扉を開け、建物を出て数分歩き、先程プルームとエイラリィがソードで着陸した格納庫らしき建物に入る。
その建物はやはり格納庫であり、煉瓦造りの左右の壁にもたれかかるようにソードが全部で八振りそびえ立っていた。
また、それを整備するのはニードルと呼ばれる準人型汎用作業器、全高はソードのニ分の一程、鎧装甲が排除されており、頭部が存在せず剥き出しの操縦室、刃力共鳴式転換炉を持たない為出力は十分の一以下、核となる聖霊石の刃力だけで起動が可能な戦闘力を持たない作業専用器である。
そして、格納庫の最奥部にはまるで隔離されるかのように置かれる一振りソードがあった。
「ん、団長じゃねえか、そんなに大勢引き連れて何の用だ?」
すると、ニードルを操縦し、ソードを整備していた人物が声をかけて来る。
ぼさぼさの銀髪頭で無精髭、先端の尖った耳が特徴の初老の男がおり、男はタバコを咥え、上衣を腰に巻き白いシャツ姿、顔や手は油で黒くなっており、いかにも職人といったような風貌である。
「シオン殿、ちょっとあれを見せてくれるか?」
シオンという名のその男に向かってヨクハは最奥部の一振りのソードを親指でさして尋ねる。
「おう、好きにしな」
シオンはあくびをしながら面倒くさそうに答えた。
そしてヨクハとソラ達は左右の八振りのソードをそのまま素通り、最奥部に立つ一振りのソードの前に立ち並ぶ。
「これ……は!」
灰色を基調としたカラーリングに、銀色の紋様、流麗な曲線を描く鎧装甲、剣の刀身を模した推進翼である推進刃が六本、エルギウス大陸産のソードの特徴である剣の
そのソードの画を騎士要請所の資料室で見たことがあったこともその一因であるが、それだけでなく、そのソードから漂う非凡なオーラは通常のソードとは一線を画していた。そのソードの名は……
「“アロンダイト”」
ソラが静かに呟く。
「そう、このソードは七つの神剣の内の一振り、アロンダイト。お主が持つ雲の大聖霊石の器じゃ」
「な、なんでアロンダイトがこんな所に……」
ーー確かにアロンダイトはエリギウス帝国以外の別の騎士団が所持してるって事だったけど、てっきり〈因果の鮮血〉が所持してるもんだとばっかり思ってた。
「“こんな所”で悪かったな」
ソラが思わず呟いた一言に不満げに反応しながら、ヨクハは続ける。色々あり自分達がアロンダイトを所持してはいるものの大聖霊石が無ければただの置物と同じ、しかしそれはソラの方も同じで器がなければ大聖霊石もただの石と同じであると。
ヨクハの尤もな言葉に黙するソラ。確かにと納得すると突然、ある提案をヨクハが持ちかける。
「そこで提案じゃ。ここで神剣との契約の儀を行ってみぬか?」
通常のソードと違い、神剣を扱う為には神剣に認められなくてはならない。神剣の台座に置いた大聖霊石に、誓いの口上を述べながら血滴を垂らし、その血が適合した騎士だけがその神剣の操刃者となることが出来る。そしてその一連の儀を“
「今、ここで?」
「うむ、まずはソラが
「え、でも団長、神剣との
プルームが何かを言いかけたところでエイラリィが後ろから口を塞いだ。そんなやりとりに気付く様子もなく、ソラは目を丸くしていた。
「ま、マジか?」
思わぬ展開と提案に、ソラの心臓が早鐘を打つ。
――もしここで仮にアロンダイトに認められて、アロンダイトが俺の物になれば、蒼衣騎士である俺でもかなりの戦力になることは間違い無い。そうなったら〈因果の鮮血〉だって快く俺を入団させる筈。いやでも神剣に認められる確率ってどのくらいなんだ?
そして己の中で葛藤を繰り返していた。
「あ、でも神剣に俺が認められなかった場合は?」
「その時はうちの騎士達にも
――確かに、仮に俺がアロンダイトに認められなかったとしても、この騎士団にいる騎士達の数はそう多くないから、認められる者が出る可能性は限りなく低い。そうなったら大聖霊石は帰ってくる訳だし、元々何の力も持たない俺が〈因果の鮮血〉に入ったとして前線で戦うことは難しい、となると神剣に認められるかもしれないこのチャンスは逃す手は無い……あーでも!
