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荼毘を請う
荼毘を請う
飴傘
ホラー怪談
2025年03月18日
公開日
6,757字
完結済
桜の木の下には死体が埋まっていると聞いたとき、当たり前だろ、と思った。



だって、この四十六億年以上続く世界のどこに、死体の埋まっていない場所があるだろう。

ーーー

高校生の「私」は最近、煙のにおいに悩まされている。

荼毘を請う



 桜の木の下には死体が埋まってるんだよ、と最初に聞いたとき、当たり前だろ、と思った。


 この四十六億年以上続く世界のどこに、死体の埋まっていない場所があるだろう。


ーーー


 「起立、礼、着席!」


 ホームルームが終わって、野球部の男子が一番に飛び出した。一日の授業が終わった解放感から、一気に賑やかになる放課後の教室。私も伸びをして部活に行こうと席を立とうとしたところで、隣の席で帰り支度をする彼女に目が行った。


 一週間前の席替えで、初めて隣になった彼女。今年の初めに転校してきたらしい。黒髪、三つ編み、黒縁メガネの三拍子揃った委員長ルック。初めて見たときは一瞬コスプレかと思ったくらいだ。見た目と違わず、転校生ながら実際にこのクラスの委員長であり、先程の号令も彼女がかけた。


 彼女はその見た目から、なんとなく皆に遠巻きにされている。この前あった席替えのくじ引きで、彼女が私の隣の席の番号を引いたときには、遠目でも分かる彼女の堅物感にかなり緊張した。

 しかし、思ったよりも彼女は柔軟な人のようで。今日も、数学の宿題を忘れた私に笑って答えを写させてくれた。彼女は生物が好きらしく、生物の実験前には、いつもより若干目を輝かせている。生物好きが高じて科学部に所属しているとも聞いた。なるほど、見た目は近寄りがたくても、中身はそんなでもないらしい。


 「部活、行かないの?」


 そんなことをつらつら考えていたら、彼女が首をかしげてそんなことを言った。気づいたら教室には彼女と私の二人だけ。はっとして近くの竹刀袋を手に取った。


 「やばっ、いかなきゃ。大会近いんだよね。声かけてくれてありがと」


 彼女は鞄を背負いながらふわふわと笑った。


「いえいえ。大会頑張ってね」


 かわいい。今度一緒に遊ぶ約束をして、髪型変えて、メガネ取って、ふわふわの服着せたい。きっとその方が彼女に似合うと思う。


ーーー


 煙のにおいがする。


 部活のメニューが終わって、自主練中。私は竹刀を振りながら、けむいな、と顔をしかめた。


 昔から鼻風邪を引きがちで、鼻の感度が低い私でもここまで煙たく感じるとすると、他の子はもっと煙たいのかもしれない。そう思って辺りを見回しても、同じく自主練中の後輩たちは特に気にした様子もなく練習に熱中していた。


 私の鼻の感度が良くなったのかな。少し不思議に思いながらも、練習を再開する。鼻が悪い私は、ここまで強烈なにおいをなかなか嗅いだことがない。しかし同じような強烈さにどこかで遭遇したような、と考えて、そういえば、と思い出した。




 私は、小さい頃、一度だけ骨を掘り起こしたことがある。


 小学校に入ったばかりのころ、お転婆で探検好きだった私は、よく妹を連れ出して近所を走り回っていた。子どもしか入れないサイズの路地裏や古い神社を見つけては、「秘密基地」と名付けて遊んでいた。


 そんな秘密基地のうちの一つに、寂れた公園があった。公園といっても、ボロボロのフェンスで囲ってある、砂場とブロック塀の残骸があるだけの小さな公園。人気がなく、砂場で大きなお城を作った一週間後に行ってもお城が残っているような場所だったので、砂場で超大作を作りたい気分になったとき、つまり半年に一回くらいはそこへ行っていた。


 そのときも、たぶん、何かすごいものを作ろうとしていたのだろう。たぶん、巨大な怪獣とそいつに壊される街並み、とか。それで、まだ幼稚園だった妹と一緒にその公園へ行った。


 砂を掘ったり固めたりしているうちに、もっと粘度の高い土がほしくなった。辺りをきょろきょろ見回す。と、公園の端の方に植わっている木の下に、掘り起こされたような跡があるのを見つけた。


