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第十話 監禁

 ●この章では、女性に対する性暴力や性差別用語を含みます。そちらをご留意の上、ご一読ください。




 蘭瑛ランインは項垂れた頭を上げるように、目を覚ました。

 ぼんやりと映る視界が、段々と鮮明になっていく。


 (ここは…、どこだ…?)


 使われていない古びた部屋だろうか。埃っぽい臭いが充満している。どうやら身体は、柱に立つようにして縛り付けられ、両手は後ろで縛られているようだ。完全に身動きが取れない体勢だ。


 視線を正面に向けると、見知らぬ男たちが蘭瑛を見て、蹂躙したい欲望にまみれた様子で笑っている。

 蘭瑛が目を覚ましたことに気づいた女が、下品な男たちを払いのけるかのように、蘭瑛に向かって歩いてきた。


 「目を覚ましたようね?蘭瑛さん。あの時は、私の腕を捻ってくれて、どうもありがとう」


 「……」


 蘭瑛の顎を掴みながら、蝋燭の灯りから醜い顔を見せたのは梓林ズーリンだった。


 「悪く思わないでちょうだい。私の意思で、こんなことしてる訳じゃないから。ある人を怒らせたからこうなっちゃってるだけなの。あなたには残念だけど消えてもらわなきゃならない。ただ…あなた、容姿がいいじゃない?胸も豊満だし。そのまま消えてもらうのは忍びないから、最後に男たちに好きなように弄ばれて、凌辱されたらいいんじゃないかと思って、性に飢えてる男たちをここに集めたの。さあ、どれだけ耐えられるかしら?」


 蘭瑛は何も言わず、梓林を怒りの目で一瞥した。


 「そんな怖い顔で私の顔を見ないでくれる?あ、そうそう。ワン国師は今夜外に出られてるそうなので、残念だけどあなたを助けてくれる人は誰もいないわ。今夜はひたすら、屈辱を味わってちょうだい」


 身動きの取れない蘭瑛だったが、顎を掴まれていた梓林の手を何度も首を振りながら振り解き、口の中にたまたま入った指を、血が出るほど思いっきり噛んだ。


 「…いたっ!何すんのよ!この傻屄シャビーが!」


 梓林は怒りに任せ、蘭瑛の額を思いっきり平手打ちする。

 すると、近くにいた髭面の男が面白がって近づいてきた。


 「なぁ、いつになったらそこにいる艶々な豆腐を食べられるんだ?早く食わせてくれよ〜。俺たち腹ペコなんだ」


 「あっそう。なら、とっととやってちょうだい」


 梓林はそう言って、外に出て行った。

 蘭瑛は静かに目を閉じた。

 これまでも、華山の麓で蹂躙された女をたくさん見てきた。

 何故、男は力のない弱い女を性の対象として虐めるのか。どうして自分よりも弱い者を守ろうとしないのか。男という存在を酷く憎み、凶器となった男根を猛毒で溶かしてやりたいと、心の底から何度思ったことか。それだけじゃない。無理矢理子を孕まされ、流産させて欲しいと、泣きながら堕胎剤を訴えてくる女もいる。その後は、想像を絶する痛みに吐きながら腹を抱え、大量の出血と闘わなければならないというのに。ここにいるような身勝手な男たちのせいで、こうしてまた、一人女の命と人生が狂っていく…。


 (だから、男は嫌いだ!)


 蘭瑛は心の中で叫んだ。


 「さてと、どこからいこうか?とりあえず、そのたわわな豆腐を見せてもらおうか〜」


 髭面の男が、蘭瑛の胸元を開こうとする。蘭瑛は必死に抵抗し、片足で男の股間を思いっきり蹴り上げた。

 「うぅ…」と髭面の男は股間を押さえながら蹲る。

 しかし、他の男が鉄の棒を何度も蘭瑛に向かって振り翳し、蘭瑛の右脚の骨を折った。


 「あぁー!」


 蘭瑛はあまりの痛さに声を出して唸る。

 神経に寛解の術を施しても、熱を帯びた傷口から溢れる血は止まらない。普段は癒合の術で出血を止められるのだが、今は手が塞がって術を放出できない。

 すると更に、追い討ちをかけるかのように、折られた右脚を勢いよく持ち上げられる。

 蘭瑛は唐突に来る激痛に耐えられず、思わず悲鳴をあげた。

 蘭瑛の陰部に汚い手が入り込む。もう為す術がない…。

 蘭瑛は壮絶な痛みと絶望に涙を浮かべた。


 「ははは、これから気持ちいいことするっていうのに、泣かないでくれよ〜。まるで、俺たちが悪いことしてるみたいじゃないか」


 そう言われた蘭瑛は胸も脚も広げられ、そこにいた男たちの目を釘付けにした。

 蘭瑛は、あとどれぐらい我慢すれば終わるだろうか…、と男たちに貪られながら考えを巡らせた。しかし、そんな思考は瞬く間に消え失せ、目がどんどん虚ろになり、遂には泣くことすらできなくなった。

