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第16話 聖霊花の儀

 翌日の早朝。


 本拠地聖堂の一室で、机に座るソラはげっそりとした青白い表情でカナフからの講義を受けていた。今受けているのは聖霊の属性相性に関するものだ。


 この世界を司る聖霊の属性は八種類、光、雷、雲、風、闇、水、炎、土。だが属性同士の相性を考える場合、属性の強弱は四竦みとなる。光と雷は闇と水に強く、闇と水は炎と土に強く、炎と土は雲と風に強く、雲と風は光と雷に強い。同じ位置の物、例えば光と雷の間には強弱関係は存在せず、対角の位置の物、例えば光雷と土炎の間にも強弱関係は存在しない。


 しかしカナフには、己の熱弁が届いているようにはとても見えなかった。


「おいレイウィング、ちゃんと聞いているのか?」


「聞いて……ます」


 消え入りそうな声で、そう絞り出すソラを見てカナフは深く溜息を吐いた。


「まったく、まだ初日だぞ」


「初日の朝からこの島を十周も全力疾走させられれば誰だってこうなりますって」


「仕方ない、今日の座学はここまでにして聖霊花の儀を行うか」


 カナフのその言葉に、生き返ったようにソラは表情を明るくさせた。


「おっ、待ってました」


 そんな現金なソラを見て、カナフは再び大きく嘆息する。





 それからソラはカナフに連れられて、聖堂の裏へと足を運ぶ。そこには花壇と、同種ではあるが花弁の色の違う花が九つ咲き、風に靡いていた。


「おおっ、これは聖霊花……“エレムマリー”だな」


 それはエレムマリーと名付けられたエリギウス大陸原産の花。別名聖霊花とも呼ばれる特別な力を持つ花で、通常の育て方をすると無職透明な花弁を咲かせるが、種に人の血液を垂らし土に埋めて育てると、その人間の守護聖霊の種類に応じた色の花弁を付ける。


 光は白、雷は紫、雲は灰、風は緑、水は青、炎は赤、土は黄である。そして通常、騎士はこの聖霊花の花弁の色で自身の守護聖霊の種類を識別する。これを“聖霊花の儀”と呼ぶ。


 また、その花壇に咲く花は、灰が二つ、緑が一つ、赤が二つ、青が二つ、黄が一つ、そして紫が一つであった。


「花が九つ、もしかしてこれ鍛冶かぬちのシオンさんや伝令員のパルナちゃんの分もあるんですか?」


「ああ、シオンさんは水でティトリーは炎らしいな」


「蒼衣騎士の俺の分どころか、騎士じゃない団員の分もやってくれるなんて意外に太っ腹な騎士団ですよね。聖霊花の種って滅茶苦茶貴重なんでしょ?」


「団長には独自のつてがあるらしくてな」


 するとソラは、ふと花壇の花の数に違和感を覚えるのだった。


「あれ、でもこの騎士団の団員って密偵騎士の人も合わせると全部で八人ですよね? 花は九つあるけど」


 そんなソラの疑問にカナフが答える。花壇に咲いている聖霊花の内の一つは、この騎士団が結成される以前、半年程前までこの本拠地にいた騎士の物らしいと、しかしカナフがこの騎士団に入団したのはちょうど一か月前である為、その騎士の事は知らないとのことだ。


「へーそうなのか……って、えっ? カナフさんそんな新参だったんですか? 凄い古参的な雰囲気醸し出してて」


「それは俺が老けているということか?」


 そんな自虐が少し図星であり、ソラが言葉を詰まらせているとカナフが不意に打ち明けた。


「俺は一ヶ月前までエリギウス帝国直属第七騎士師団の副師団長だったんだ」


 それを聞き、目を丸くしてソラは唖然とした。


「ええっ、衝撃の事実! カナフさんそうだったんですか? 大先輩じゃないですか、何だってこの騎士団に?」


 ソラの問いに、カナフは遠い目で静かに語り出す。


 カナフはずっとエリギウス帝国のやり方に疑問を持っていた。金色の髪と浅黒い肌、見て分かる通りカナフは元ディナイン群島の出身であり、十年前以前はディナイン王国の騎士だった。しかし十年前に、エリギウス帝国にディナイン王国が降伏して統治されてから、カナフはエリギウス帝国の騎士となった。