 単純だった私は、一度掘り起こしてある場所なら、自分達の力では掘れないくらい地下の土も混ざっているのではないかと考えて、いい土を求めてそこを掘ってみた。


 掘り返しているうちに、生臭いにおいがしてきて、顔をしかめた。

 今から思えば、ずっと生臭さはあったのだろう。同年代の子供たちは、ある時期から誘ってもその公園へ行こうとはしなかったし、妹も、誘ったらなんとなく嫌そうにしていた。ただ、一年中鼻水を垂らしていた私はそのにおいに気づかなかった。


 異変に気づいた妹が寄ってくるのを止めて、嫌な予感がしつつも、掘り進めていった。においがさらに強まった。土が湿り気を帯びてきた。気持ちが悪くなった。虫がたくさんいた。でも、手が勝手に動いて、掘り進めていった。


 最終的に、持っていた子供用のスコップに、ざくり、と当たったのは、白いリング状の、固い何かだった。


 警戒心より好奇心が勝って、生臭いそれを掘り出して、手の平に乗せてみた。まるでプラスチックのように、白くて固くて表面がつるんとして、でも所々鋭利に欠けていたそれは。次の瞬間、小刻みに震えだして、……私の手のひらを、カッターのように、すぱっと切った。


 え、と思った。今、これ、勝手に動いた?


 それから急いで何事もなかったようにそれを埋め戻して、妹と一緒に家まで走って帰った。



 表面上は取り繕っていた私だが、帰り道では心臓がバクバクいっていた。

 何かいけないものを見つけてしまった感じがした。妹はともかく、生臭さが染み付いた上に、手のひらに少し深めにカッターで切ったような傷をこさえた私は、気づいた祖母にこっぴどく怒られた。

 「あんなに、変なにおいのするところには近づいちゃダメだって行ったのに!」祖母は、私の手のひらに少し大きめの絆創膏を貼りながら、厳しい顔で、何回も、何回も、そう諭した。




 煙のにおいがする。


 この町は工場が多く、暗く、町全体に煙のにおいが充満している。その上、十年前に連続殺人事件まであったものだから、いろんなところがホラースポットと化している。この前はどこかの有名なY●uTuberが、この学校の近くの廃工場を取材に来たらしい。


 教室でも、様々なホラーな噂が飛び交っている。進化版花子さんとか、ガイコツが動くとか。過激なものでは、満月の夜、自分の血と他人の体の一部を一緒に桜の木の下に埋めると、どんな難病であっても、自分のその部位が治る、とか。


 煙のにおいがする。


 ……祖母の、においがする。祖母は、この前老衰で亡くなった。祖母が棺桶に入れられて、スカスカの骨になって出てくるのを見ていたのは覚えている。まだ四十九日も経っていないのに、そのときどんな気持ちだったのかは覚えていないし、思い出さない。ただ、骨に残った煙のにおいが今も心に残っている。


 お葬式の最後に火葬場の人が、焼けた祖母の骨をかき集めてばきばきと骨壺に入る大きさまで砕いた。そして「この骨を見てください。まるで、お坊さんが手を合わせているように見えるでしょう? この骨を、最後に骨壺に入れましょう」と、喉仏の骨をそっと一番上にのせて、骨壺を閉めた。

 その骨はあの時のと同じ、白くてリング状の、骨だった。



 煙のにおいがする。


 町で暮らしている人は大なり小なり、もちろん私だって煙のにおいに慣れているはずなのに、最近どうも鼻につく。


 息を整えて面を外すと、汗が滝のように出てきた。剣道部は明後日に大会を控えているが、遅くまで居残って練習している子も、もうそろそろ帰らないといけない時間だ。


 「部長、お先帰りまーす、ありがとうございました!」

 「はーい、気をつけてね!」


 後輩たちが怒鳴るように挨拶して、やっぱり私も怒鳴るように返す。一人でもうしばらく練習して、掃除と戸締まりをして、さあ一緒に帰る人を探すかと昇降口まで歩いていくと、丁度彼女とばったり会った。


 「うわ、汗だくだね。部活終わったの?」

 「うん、これから帰るとこ。あ、もう帰るんだったら一緒に帰ろ?」


 何の気なしに誘ったが、彼女は一瞬固まった。


 「どうかした?」

 「……ううん、何も。他に一緒に帰る人いないの?」


 お、遠回しのお断りか? と思ったが、彼女がいつになく切羽詰まっている表情をしているのに気づいた。


 「いないけど……、どうかした? もう遅いから他に人もいなそうだし、固まって帰るのが決まりじゃん? だから、できれば一緒に帰ってくれるとありがたいんだけど……」


 彼女は視線を彷徨わせる。そしてなぜか、敵襲を警戒する兵士のように周囲をぐるっと確認すると、諦めたように頷いた。


 「……そっか、そうだよね。うん、一緒に帰ろ」


ーーー


 煙のにおいがする。外に出るともう真っ暗で、スマホを見ると「お母さん心配してるよ、部長になったからといって夜遅くまで練習しすぎるな、ばーか」と妹からLINEが来ていた。