 人はあまりの恐怖と絶望を感じると、脳が萎縮し、ありとあらゆる部分が麻痺する。感情も感触も全て無になるのだ。


 蘭瑛は、項垂れていた長い髪をグッと持ち上げられ、顔と頭を数回殴られる。力強く塞いでいた口を無理矢理開けられ、口の中にブツを入れられそうになる。

 何度も拒んでいると頬と下顎を下から殴られ、酷い音が鳴ると同時に顎を外された。塞がらない口元から血が出てくる。

 もう終わりだ…、と血が床に溢れ落ちた瞬間、バンッ!と勢いよく扉を蹴り上げる音が響いた。

 蘭瑛は虚ろな目で視界を歪ませながら目を見開くと、剣光を光らせた冷酷無情な男が、冷風を吹かせてそこに立っているのが見えた。


 (よ…永憐ヨンリェン…さ、ま…)


 蘭瑛は永憐を見た瞬間、失われた五感が蘇り、恐怖と安堵が入り混じった涙がとめどなく流れ始めた。


 永憐は梓林ズーリンの髪を根本から引っ張り、引きずりながら中に入ってくる。引きずられた梓林は「離してください!」と泣き喚き、暴れ狂っていた。想像を絶するほど強く掴まれているのか、梓林の頭皮から血が滲んでいる。永憐は誰もが凍りつくような殺気を帯びた目をして、梓林を引きずりながら蘭瑛の元へ歩いていく。


 ここにいる男たちは皆、永憐の姿を見て、真っ青な顔で唇を震わせ始めた。

 永憐は梓林をの掴んだ髪を勢いよく離し、顔を床に叩きつけるかのように突き飛ばす。永憐はその後も、無言で蘭瑛に触れていた男たちの腕を掴み、一人ずつ石を砕くような音を立てて、骨を折った。

