月の光を遮るように、漆黒に渦巻く妖雲が、強力な妖魔や邪祟が眠る
とある一画に、男10人でも動かすことのできない巨大な碑石で封じられた洞窟がある。1枚の強力な呪符が貼られているにも関わらず、その洞窟からはただならぬ霊気が漂い、風が吹くたびに不気味さが際立つ…。
だが、そんな靄のような霊気など感じまいと、何者かが碑石に近づき、貼られた呪符を見つめている。
そして、その呪符をゆっくり撫でるように触れ、口を開いた。
「そこに眠る者よ、復活するがよい!」
その者は、念仏を力強く唱えるように、決して剥がしてはならない呪符を勢いよく剥がした。
良識のある者が目にしていたら、今頃この者は間違いなく腹を斬られていただろう。
辺り一面は、瞬く間に轟くような地鳴りを呼び起こし、地面を揺らす。この世の終わりを知らせるかのように、巨大な碑石がガタガタと小刻みに揺れ始め、その者は碑石の前から三歩ほど下がった。
天を突き抜けるかのようにヒビが入り、碑石は遂に重苦しい破壊音を立てながら真っ二つに割れた。
砂塵が舞い、暗闇の中視界が眩む。
しばらくすると、中からあの
顔は全く見えていないが、確かにこちらを向いていることだけは分かる。
しばらくその様子を伺うと、玄天遊鬼のドス黒く掠れた声が聞こえてきた。
「私を解放するとは何が望みだ?」
「統治を乱す者を消してもらいたい」
「ならば、お前は私に何を差し出せる?」
「何でも。あなたの仰せのままに…」
玄天遊鬼は口角に残忍な笑みを見せる。
そして、何も言わずゆっくり立ち上がり、二言三言交わした後、その者を洞窟の中へ呼び寄せた。
この洞窟の中へ足を踏み入れたら最後、二度と戻ることはできない。
その者が意を決して入るや否や、瞬く間に唸り声と、聞くに耐えないほどの残虐な音が、暗い洞窟の中で響いた。
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「
身体中の皮膚が赤くただれ、ぐったりとした息子を抱えた父親が、人々を掻き分けて走ってくる。
行き交う村人たちは感染を恐れ、口を覆う者もいれば、痛々しい子どもの顔を見て目を覆う者もいた。
赤潰疫は、疫病神でも知られる玄天遊鬼が各地で振り撒く疫病で、封印される35年前にも各地で猛威を振るった。
触れるだけで他者に感染し、そのまま放置すると簡単に死に至る。適切な処置を施しても、その後は皮膚が黒くなり痕が残ると言われている。
「誰か、流医はいないか?!誰か…頼む。息子を…、息子を助けてくれ!」
藁にもすがる思いで叫ぶ父親の問いかけに、誰も反応を見せない。
父親はその場で泣き崩れ、息子の頭を抱き寄せた。
閉山付近の村は貧困で有名だ。
薬を買う金がないどころか、今日一日の飯にありつけることすらできない者もいる。この親子の破れた衣を見る限り、二人は決して裕福とは言えないだろう。
父親の胸の中で抱きしめられていた息子の細い腕が、力無く、だらんと垂れたのが分かった。父親の手や腕、頬にも赤潰疫が表出し始めている。
「父さんも、すぐに行くからな…。向こうでは美味い飯をたくさん食おう…」
父親は涙を拭い、息子を抱えながら立ち上がった。
誰の視線も顧みず、悲壮感だけを漂わせて、この親子は静かに山の奥へと消えていった。