 変な顔の猫のスタンプを返して、彼女といっしょに校門を出る。曇りだからか月も星も見えず、畑の合間を縫うようにして住宅の明かりがちらほら見える。


 彼女と一緒に帰るのは初めてだ。でも、彼女と家が近いことは、席替えの後に軽く話したとき知った。


 家が近かったら必然的に帰りも一緒になるし、こんな風に徒歩で通学する子は少ない。だから嫌でも知り合いになるはずなのに、どうしていままで彼女と親しくなかったんだろう、不思議だなぁ、なんて考えながら歩く。


 「この道、桜綺麗だったよね。散っちゃったけど」

 「・・・・・・うん」

 「いつもこの道で帰るの? 誰かと一緒に?」

 「・・・・・・うん、ううん」


 隣にいる彼女はどこか上の空で、スクールバックをお腹にぎゅっと抱えて歩いていた。俯いたまま歩いて、時々はっとしたように後を振り向く。でもそのまま歩き続ける。挙動不審にもほどがある。


 でも彼女の様子がいつもと違うことと、多分何か理由があることくらいは私にも分かったので、とりあえずそっとしておこう、と会話を続けた。


 「いつもこの道で帰るんだ。私も。一緒だね」

 「・・・・・・うん」

 「ねえ、家近いのに、なんで今まで一緒に帰らなかったーー?」


 彼女に聞こうとしたら、こつん、と足に何かが当たった。


 なんだろ。石でも転がってきたかな。下を向こうとすると、突然腕を引っぱられた。

 彼女だった。彼女がこわばった顔で私の手を、痛いくらいぎゅっと握って、引っ張っていた。


 「……絶対に、下を見ないでね」


 彼女の顔色は、暗闇でも分かるくらい蒼白だ。私に下を向くなと言いながら、彼女は私の足元を凝視している。



 煙のにおいがする。


 ・・・・・・煙の、においがする。


 自分でも分かっていた。この町で暮らして工場の排煙のにおいに慣れている上に、他の人より鼻の悪い自分が、急にこんなに煙たさを感じるのは、絶っ対におかしいと。

 いつどこにいても、強い煙のにおいを感じるのだ。ずっと不気味だった。


 だから。彼女が何か、知っているのなら。

 今ここで、はっきりさせたい。


 「私は、大丈夫だから」


 そう微笑みかけると、彼女は息を呑んだ。そして何か察したのか、私の手をもっと強く握って、強く引っ張った。


 (見ないで。下を、向かないで)


 じっと私を見つめる彼女。言葉を発さなくても、言わんとしていることは分かる。


 でも、もう違和感は拭えない。煙のにおいはむせそうなくらい強いし、さっきから足にこつこつこつこつ何かが当たっている。


 だから私は笑った。そして、次の瞬間には、思いっきり下を向いた。





 骨が、あった。


 白くて、スカスカしてそうな、お葬式で見たような、骨。


 大小さまざまな骨が、まるで意思を持っているかのように転がっていく。一定の方向に、少しずつ。転がる骨が白く集まって、道を作っている。


 また足にこつん、と何かが当たる感触がした。ひゅっ、と息を呑む。足元を見れば、小さな骨の欠片があった。お葬式で見たような、段ボールの燃えかすのようにボロボロで、崩れかけの骨。


 また、少し大きめの骨が、こつんと当たる。すると、見た目通り脆いようで、いくつかの小さめの骨に砕ける。そして、また転がっていく。


 呆然としたまま、頭の中のどこか冷静な部分が、足を骨の通り道からどけるように促してくる。そっと後退すると、何かに手をぎゅっと握られて、ああそっか、彼女に手を握られたままだったっけ、なんて思った。


 邪魔者がどいたからか、骨も幾分スムーズに転がっていく。まるで運動会が終わった後の白線のような、ところどころぶれている一筋の線を作っている。明らかに一人分だけではない量。煙のにおいを撒き散らしながら、そしてたまに障害物にぶつかって崩れながら、一定方向へ進んでいく。


 どこへ行くのか、どこから来たのか、なんて全然分からなかったけれど。

 煙のにおいの発生源が、お葬式で見た祖母の骨と似た、これらだ、ということは分かった。




 不意に、くいっ、と手を引かれた。気づくと、もう骨はどこにもなくて、彼女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 呆けたまま、彼女に手を引かれて家まで帰って、妹にどやされながらご飯を食べて、お風呂入って、そういえば彼女は少しも驚いてなかったな、なんて考えながら、眠った。