 男たちの唸るような叫び声が、部屋中に響く。


 「離れろ」


 永憐の声は一段と低く、怒りが滲み出ていた。

 蘭瑛を貪っていた男たちは痛みに悶絶しながら、一斉に蘭瑛から離れる。

 永憐は着ていた衣も脱ぎ、蘭瑛に抱き寄せるように被せながら永冠ヨングァンで縄を切り解いた。


 「もう大丈夫だ」


 ふらついて立てない蘭瑛を、永憐は咄嗟に支える。


 「脚を折られているのか?」


 蘭瑛はぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔で頷いた。

 永憐は蘭瑛を横抱きに抱える。片手に永冠を持ちながら、殺気を漂わせた低い声で、男たちに尋ねた。


 「蘭瑛の脚を折った奴は誰だ?」


 『……』


 「この者が誰の客人か分かっているのか!」


 殺気立った永憐が怖いのか、殺気が宿る永冠が怖いのか、男たちは黙ったまま何も言えず怯えている。永憐は額に青筋を浮き立たせながら、永冠を勢いよく振り下ろした。


 「もう一度聞く。蘭瑛の脚を折ったのは誰だ?」


 「は、はい!わ、わたし…です。こ、この女が仲間を蹴ったんで…、あの鉄の棒で…な、殴りました」


 永憐はその男の前に立ち、その男の脚に向かって永冠を振り下ろした。鮮血が勢いよく飛び散り、その男は叫びながら悶絶する。


 「…わ、わたしは…、人間ですぞ!屍ではない…!」


 「同等だ」


 永憐はそう言い残し、無駄口を叩いたその男の胸を永冠で一突きした。

 自分も殺される…と思ったのか、蘭瑛の胸を貪っていた一人の男が勢いよく外に飛び出そうとする。

 しかし、外にいた宇辰ウーチェンに捕まり、腹を蹴られ、また連れ戻された。

 その様子を見ていた男たちが次々と、永憐に向かって頭を下げ、許しを乞うてきた。


 「わ、私たちは彼女に何もしていません!ただ、ここにいただけで…、ほんの火遊びのようなもので…、そ、その…、どうか命だけはお助けください!」


 「わ、私もただこの場に居合わせただけで…」


 「ど、どうか国師殿…。この通りです」


 永憐は氷柱の尖った先のような鋭さで、その男たちを一瞥する。そして永冠の先で、その男たちの顎を持ち上げ、冷たく言い放つ。


 「黙認するということは、容認していることと同じことだ。人間の尊厳も分からぬお前たちの命などいらん」


 男たちは俯き、肩を落として落胆する。

 永憐は蘭瑛を抱えたまま永冠を鞘に戻す。

 すると、それを見ていた梓林が突然立ち上がり、女とは思えないけたたましい声をあげて、永憐の背中に向かって小刀を突き刺そうとした。しかし、すぐに宇辰が飛びつき、梓林に向かって一挙手を投じ、小刀を取り上げた。


 「いけませんよ、梓林様。こんな物騒な刃を、この国の最高峰のお方に向けるのは」


 宇辰は微笑みながら、小刀をバキッと素手で折った。

 永憐も超人ではあるが、宇辰も永憐の護衛だけあって最強の手練てだれだ。


 「永憐様。この者たち、どうしますか?」


 宇辰は目を三日月にして尋ねた。

 永憐は真っ直ぐ正面を向いたまま、淡々と「全員残らず処刑しろ」と言い放ち、蘭瑛を抱えたまま部屋を出て行った。

 三秒も経たないうちに、剣の擦れる音と男たちの唸り音が、蘭瑛の耳に入る。腕に触れられている永憐の手に、ほんの少し力が入ったのが分かった。



 しばらく蘭瑛は永憐の腕の中で揺れる。

 どこに連れて行かれるのか分からないが、蘭瑛は抱えられるがまま、ただ永憐の目鼻立ちの整った顔を下から眺めた。

 いつも通り仏頂面ではあるが、紺碧色の瞳の奥は怒りで満ちているようだ。


 蘭瑛はまた、瞳を閉じる。

 永憐が来てくれなかったら、今頃、身体と精神は間違いなく崩壊していただろう。見てきた数々の強姦後の死体のように、自分も無惨な形で死んでいたかもしれない。蘭瑛は動かせない口を僅かに動かし、聞き取れない口籠った声で「ありがとうございます…」と囁いた。

 それにしても、顔と頭が痛い…。思わず顔を顰め、何度も寛解の術を内側に放出するが、あまり効果はないようだ。自分が弱ると、当然ながら術の力も弱まる。蘭瑛はただひたすらに堪え続けるしかなかった。

 身体が震えていたのか、永憐が急に立ち止まり、視線を蘭瑛に向けた。


 「大丈夫か?」


 蘭瑛はゆっくり目を開け、「…顔と頭が…、痛い…で…す」と、聞き取れるか分からない話し方で返事をした。


 永憐は無言で、蘭瑛をもたれ掛かるように抱き直し、蘭瑛の頭を自分の胸元に寄せた。


 「もうすぐで私の部屋に着く。もう少しの辛抱だ」


 永憐はそう言って、また歩き出した。

 居心地良くしばらく揺れていると、藍殿の門の前に到着する。永憐は蘭瑛をあまり動かさないようにと慎重に門を開け、中に入った。藍殿の中央の入り口でずっと待っていた梅林が駆け寄り、蘭瑛の酷い様子を見て悲しそうに涙を浮かべた。


 「まぁ…誰がこんなことを…」


 蘭瑛は薄らと笑い、小さく「大丈夫です…」と言った。

 目線を少し横に向けると、梅林と一緒に蘭瑛の帰りを待っていた秀綾の姿があった。


 「秀綾…」


 蘭瑛からその言葉を聞いて、秀綾の目からはとめどなく涙が溢れ出した。

 永憐が、蘭瑛に視線を向けながら口を開く。


 「この者が、知らせに来てくれたんだ」


 蘭瑛は秀綾の涙を拭うように、また小さく「ありがと…」と言った。


 「梅林。すまないが、湯浴みの準備をしてくれないか?」


 「もう、用意してあります」


 「ならば、二人で蘭瑛を頼めるか?」


 蘭瑛は永憐の住居の中にある湯浴み処まで運ばれ、梅林と秀綾に汚らしい悪魂に触られた身体を、隅々まで清めてもらった。



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