中学二年の頃の話をしよう。
一番辛かった時期だった。
相変わらず、音楽の授業や体育の授業など、睨まれたり、陰口をたたかれた。
そんな中、一人。通級教室に友達が出来た。
とても嬉しかった。プライベートでも、遊んだりもした。
私にも友達出来るんだと、改めて思った。
だが、幸せな日々は、ある日を境に終わりを告げた。
その子は、通級教室で私や、その子をいじめていた連中が突然、その子と仲良くなり、私と関わらせないようにしてきたのだ。
私は、人を信じないように決意した瞬間でもあった。
そして、季節の行事が多くなってきた時期に、音楽コンクールがあり、歌を歌えない私をクラスの女子たちが、私を邪魔者扱いをし始めてきたのだ。
そして、クラスの副会長を務めていた子が「○○ちゃんは、口パクでいい」と言ってきたのを、私はこう思った。
───みんなにとって私は、いらない存在なんだ
と。分かり切っていたことなのに、とても悲しくて、怒りが湧いた。
いじめてきた奴らに対しての怒り。
そいつらのせいで、私はもっと声が出なくなり、声を潰した。
声が少し高かったが、女性らしい声を出せなくなっている。
今も。
コンクールは、二年生の中で、最下位に終わった。
みんな、私の方を見てきた。先生は、誰のせいでもないと言ってくれたが、間違いなく、私のせいだと言いたそうに、こちらを見てくる。
吐き気がした。喉が熱くなる違和感を覚えた。
それに追い被さるようにやってきたのは、【文化祭】。
私は特別支援教室にいたため、通級教室での係は何もなかった。
だから、皆の手伝いをしていたのだったが、クラスの子に色を塗って欲しいと、頼まれたものがあって、承諾して色を塗っていたら、いじめてきた奴がこっちに来て「邪魔だから出て行ってくれない?」と、言い出したのだ。
その瞬間、私は何かがはじけ飛んだ。
教室から飛び出し、誰もいない特別支援教室に戻り、カッターを道具箱から取り出し、自分の手首に当てた。
だが、そのタイミングで、先生が入ってきたため、未遂で終わった。
あの時、タイミングが少しでもずれていたら……。
この出来事は、社会人になった今でも、思い出す。
思い出して、そいつを殺したくなる。
殴って、斬って、窓から突き落としてやろうかと。
犯罪行為だから、ということを何とか少しある理性でつなぎとめてきたが、犯罪というものが一日だけ許されるのであれば、クラスの全員とそいつをぐちゃぐちゃにして、この世から消す。
それくらい、辛かった。
私は、その時から、通級教室を何かあるときだけ通うようにした。
もう一つ、人を信じられなくなったことがある。
いじめがあったことを、親に話し、両親そろって学校に来てくれた時があった。
両親と校長が対話し、その結果を母が教えてくれた。
「この学校には、いじめはない」
と、校長は断言したそうだ。
いじめを解決してくれるであろう、校長が自らいじめを否定したのだ。
もし、これを知った教育委員会は、どう対処してくれたのだろうか。
毎月いじめアンケートをとっているにもかかわらず、無いと。言った校長には失望した。
だが、その後。二か月後くらいだったはず。いじめアンケートを取った際、私はいじめを受けているというのを書き、その半数の違うクラスや学年の生徒が、いじめを受けていることを明かしたのか、やっと「いじめはあった」と言い出したのだ。
もうすでに遅いと思いながらも、少し救われるのではないかと期待してしまった、自分が恥ずかしい。
一年の頃、いじめてきた奴が謝罪してきたが、クラスの奴らは変わらなかった。