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第7話 招かれざる来訪者

 一週間後。


「ソラ、ペガサス達に餌やりの時間だよ」


 早朝、アーラに起こされたソラは手を引っ張られ、寝ぼけ眼をこすりながら渋々、アーラと共に教会に隣接された天馬舎へと向かう。


「ははは、すっかり仲良しですねソラ」


「いやあ、アーラちゃんがあと十歳年取ってれば嬉しいんだけどなあ」


 礼拝堂で朝の祈りを捧げ終えたウィンのからかいに対し、愚痴をこぼしすソラであった。



 その後、天馬舎に着いた二人はせっせと飼葉をペガサス達の元へ運んでいく。


 幻獣と呼ばれる生物の一種であるペガサスは、この天空界オルスティアにおいて非常に重要な役割を担っている。翼を持ち、人を乗せて空を翔ぶことができるペガサスは、グリフォンやヒポグリフと共に、島から島への主な移動手段であるからだ。


 飛空艇や飛行船と呼ばれる乗り物も帝都や王都には存在するのだが、一般人は基本的には幻獣を用いて他の島へと渡る為、人の住む島であれば必ず翼を持つ幻獣が飼育されているのだ。


「ソラって結構ペガサスのお世話が手慣れてるね」


 手際良くペガサスの世話をするソラを見てアーラがふと言った。


「ああ、俺は小さい頃グリフォンの世話で生計を立ててた事があったからね」


「そうだったんだ、意外と働き者だったんだねソラは」


「そうだよ、俺はこう見えて働き者で頑張り屋なんだよ」


「あと意外とお調子者だね」


「えー」


 自画自賛するソラに対しすかさず皮肉るアーラ。最近はよく見慣れるようになった光景だ。


「ところで今更なんだけど、アーラちゃんはこの島で育ったのか?」


 ペガサス達の元に運ばれた飼葉をピッチフォークで均しながら、ふとソラがアーラに尋ねた。


「そうだよ、何で?」


「そっか、じゃあアーラちゃんはウィンさん以外の人間だと俺と喋ったのが初めてなのか?」


「うん、だからソラがここに来てから私、毎日楽しいんだ。お兄ちゃんが出来たような気がして」


「アーラちゃん……かわいすぎでしょ」


「あははっ、ソラが変な顔してる」


 そんなとりとめの無い会話をしながらペガサスの餌やり、朝食を済ませ、天馬舎の掃除、飼葉の作成等がこの島での午前中の主な日課である。





 その後昼食を終えたソラは礼拝堂の椅子に座りウィンと話をしていた。


「はあ、一週間経ったけど〈因果の鮮血〉と接触する良い方法思いつかないんですよね、て言ってもこれ以上ウィンさんに世話になる訳にもいかないし」


「いえ、全然焦ることは無いですよ。ソラさえよければずっとここにいてもいいんですよ、アーラもソラに懐いているようですし」


「ウィンさん、優しすぎでしょ」


 命を救ってくれただけでなく、素性も知れなかった自分にこのような穏やかな暮らしを提供してくれた事に、ただただ感謝の念しか無く、更には先の見通しが立たず不安に抱かれる自分を気遣うウィンの優しさに感激するソラ。


 ……その時だった。


 突如外から轟音が鳴り響き、顔を見合わせるソラとウィン。


「な、何だ?」


 思わずソラとウィン、アーラは礼拝堂の窓から外の様子を覗いた。するとそこには、それぞれ銀色の粒子放出による騎装衣を形成させながら教会の前に着陸する四騎のソードがあった。


 騎体名はエスパダロペラ。赤のカラーリングを基調とし、丸みの帯びた鎧装甲がいそうこう、背部に細身の刀身の推進刃が四本、兜飾りクレストは金色の輪を頭部に着けたもの。


 かつて地上界ラドウィードに存在していた孤島国家タリエラで開発され、現在イェスディラン群島の一部で使われている量産剣である。


 するとエスパダロペラからそれぞれ四名の騎士が降りてくる。そしてエスパダロペラの鎧胸部の左胸部分と、騎士の制服の左胸には竜の鱗を抽象的に描いた紋章が刻まれていた。エリギウス帝国直属第十二騎士師団〈連理の鱗〉所属の騎士である。


