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第6話 目的のために

 自分が大聖霊石を持っているのがウィンにバレていた事で、諦め気味にぼやくソラ。しかしウィンは落ち着いた様子で優しく微笑んだ。


「何があったのか事情は分かりませんが落ち着いてください。報せなんて入れてませんよ」


「あ、本当ですか?」


「ええ、聖霊神カムル様とラテラ様に誓って」


 そう告げるウィンの透き通った綺麗な瞳を見ると、ソラは安心したように再び大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。


 そんなソラにウィンは続ける。この橄欖かんらんの空域はレファノス王国の領空であるし、ましてや今のエリギウス帝国のやり方には以前から疑問を抱いており、だからこそ故郷を捨て、ここへと移り住んだ。そんな自分が、わざわざ帝国に報せを入れるような義理など無いと、ウィンは言いながら手に持っていた大聖霊石をソラへと返し、ソラはそれを受け取った。


「そう……ですね確かに」


 そしてウィンの不満を共感するようにソラはそっと呟いた。


「それより、差支えなければ何があったのかお話いただけませんか?」


 そうして、命の恩人でもあるウィンに促され、ソラはこれまでの経緯を全て語るのだった。



※  



「そうだったんですか、それは災難でしたね」


 ソラから語られる数々の悲運を憂い、ウィンは労いの言葉を口にした。


「いやあでも何でしろの空域の辺りから橄欖かんらんの空域にあるこの島に飛ばされたんだろうか? うーん」


「竜卵に入ったことのある人間なんてソラくらいのもので内部は未だに解明されていませんからね、空間を超越させるような類の聖霊の意思が渦巻いていたとしても不思議ではありませんよ」


 この世界ではありとあらゆるものに目に見えない聖霊が存在し、ありとあらゆる現象が聖霊の意思によって引き起こされている。落雷は雷の聖霊の意思による現象であり、燃焼は炎の聖霊の意思によるものである。


 更に聖霊石を介し聖霊の意思を利用する聖霊学による技術が確立されたことで、電灯や冷蔵器など様々な生活用品が誕生する事となり重宝されている。


 そしてソードはその技術を総結集して造られていると言っても過言では無い。例えばソードは雲の聖霊の意思により浮力を、風の聖霊の意思により推進を得る。土の聖霊の意思により各関節や装甲の強度が補強され、武装においても光の聖霊の意思により結界を張ったり、剣の刀身を具現化したりする。


 このようにソードにおいても聖霊の意思とは必要不可欠な存在なのである。


 また、聖霊の意思は人の体内にも存在しており、人の体内に存在する聖霊の意思を特に刃力じんりょくと呼んでおり、ソードの動力源となる。


「確かに良く解らない現象は、聖霊の意思によるものだって考えるしか無いですよね、ぶっちゃけ」


「まあそういう事ですね、もしかしたら聖霊神様の思し召しかもしれませんし」


「神父様らしい考え方っすね」


 そんなウィンの”いかにも”な発言に、ソラは思わず笑みを浮かべた。


「ところでソラはこれからどうするんですか?」


 直後、ふとウィンが今後の事をソラに尋ねると、ソラは少しだけ目を瞑った後、何かを決意したように力強く見開いた。


「そうですね、色々考えたんすけど、もうエリギウス帝国に帰ることは出来なさそうだし、俺〈因果の鮮血〉に入ろうかと思って」


「え、あの〈因果の鮮血〉……にですか?」


 〈因果の鮮血〉、それはレファノス王国とメルグレイン王国による連合騎士団の名称である。十年前にオルスティア統一戦役で当時のエリギウス王国がディナイン王国とイェスディラン王国を立て続けに制圧し、三国統一国家エリギウス帝国となってから、劣勢を強いられたレファノス王国とメルグレイン王国が同盟を結び、双国の連合騎士団を結成させたのだ。帝国の総力には及ばないまでも、帝国直属十二騎士師団を抜かせばこのオルスティアにおいて現時点で最大規模の騎士団である。


「はい、俺はちょっと理由があってエリギウス帝国を追われたとしても、どっかで騎士やらなきゃならないんすよ」


「そうなんですか」


「ただ、敵国出身でしかも蒼衣騎士の俺がレファノス王国とメルグレイン王国の連合騎士団に入れさせてもらえるかって言ったら難しいでしょうね、そこでこの大聖霊石ですよ」


 ソラは雲の大聖霊石を高々と掲げてみせた。


 この世界に全部で七振りある神剣の、核となる大聖霊石は今のところ四つしか存在していない。その全てはエリギウス帝国が所持していたのだが、その内の一つであるこの雲の大聖霊石は現在ソラが所持している。