ーーー


 がらがら、と嫌に重い地学室の扉を開けると、彼女が白衣を羽織ったところだった。彼女の他には誰も見当たらず、あまり使われていない教室特有のホコリのにおいがする。今日は一日爽やかな晴れで、グラウンドから陸上部の掛け声が聞こえる。彼女はこちらに気づいて、軽く手を振った。


 「めずらしいね、地学室に来るなんて。どうしたの?」

 「どこにいるか科学部の子に聞いたら、『先輩は大抵地学室にいますよ』って教えてもらったから」


 彼女はくすくすと笑った。白衣がひらひら揺れる。


 「そっか。剣道の大会は?」

 「終わったよ。予選敗退だった。今回はいけると思ってたのになー」


 彼女は、にこにこしながらペトリ皿と三脚台を戸棚から取り出して、ガスバーナーのところに並べる。


 「どんまい。次は秋だっけ? 頑張って」


 マッチで火をつける彼女を、近くの椅子に座って眺める。

 彼女の私への態度は、ここ数日で、加速度的に柔らかくなった。あの、骨の移動? を見た次の日の朝に顔を合わせたときは、お互い探り探り会話していたけれど。一週間ほど経った今では、親しい友達くらいのレベルで話している。


 ガスバーナーの火の揺らめきを、ぼーっとしながら眺めていると、彼女はぽつりと言った。


 「お話ししてくれて、ありがとうね」

 「え?」


 意味が分からなくて彼女を見る。彼女は鞄から何やら白いものを取り出して、ペトリ皿に乗せているところだった。


 「ほら、一緒に骨が移動していくとこ、見たでしょ?」

 「見たけど。それが?」

 「そう。その、『それが?』が、ありがとうなの」


 彼女はこちらを窺い見ながら、ガスバーナーをいじって、火の先がペトリ皿に当たるようにした。


 「普通、あんなもの見たら、不気味だって言って、私と距離を置く。今までずっとそうだったし、これからもそうだと思ってた」


 ペトリ皿の上で、白いものが、……おそらく骨のかけらが熱される。煙のにおいが強くなる。


 「私、昔から、いわゆる心霊現象? に遭遇しやすかったんだけど。ここに越してきてから、あの骨の移動みたいなやつによく遭うようになって。なぜか他の人と一緒にいるときは見なかったんだけど、念のため一人で帰るようにしてた」

 「・・・・・・そうなんだ」

 「うん。でもさ、ここ、必ず誰かと一緒に帰るって決まりがあるでしょ? だから、たまに誤魔化しきれずにだれかと帰らないといけなくなって。そのうち、誰かと一緒にいても骨の移動に遭遇するようになった。その『誰か』の条件が、四十九日の間の子だって気付くのに、そう時間はかからなかった」


 「なんでだろうね、移動していく骨にも意思があって、四十九日の間の子は骨に呼ばれるのかな」なんて言って、彼女は私の隣に腰掛けた。そして髪を耳にかけながら、ペトリ皿の方を見る。


 「ま、それはそれとして。今まで心霊現象に一緒に遭った友達は、一人残らず遠ざかっていったんだけど」


 彼が、ペトリ皿から私に視線を移した。


 「あなただけが、次の日も、その次の日も、お話ししてくれた。一緒に笑ってくれた。……私には贅沢だと諦めていたことを、叶えてくれた。だから、お話ししてくれて、ありがとうね、って」


 彼女は、くしゃりと笑った。

 彼女は、やっぱりいつもの委員長スタイルだったけれど。素のままの彼女が、見られた気がした。



 煙のにおいがした。



 「ね、何燃やしてるの?」

 「骨。この前、ずっと二人で骨の移動を見てたでしょ? そのとき、鞄の中に入っちゃってたみたいで」

 「まじで? 怪我とかさせられなかった? 大丈夫?」

 「うん。触ったら崩れるし、たまに思い出したように震えるだけ」

 「ふーん。で、それを燃やすの?」

 「うん。これまでも何度かあって、どうしようかなって悩んで、結局その都度燃やして、崩して粉にしてる」

 「へー」



 彼女と二人だけで、ペトリ皿の上、燃やされている骨を眺める。

 煙のにおいがする。それは、ちゃんと骨が燃やされた、供養された証だ。




 そう、本当に怖いのは、生臭いにおいのするときだ。





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