「ウィンさん、信じてたのにやっぱり帝国に報せてたんじゃないですか」


 それを見て、目を細めてウィンに抗議するソラ。完全に、ウィンから報せを受けたエリギウスの追手が自分を捕らえに来たとしか思えなかったからだ。


「ち、違いますよ。多分今日来たのは恐らく……」


 すると、疑惑を否定しつつ、何かを察したようにウィンが呟いた。


「とりあえずソラは隠れていてください、見つかると色々厄介なことになるでしょうから」


「は、はあ」


 ウィンに促され、ソラはとりあえず礼拝堂に備えられた祭壇の裏に隠れ、様子を伺う事にした。


 次の瞬間、教会の扉が荒々しく開かれ、四人の騎士達が入ってくる。そしてウィンと、その後ろで隠れるように四人の騎士を見つめるアーラ。


「離反者ウィン=クレイン、ようやく見つけたぞ」


 そう言いながら一歩前に出る小隊長と思わしき騎士。ウィンはその言葉の先を恐る恐ると言った様子で待っている。


 ――ウィンさんが離反者? ってことは、あいつらは俺のこととは別件でここに来たってことか。


 ソラは祭壇の裏で、四人の騎士が自分の追手では無かったことにまずは安堵していると、小隊長と思わしき騎士がウィンに伝える。


「貴殿を連行するように命じられてきた」


「くっ! 何故今頃になって」


「我が師団長はずっと貴殿の行方を追っていたのだ。そしてようやく足取りを掴むことに成功した。残念だがイェスディラン群島へと連行させてもらう」


 それを聞くと、声を殺しながらソラは祭壇場の裏で冷たい汗を滲ませた。


「ちょっと待ってください、アーラには……この子には僕がいないと……僕はこの子を守ると誓ったんです」


 自分が置かれている状況と今後自分が待ち受ける運命を理解し、ウィンはそれでもアーラのことを案じ訴えかけた。しかし――


「貴殿の事情など関係ない、ここは端とはいえ橄欖かんらんの空域、敵国の領空内、すぐに〈因果の鮮血〉がやってくるだろう。面倒なことになる前にさっさと来るんだ」


 言いながら騎士の小隊長は半ば強引に、ウィンの両手へと縄をかける。


「院長先生!」


 そんな様子を見ていたアーラがたまらずに叫んだ。それでも騎士の小隊長は構わずウィンを引っ張り、そして教会の外へと連れて行ってしまった。



 騎士達が教会から出ていくのを確認し、ソラが祭壇場の裏からゆっくりと出てくる。それを見てアーラはすがるように、求めるように、ソラの元へ駆け寄った。


「ソラお願い! 院長先生を助けて! ソラも騎士なんでしょ? あのソードであいつらと戦ってよ!」


 そんな懇願に対し、目を瞑って俯くソラ。


「無茶言うなよ、俺は蒼衣騎士って言って騎士のなり損ないだったんだ。相手は銀衣騎士、ましてや四人もいるんだぞ、勝ち目なんて無いって」


 無力感に苛まれながら、忌憚の無い意見を述べるソラに対し、少女が最後にすがった藁がはぎ取られた。アーラはソラを責める事もせず、ただただ両目から大粒の涙をこぼし続けた。


 ――そんな顔しないでくれよ、俺はこんな所で死ねないんだ。大体俺に何とか出来る訳ないだろ。相手は帝国直属騎士師団の騎士だぞ。


 己に言い訳し、そして言い聞かせながら、ソラはアーラの顔をゆっくりと見る。


「あーーーもうっ! わかったよ、わかったって! ずるいだろ泣くのは。幼い頃から女の涙を使うことを覚えちゃってこの子は」


 叫びながらソラは教会の裏口へと走る。


「ちょっと待っててな、でもあんまり期待はしないでほしいけど」



 ソラはアーラにそう言い残し、グラディウスのある湖へと疾走する。肺が破れるかと錯覚する程に全力で走り続けたソラは、五分と経たずグラディウスの元へとたどり着く。


 湖の浅瀬を渡り、グラディウスの鎧胸部を開き、操刃室へと入るソラ。息を整える暇も無く、ソラは操刃柄そうじんづかを握り締めて刃力を注入すると、動力が起動し、グラディウスの双眸が輝く。続いて、操刃鍔そうじんがくを全開に踏み込んだ。


 湖の水が弾け飛びグラディウスが飛ぶ、そしてソラは教会へと急いだ。


 教会へは一瞬で到着。すると、ウィンが入れられた巨大な鳥籠のような送還用の牢を一騎のエスパダロペラが持ち、今まさに飛び立とうとしていた。

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