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4.英雄の葛藤(1)


 夕食は、完全に敗北した。


 レオナルドの虚ろさは昼にも増してひどく、まるで起きたまま夢を見ているみたいにぼんやりとしていた。


 何を話しかけても返事がなく、スープを食べさせようとしても微動だにしない。ただただ虚空を見つめる人形のようだった。


 無理やり食べさせるわけにもいかず、仕方がないので少しばかりの治癒魔法を施して部屋を出てきたというわけだ。


「一筋縄ではいかないかあ……」


 リズベットは今、自分用に割り当てられた部屋でカルテを作成していた。


 ちなみにこの部屋は、レオナルドの部屋のすぐ隣だ。もし何か起きた時にすぐに駆けつけられるよう、前任の医師たちも同じ部屋を使っていたようだ。


 今日の記録を一通りつけ終わると、リズベットは家から持ってきた専門書を取り出し読みふけった。


「カウンセリングで大切なのは、受容と傾聴と共感か……」


(まずはレオナルド殿下と会話するところから始めよう。そして、殿下の気持ちを少しずつ知っていこう)


 方針が固まったリズベットは、その日は早めに就寝することにした。長旅で疲れていたせいか、寝台に横たわると、すぐに睡魔が意識を攫っていく。


 こうして、リズベットの長い一日が終了していった。



* * *



 翌日から、リズベットはレオナルドと会話の時間を設けるようになった。


 調子が良い時は、彼も何往復か言葉を返してくれる。いつも、とても不本意そうな顔ではあるが。


 一方で、彼からの反応がない時も多いので、そういう時はリズベット自身のことについて他愛ない話をただするだけのこともあった。まずは自分のことを知ってもらって、少しでも信頼関係を築こうと思ってのことだ。


 食事に関しては、食べられたり食べられなかったりを繰り返していた。一日の中でも特に夜は調子が悪いことが多く、一口も食べられないことも頻繁にある。そういう時はリズベットが治癒魔法を施し、身体症状が悪化しないように努めていた。


 そうして一進一退の状況が続き、リズベットが屋敷に来て三ヶ月が経った頃。


 この日のレオナルドはいつも以上に荒れていた。


「一口だけでもいかがですか? キーツさんの料理、とても美味しいですよ」

「いらんと言っているだろう!!」


 レオナルドの怒鳴り声と共に、昼食の乗ったトレイが弾かれ、スープの入っていた器が床に落ちてガチャンと割れた。


 今まで彼から手が出たことはなかったので、流石のリズベットも驚きしばらく固まってしまった。


 一方のレオナルドは、我に返ったのかハッとしたように目を見開いた後、すぐに顔を激しく歪めた。片手で額を抑え、苦しそうにうめき声を漏らす。


「もう……放っておいてくれ……」


 その言葉でリズベットも動きを取り戻し、彼が座る寝台に近づいてしゃがみ込む。


「それは、難しいご相談ですね」


 リズベットが眉を下げながら穏やかな声でそう言うと、レオナルドはこちらに視線を向けることなく、また苦しそうに言葉を吐いた。


「君はなぜ逃げない? 今までの医者は、少し脅せばすぐに逃げていった。なのに君は……」


 本気で解せない。そんな声音だった。そして、恐れも混じっている声だ。


「君は、俺のことが怖くないのか……? 何万もの命を消し炭にしたんだぞ? 君の首も、何かの拍子で吹き飛ぶかもしれない」


 リズベットはこの言葉で確信した。最初に対面した時に、激しい殺気や拒絶の言葉を向けられたのは、こちらの身の安全を案じてのことだったのだろう。


 再び魔力暴走を起こし、自分の意志とは関係なく誰かの命を奪ってしまうかもしれない恐怖。


 それを彼は、心の内に抱えている。


 周囲に最小限の人間しか置かないのは、人間不信になっているというのもあるだろうが、誰かを傷つけたくないという側面もあるのだろう。


 やはり彼は、エイデンが言っていた通り、とても優しい人だ。


 リズベットは、微笑みながら言葉を返した。


「全く怖くはないですね。あなたよりも怖い人、怖いこと、たくさん知っていますから」


 そしてレオナルドを見上げ、そっと手を握る。触れられたことに驚いたのか、彼はようやくこちらに視線を向けた。


 リズベットは、美しい青の瞳をしっかりと捉えて、力強く言う。


「レオナルド殿下の戦いが続く限り、私はおそばにおります」

「戦い……?」

「殿下は、生きたいと思っていらっしゃる。でも同時に、死にたいとも思っていらっしゃる。その葛藤の中で殿下は今、必死に戦っていらっしゃいます」


 ここ三ヶ月ほど、彼は食事は拒めど、治癒魔法を拒んだことは一度もなかった。それは、生きるべきか死ぬべきか、迷っているが故の行動なのだとリズベットは考えていた。


 すると彼は視線を逸らし、力なく言葉を返す。


「俺は……生きていて良い人間ではない」

「どうして、そう思うのですか?」

「大勢の命を奪ったからだ。大事な部下を、信頼できる仲間を、この手で全員殺した。俺だけ生きていていいはずがない」


 レオナルドの本音を、初めて聞けた瞬間だった。これは非常に大きな一歩だ。


 リズベットは彼の会話を遮ることなく、じっと続きの言葉を待った。


「……このまま生き恥をさらすくらいなら、さっさと死んだ方がいい。だが、死は逃げだと思う自分もいる。苦しみの果てに死ぬべきだと。自分でもどうしたいのか、もはや、わからなくなった」


 魔力暴走を起こした時から、彼は一人でずっと、たくさん考えて、考えて、でも答えが出なくて、こうしてもがき続けてきたのだろう。


(すごく……苦しかった、だろうな)


 彼を握る手に自然と力が入る。


「ずっと、お一人で悩まれていたのですね。でもどうか、もう一人で抱えないでください。これからは、私も一緒に悩ませてください」

「君も、一緒に……?」


 予想外の言葉だったらしく、レオナルドは青の瞳を見開いた。


(私はカウンセリングの専門家じゃない。でも、今の自分の思いを、素直に伝えたい。少しでもこの人が、前を向けるように)


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