「う……ん」
ソラは自分の意識がまだこの世界にあることに、まず気付いた。ゆっくりと思い返すと、養成所を飛び出し、追手の騎士に発見され、逃走を続け、無謀にも
しかし体は温かく、何やら片方の頬は何かで突かれているような感覚がある。天国とやらが存在するのなら話は別だが、どうやら生きていることは間違いなさそうだ。
ソラは、その事実を自分に言い聞かせるように、ゆっくりと、恐る恐る両目を開く。するとそこには白い天井と、自分の顔を覗き込む一人の少女の姿があった。
「おわっ!」
そんな状況に驚き、頭が整理されぬまま、完全に覚醒して上半身を急に起こすソラ。
「きゃあっ」
それに対して驚き、ソラの頬を弄んでいた少女が小さく悲鳴を上げながら尻餅を着かす。
「わっ、目を開けた」
少女は十代手前だろうか、背丈は低く、ぱっちりとした大きな目が特徴で、癖毛の赤髪と一本のアホ毛が愛らしさを演出していた。
「院長先生に報せなくちゃ」
すると少女は、そう言いながら走って部屋を出て行ってしまった。
ソラがふと自分が今いる部屋を見渡すと、自身が寝ているベッドの他にはテーブルとイスがあるだけで殺風景であるものの、煉瓦作りの壁には立派な時計が、窓には彩り豊かなステンドグラスがはめ込まれている。
そして少女が部屋を出て行ってから一分も経たず、木で造られた扉が開かれる。そこから現れたのは、細身の体で金色の髪に金眼、やや切れ長の細目でありながら顔立ちの整った比較的若い神父であった。
「どうやら、目が覚めたようですね」
声はゆったりと穏やかで、片足には先程部屋を出て行った少女がしがみ付いており、足の隙間からソラの様子を恐る恐るといった様子で覗き込んでいた。
「いきなりこの島の湖にソードが落下してきた時は驚きましたが、無事でよかったです、気分はどうで――」
「神父さん、ここはどこです?」
神父の問いに被せるように、ソラは問いかける。
「ここは孤島ルインにある教会兼孤児院ですよ」
「ルイン? ルイン島ってどの辺にある島なんですか?」
「ルイン島は
それを聞き、ソラは驚愕した様子で目を見開いた。
「ええ!
「りゅ、竜卵に飛び込んだってどういうことです?」
神父が訝しむのを見て、ソラは余計なことを言ったとハッとした。
「あーいや、その」
「それにあなた、その制服はエリギウス帝国の騎士さんですよね? もしかして脱走騎士さんですか?」
「な、何でわか――じゃなくて……ソンナコトアリマセン」
更なる神父の不意打ちに、ソラは動揺を隠せず思わず片言になる。しかし神父はそんなソラを見て優しく微笑んだ。
「やはり脱走騎士さんでしたか」
「うっ、何でわかったんです?」
ソラが観念したように正直に尋ねると、神父は穏やかな口調で答える。
エリギウス帝国所属の正規の騎士は、制服の左胸の部分に所属する師団の紋章が必ず入っている。ソラの制服にはそれが入っていなかった為、騎士候補生なのだと判り、そして騎士候補生がソードを操刃してこのような所にいるなど通常有り得ない為、ソラが脱走騎士であると判ったのだと。
神父の指摘通り、エリギウス帝国の騎士となれば、エリギウス帝国直属十二騎士師団のいずれかに必ず所属することになり、その師団を象徴する紋章が制服と操刃するソードの左胸部にそれぞれ刻まれることになる。そして騎士候補生は演習以外でソードを操刃することは許されていない為、神父に察される事となったのだった。
「あの、もしかして、帝国に報せ入れたりなんて……」
「いやいやまさか、そんなことしてませんよ」
ソラの危惧に対し、すぐさま否定する神父に、ソラはほっと胸を撫で下ろした。
「それにしても神父さんエリギウス帝国の騎士について詳しいですね、眼が金色だし、やっぱりエリギウス大陸出身なんですか?」
「ええ、私は元々エリギウス大陸出身で、この子のような孤児を引き取って育てるため、この静かなルイン島へと移り住んだんですよ」
神父の足元にしがみ付く少女を優しい眼差しで見ながら神父は言った。
「そういうあなたも金色の瞳ですが黒髪なんですね、エリギウス大陸出身者で黒髪の者はいない筈ですが」
「ああ、俺はエリギウス大陸出身の父親とナパージの民である母親の混血種らしいんですよ」
「混血種……らしい?」
「はあ、父親も母親も俺が六歳くらいの時に死んじゃったんで育ての親にそう聞いたんですよ」
「あの、無神経に聞いてしまってすみません」
両親がいないというソラの身の上を聞き、神父は少しばつが悪そうに謝罪した。
「いやいや別に気にしないでください、両親が死んだのなんて俺が小さい頃の話なんで悲しいとかも全く無いですしね。それにちょっと昔は混血種に対する差別が酷かったですけど、今はそんな事殆ど無くなって過ごしやすくなりましたよ本当」
ソラは言い終えると自分の顎に親指と人差し指を当て、決め顔で尋ねる。
「っていうかお嬢ちゃん、むしろ良いとこ取りってお得でかっこいいと思わない?」
「院長先生の方が全然素敵でかっこいいもん」
しかし頬を膨らませながらの、少女のそんな素直な返答にソラはがっくりと肩を落とした。
「はは、この子は親代わりの僕を贔屓目で見ているだけなので気にしないでください」
「イケメンが言うと嫌味にしか聞こえないですね」
ソラのやっかみに対し、神父は気まずそうに苦笑いするのだった。
「そういえば自己紹介がまだでしたね、私はこの教会兼孤児院で神父兼院長先生をやっているウィンと言います」
そんな空気を変えようとしたのか、神父は自己紹介をし、ウィンと名乗った。
「俺はエリギウス帝国の元騎士候補生、ソラ=レイウィングです」
続いてソラも名乗ると、その後に少女も名乗る。
「私アーラ……はじめまして」
礼儀正しくアーラと名乗る少女は、どこか恥ずかしそうに指を絡ませながら言った。
「あ、そうそう」
自己紹介が終わったところで、ウィンがおもむろに懐へと手を入れる。するとそこから出て来たのは強く灰色に輝く石……大聖霊石であった。
「はっ!」
ソラは反射的に自分の懐に手を伸ばすが、当然大聖霊石は無い。
「湖に落ちたソードの操刃室からソラを引っ張り出そうとした時、制服の懐から落ちてきたんですよ、これって大聖霊石ですよね? 私初めて見ましたよ」
「はあ、もうこれ帝国に報せ入ってるよな……助かったと思った矢先に俺終わってた」