、マイアの父であるアールリオン公爵も一緒だったのだ。リズベットに迷惑をかけた謝罪をしに来たとのことらしい。
「リズ。無理に会わなくていい。俺も正直、君を奴に会わせたくはない」
レオナルドはそう言ったが、ただの子爵令嬢が公爵の来訪に対応しないというのはまずいだろう。
「いえ、流石に失礼になりますし。今、応接室にいらっしゃるんですよね? 行ってきます」
「俺も行く。少しでも嫌だと思ったら合図してくれ。すぐに面会を終わらせる」
彼の表情はいつにも増して険しかった。そんなに心配しなくてもいいと思うのだが、余程マイアのことが嫌いなのだろうか。
レオナルドとともに応接室に入ると、すぐさまブロンド髪の男性が申し訳なさそうに挨拶をしてきた。
「これはこれは、リズベット嬢。この度はうちの娘が、とんだご迷惑をおかけいたしました」
この人がアールリオン公爵なのだろう。
柔らかな物腰に優しげな微笑みを
「さあ、マイア。謝罪を」
父親にそう促されたマイアは、なぜかとても怯えている様子だった。彼女のそばには、相変わらず厳しい視線の侍女が佇んでいる。
「リズベット様。こ、この度は……誠に、申し訳ございませんでした」
マイアの声は酷く震えていた。怯え切っていて、今にも泣き出しそうだ。
リズベットはそんな彼女を見ていられなくなり、優しく声をかけた。
「お顔を上げてください。マイア様はきっと、レオナルド殿下のことが心配だったのですよね」
その言葉に反応したのはアールリオン公爵だった。彼は大仰な手振りを交えて感嘆の声を上げる。
「リズベット嬢はなんと寛容な! あなたの方が、余程大聖女に相応しい。確か、あなたも聖女でしたよね?」
(……嫌な目だわ)
彼はにこやかに笑っていたが、その視線にはこちらを見定めるような含みがあった。
リズベットはわずかに気分を害しつつも、公爵に微笑みを返す。
「はい。ですが、この通り茶色の瞳ですので。マイア様のお力には遠く及びません」
「ご謙遜を。聖女であり医師である人間は非常に貴重です。医師を志したのは、ナイトレイ子爵に恩を返すためですかな?」
ドクンと心臓が跳ねた。
公爵は、こちらのことを調べてきている。少なくとも、リズベットがナイトレイ子爵家に拾われたことは知っているようだ。
まるで、回答を試されているような気分になる。
「は、はい」
下手に答えるとボロが出そうだったので、当たり障りなく肯定の言葉だけを返した。すると公爵は、さらに質問を重ねてくる。
「ナイトレイ子爵家には、いつ頃養子に? それ以前は何を?」
「おい」
レオナルドが棘のある声でアールリオン公爵を制した。
助け舟が入り、リズベットは内心ホッとする。あのまま過去のことを聞かれ続けていたら、うまく立ち回れた自信がない。
「
レオナルドの鋭い視線が公爵に向けられる。
この時点でリズベットは、先ほど彼が「会わせたくない」と言っていたのは、マイアではなく公爵の方だったのだと理解した。
すると公爵は、申し訳なさそうに眉を下げながら謝罪してくる。
「いやはや、失礼いたしました。とても才気あふれる方ですので、どういう教育を受けてこられたのか、つい気になってしまいまして。親として参考にしたいものです」
明らかに建前の言葉だろう。
公爵家の当主が、ただの子爵令嬢にここまで関心を示す理由はなんだろうか。王子に近い女が一体どんな人間か見定めるためか。それとも――。
リズベットが頭を働かせていると、公爵は微笑みながらとんでもない発言をしてきた。
「ですが、殿下はリズベット嬢のことを大層気に入っておられるご様子ですね。まさかとは思いますが、王子妃に迎えるおつもりで?」
その言葉に、リズベットは思わず声を上げかけた。
(この人……何が狙いなの……!?)
リズベットとレオナルドの仲を勘繰っているのだろうか。しかし、マイアの今の婚約者はレオナルドではない。そこまで気にする理由がわからなかった。
それにしても、随分とレオナルドへの敬意に欠ける発言だ。
「……口がすぎるぞ」
レオナルドの殺気が部屋に満ち、空気がピリリと揺れる。しかしアールリオン公爵は、どこ吹く風といった様子で苦笑した。
「お気に障ったのでしたら申し訳ございません。お二人がとてもお似合いでしたので」
公爵がこの屋敷に来たのは、明らかに謝罪目的ではないだろう。しかしリズベットには、彼が一体どんな理由で訪ねてきたのか、皆目見当もつかなかった。
すると公爵は、今度はリズベットに向かって話しかけてくる。
「いやしかし、マイアもリズベット嬢ほどの才と人徳があればよかったのですが……まさか嘘をついてまで、あなたを殿下から引き離そうとするとは思いませんでした」
その言葉に、俯いて青い顔をしていたマイアがビクリと肩を跳ね上げた。彼女がずっと怯えているのは、どうやら父親が原因のようだ。
そして控えていた侍女が、公爵の言葉に同調するように言った。
「申し訳ございません、旦那様。教育の仕方を間違えました」
「いや、私の監督不足だよ」
公爵は侍女にそう返してから、リズベットに向かって言葉を続ける。
「もしマイア以上の力を持つ聖女が現れれば、確実にその方が次期王妃になるでしょう。今までこの子に注ぎ込んできた金と労力は、全て無駄でしたな。ハハハ」
公爵は笑っていた。自分の娘を蔑みながら。
(どうして、そんなことが言えるの? よりにもよって本人を目の前にして……!)
マイアは萎縮しきって小さな体をふるふると震わせている。そばに控えている侍女は、またゴミを見るような目で彼女を睨んでいた。
もしかしたらマイアは、家族から、使用人から、ひどく虐げられているのかもしれない。
「あの!」
リズベットは居ても立っても居られず、気づけば声を上げていた。