再び己の中で葛藤を繰り返すソラの様子を悟ったのだろう、ヨクハは口の端を僅かに上げ、一気に畳み掛けに出た。
「あと5秒以内に決めてくれぬならこの話は無かったということで、はい5、4、3、2――」
「ちょまっ、乗った、その話乗った!」
返答を急かされ、ソラは焦ったようにヨクハの提案に乗るのだった。
そうして利害が一致し、早速ヨクハがアロンダイトの鎧胸部を開け、ソラが操刃室に乗り込む。そして懐から大聖霊石を取り出し、台座に置く。そして……
「その剣は虐げられし者を守る盾となり、その剣は悪しきを打ち滅ぼす刃となる、我今ここで純血と共に誓わん、民と、聖霊と、空と地と共に歩み、騎士たる栄名を冠し戦い抜くことを!」
誓いの口上を述べながら、腰の鞘から剣を抜き、指先を少しだけ切って大聖霊石に血液を垂らすソラ。
しかし、アロンダイトには何の反応も無く、起動することは無かった。
「くそ……やっぱ駄目かあ」
賭けに敗れ、操刃室から降りるや否や肩を落としソラは項垂れた。
「じゃあ次はプルームじゃな」
「う、うん」
ヨクハに促され、プルームはアロンダイトの操刃室に入る。ソラはその間もがっくりと項垂れていた。そんなソラの肩に手を置き、慰めるヨクハ。
「まあまあ、そのようなこともある……神剣に認められることの方がむしろ稀じゃ、そんなに落ち込むことはない」
「そう……だよなあ、まあ上手くいくなんて思っちゃいなかったけど多少はもしかしたらって気持ちが出るものだし、でもこの騎士団の騎士が全員認められなければ大聖霊石は返ってくる訳だしな」
「そうじゃそうじゃ、ポジティブにポジティブに」
次の瞬間。
操刃室の台座に置かれた大聖霊石が激しく輝き、動力炉へと格納され、アロンダイトの双眸に光が灯る。
「な、なんか認められちゃったみたいです」
操刃室の中から気まずそうにプルームが呟いた。それを見て無言で拳を握りしめるヨクハと、更に肩を落とすソラ。
「う、嘘だろ……そんな」
「気持ちは察するが、約束は約束じゃからな、この大聖霊石はうちの物ということで」
するとそんなソラとヨクハにプルームが割って入る。
「でも酷いよ団長、神剣に認められる可能性があるのは聖衣騎士だけなのに、ソラ君に不利な持ちかけしたりして」
「こ、こらプルーム、余計な事を言うな」
突然、真実を語るプルームにぎょっとしたように慌てふためくヨクハと、無表情でヨクハの方を振り返るソラ。
「ちょっとどういうこと? あんた俺を詐欺に嵌めたって事か?」
「ひ、人聞きの悪い事を言うでない、わしは単に交換条件を持ちかけただけであって、知らずに乗ったのはお主自身なんじゃからな」
「そういうのを詐欺って言うんでしょうが! こんなの無効だ、大聖霊石返せ」
憤りながら詰め寄るソラに対し、ヨクハがたじろぎながら告げる。一度神剣と契約が成立してしまったらその契約者が死ぬまで、別の騎士は契約出来ない以上、ソラにとってもうこの大聖霊石に価値は無いと。
「何が義理と人情を大事にしたいだこの悪党! 大聖霊石も無くなってこれで〈因果の鮮血〉に入れなくなっちゃったよ」
更にソラに激しく詰め寄られ、ヨクハは何かを閃いたように掌を叩いた。
「す、すまぬ。わしもこんなに上手くいくと思わなかったんじゃ……そうじゃ、お主行く所が無いならこのままうちに入団してはどうか? 見ての通り人員不足じゃから歓迎するぞ」
「誰がこんな今にも潰れそうなしょぼくれた騎士団なんかに入団するか!」
と、ソラが吠えたその時、罪悪感があったからなのか今まで下手に出ていたヨクハの表情が強張った。
「今……何と言った?」
「あ、いや、ちょっと今のはさすがに言い過ぎたかなあと」
「もう遅いわ阿呆!」
物凄い威圧感を出しながら滲み寄るヨクハに寒気を感じ謝罪の言葉を口にした時には既に、ヨクハはソラの両腕を掴み――投げ飛ばしていた。
「この無礼者!」
「ぎゃっ!」
短い悲鳴を上げ、天地が逆になったような錯覚に陥った時、ソラの意識はそこで途切れた。