 そしてエリギウス帝国とは圧倒的な戦力差があるレファノス王国とメルグレイン王国にとって、この大聖霊石は喉から手が出る程欲しいものである筈なのだ。


「なるほど、つまりその大聖霊石を……」


 ウィンの合いの手にソラのどや顔が輝く。


「はい、餌にして入団を許可させます」


 次の瞬間、何故かアーラによる拍手が起こる。


「あ、でもソラ、〈因果の鮮血〉にはどうやって接触するんです?」


 そんなウィンの疑問を受けた瞬間、ソラは目を伏せ、先程までとは比べ物にならないくらいの小さな声で答える。


「そういえば考えてませんでした、どうすればいいんですかね?」


「えええっ!」


 一番肝心な部分がノープランであることに、驚きを隠せないウィン。


「ソラ、そこが一番重要じゃないですか」


「ソラって全然だめだめなんだね」


 呆れたように言うアーラの、子供らしい素直な罵倒がソラに直撃した。


「いや仕方ないだろ、〈因果の鮮血〉との連絡手段なんて分からないし、エリギウス帝国のグラディウスで直接レファノス王国やメルグレイン王国の空域に乗り込んだら即撃墜されるだろうしで」


 必死に弁明するソラに、ウィンが一つの提案をする。


「それなら方法が考え付くまでうちにいたらどうです?」


「え、いいんですか?」


「はい、これも何かの縁ですし。アーラもそれでいいですよね?」


「うん、いいよ!」


 ウィンのそんな提案に対しアーラは笑顔で頷き快諾した。


「何から何まですみません……あ、ウィンさん、そういえば俺のグラディウスはどこですか?」


「ああ、あなたの操刃していたソードのことですね、今から案内しますのでこちらへどうぞ」





 それからソラがウィンとアーラに連れられ部屋を出ると、そこは小さな礼拝堂になっており、長椅子が二つ並べられ、聖霊神である空のカムルと地のラテラの姿を擬人化した男女の像が祭られていた。


 その礼拝堂を出ると、目線の先には島の端と空が広がっている。


 どうやら本当に小さな島のようであり、見回せば島の全周が見渡せる程で、建物はこの教会しかなく、ウィンによると島に住んでいるのもウィンとアーラの二人だけだという。


 そして教会の裏にある道を真っ直ぐ十分程歩くと、島の端に小さな湖が見えてくる。そこには鎧胸部だけが湖の水面から露出しているグラディウスが横たわって存在していた。


「おおっ、沈んでなくてよかった」


「比較的浅い湖ですしね、まあ沈んでいたとしたら流石に僕では助けられませんよ」


「そりゃそうですね」


 ソラはグラディウスが無事であったことにほっとし、すぐに湖を渡り、グラディウスの鎧胸部によじ登ると、鎧胸部を開放し、操刃室に入り込む。


 椅子に座り、操刃柄(そうじんづか)を握り締めると、ソラの刃力がソードの核となる聖霊石に注入され、目前の晶板に明かりが灯り、グラディウスの双眸そうぼうが輝く。


「よし、何とか動きそうだ」


 続けて操刃柄そうじんづかの操作で上半身を起こさせると、各推進器から刃力を放出させた。風圧により水面が激しく揺らぎ、周囲の木々の葉が舞う。


「きゃっ」


 激しい風圧にアーラは両の目を瞑り、吹き飛ばされまいと踏ん張った。そしてグラディウスは一気に空中へと飛んだ。


 続けてソラは、試験飛行としてグラディウスを空中で幾度も旋回させ、宙返りや捻りを繰り返した。


「わあっ」


 そんなアクロバティックな動きを見て、アーラは嬉しそうに拍手を送った。


 そしてソラはひとしきり試験飛行を終えると、グラディウスの拡声器によりウィン達に声を届ける。


「どこも壊れてはなさそうです」


「それはよかったです」


 直後ソラは、ゆっくりと騎体を降下させ、湖に着地させると、グラディウスを横たわらせ、再び鎧胸部だけを露出させた状態にし、操刃室から出た。

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