 そして、現エリギウス帝国皇帝アークトゥルス=ギオ=オルスティアは、エリギウス大陸、そして統一戦役にて帝国の一部となったイェスディラン群島とディナイン群島の空域統治を各騎士師団長に一任した。


 権利の譲渡と言えば聞こえは良いかもしれないが、それは正に各師団長による独裁のような状態であり、カナフの故郷もまた例外ではなく、圧政により地獄と化していたのだった。それでもカナフはエリギウス帝国の騎士として生きるしか道は無かった。


 と、空を見ながら続けるカナフ。


「そんな時だった。先月ディナイン群島のの空域で刃狩やいばがりと呼ばれる政策が開始された」


「刃狩り?」


 刃狩り、それは民に対し、体内に存在する刃力の量を簡易的に測定検査し、刃力の強い子共を強制的に連行、騎士として育てるという非人道的行為である。


「なっ、そんな事が本当に?」


 暗に行われるその非道な政策を、ソラは初めて知り驚愕した。するとカナフは更に打ち明ける。


 カナフは、自分の故郷の子供達がそのように利用される事が許せず、刃狩りに反対をし、捕えられた子供達を密かに逃亡させることに協力した事で当時の師団長の逆鱗に触れ、処刑されるところだった。しかしその時丁度、ディナイン群島のの空域に奇襲を仕掛けたのがこの騎士団だったのだと。


「えっ、一月前のディナイン群島への奇襲ってこの騎士団だったんですか?」


「そうだ、そして第七騎士師団長を討ち取り、の空域を解放した」


「〈因果の鮮血〉じゃなかったのか。えっ……ていうかこの騎士団ってそんなに強いんですか?」


「お前が思っている以上にな」


 そしてカナフはその時、この騎士団に光を見た気がした。だからこそカナフは、故郷であるディナイン群島を解放するためにエリギウス帝国を離反し、この騎士団への入団を決めたのだと語る。


「そうだったんですか」


「さて、無駄話はこの辺にしてさっさと聖霊花の儀を始めよう」


 するとカナフは身の上話を切り上げ、ソラにそう提案した。


「おっ、そうだった。カナフさんの過去話が長すぎて忘れるところだった」


「……おい」


 ソラの空気を読まない発言に、カナフは嘆息しながら、懐から一つの花の種を取り出し渡す。


「その種に血液を垂らし、そこの花壇に埋めろ」


 カナフに言われ、空は腰の剣を抜くと指先を少しだけ切って流血させ、聖霊花の種に垂らし、花壇の土へと埋めた。


「これでよし、あと一週間もすれば花が咲くだろう」


「一週間も待たなきゃいけないのか」


「文句を言うな、一週間で咲く花はむしろ珍しいだろ」


 そんなやり取りをしている時、プルームとエイラリィの姉妹がソラとカナフの元へとやって来る。


「あ、いたいた。ソラ君、聖霊花の儀は終わった?」


「ああ、今種を植えたところ」


「じゃあ一週間後にはソラ君の守護聖霊が分かるね、楽しみだね」


「はは、今から待ち遠しいよ」


 プルームはソラに声をかけた後、カナフに尋ねる。


「ところでカナフさん、今日の座学は終わりですか?」


「ああ、今日はこれで終わりだ」


「それじゃあソラ君、この後はお待ちかねの反射神経と動体視力の上昇訓練だよ」


「全然待ちかねてないよプルームちゃん。そういえばそんなのもあったんだったな」


 ソラはがっくりと肩を落し、これから始まるであろう厳しい訓練に気を重くするのだった。


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