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第35話、思いがけない客





「うん。『明日のシックススターズ』では落ちたけど、代わりにドラマ出演のオファーが来た時は本当に嬉しかったの…それが時代劇だったのはちょっと意外だったけどね。

 そのドラマのために、乗馬とか弓術とか、そういうのを一生懸命練習してたのに…ここに来ちゃった」


「だからあんなに弓が上手だったんだね!」


 リビングでは未だにミルと沙也がひっきりなしにお話で盛り上がっていた。どうにも話に割り込む隙がないんだな。


「寝る前にバッティングの練習でもするか」


 話に夢中になっている二人をそのままにして、私はバットだけ手にして官舎の外に出た。


 そして私は全く思いがけない人物に出くわした。


「チョ総官…殿?」


 官舎ビルの壁に寄りかかってタバコに火をつけていたチョ・チョルヒョン総官は、私をじっと見つめた。彼の足元には少しのつまみと2本のワインボトルがバスケットに入れられていた。もしかして総官も歓迎会に来るつもりだったのかな。


 チョ総官は何も言わずにあちらを向けて適当にタバコの煙をふっと吐き出した。


「どこかに出かけるのかい? 夜遊びはあまり勧めたくないんだがね」


「ちょっと練習でもしようと…で、どうしてこんな所に…入ってこないんですか?」


「俺がいなくても、皆ちゃんと楽しんでるみたいでさ」


 総官はまだ赤く燃えているタバコの先で屋上を指差した。 耳を傾けたら、その上から瀬戸先生とジヌさんの声がかすかに聞こえてきた。


 二人で、何の話を…歌?歌っている?


「のんきな奴だな」


「……」


 再びタバコを一口吸って、チョ総官はタバコの入ったケースをこちらに向けて差し出した。


 何だ、どうしろって言うの?


「……何ですか?」


「大人同士ではこうしている時、何でも勧めるのが効率的な会話のやり方だ。それが酒であれ、コーヒーであれ、お茶であれ……あるいはタバコでも」


 私は彼が差し出したタバコのケースをじっと見つめた。


「私は大人じゃないんですけど」


 総官は鼻で笑った。


「ここはゼロ剣王国だ。

 大人が何気なく渡した酒で10歳の子供が酒の味を分かり、偉い奴らが勝手に起こす戦争に13歳の子供が連れさられて剣を握る国だぞ。

 韓国や日本のように平和でのんびりと17、18歳、さらには大学生までも甘やかす世界じゃない」


 低めの声で話す彼の言葉には妙に辛辣なところがあった。私はそうなのかなと思いながら、それでもお断りの意味で手のひらを立てて見せた。


「そうか。まあ、いい。拒絶もまた立派な会話のやり方だ」


「代わりに聞きたいことがあるのですけど」


「俺に?やってみろ」


「本当に私が必要でジヌさんの部隊に入れてくださったんですか?」


 チョ総官は不思議そうな表情で私を見つめた。疑問と好奇心が半分ずつ混じったような目だった。普通そんなことを聞く人なんていないだろう。でも、『戦力外』として扱われ、野球部を辞めた私は心のどこかに引っかかる疑問を抱えていた。


 なぜかこの人ならその答えを知っているかもしれないという、そんな感じがした。


「じゃあ、俺が必要もない人を同じ世界から来た人間だという理由だけで、領民の大切な血税で給料を与えながら雇ったということか?


 それは俺を無能に見ているのか、それともナイーブに見ているのか?」


「昼間にもおっしゃいましたが…」


 この人の前では本当に喉がすぐ渇いてくるね。


「少なくとも私は自分自身を客観的に見ているつもりです。考えてみたんですけど、私はここの警備隊で有効な戦力になれるかどうか」


「戦力なんて、どうやら君は自分のことを過大評価しているんじゃないか?今更君を見間違えたんじゃないかと、そういう気がするんだけど」


「どういう意味ですか?」


「君一人が戦力を語るほどの、いわゆるヒーローにでもなるんだと思っているのか、この愚か者が」


 チョ総官は舌をツッと打った。


「今、このバレンブルクは君が思っているよりはるかに危なっかしい都市だ。辺境だという理由で使えそうな、そう、君の言う通り戦力になりそうな連中は全部軍隊に徴兵される。そうでない人だけでなんとか都市の治安をかろうじて維持している。


 外見上には賑やかで繁栄しているように見えるかもしれない。だが、ますます犯罪率は上がってるし、毎日のように押し寄せる流民や無身分者、そして連邦民のような厄介な連中ばっかり増えていく。


 そんな奴らを取り仕切るために『ギルド』というシステムを導入しようとしたジヌのアイデアはなかなか良かったが、それはあくまでも一時しのぎに過ぎない。最終的には、きちんとした治安人員の確保が不可欠なんだ」


 なんとか、やっと、かろうじて理解した。はっきり記憶に残されたのは『ギルドのアイデアを出したのがジヌ』ってことだけだったけど。


「…総官も心に溜まっておいた事が多かったんですね。」


「今すぐ私に必要なのは関羽や張飛や諸葛亮ではない。 そんな者がいても、見るまでもない。また辺境伯が連れって行ってしまうだろう。今は、一人や二人のヒーローより、手足がまともで、正気で、無駄なことなんかしなくて、言われたことだけちゃんとしながら、しっかり給料を貰える十人の方がもっと貴重なんだ。


 分かったか?」


「…はい」


「…って言いてもしょうがないか。すまん。わけも分からない坊やに言っても仕方ないことだったな。

 本題に戻そう。君が戦力になるかどうかの話だったな」


 チョ総官は私を指差した…いや、正確には私が持っていたバットを指差した。


「そのバット、それを武器にした理由が『敵を殺したくないから』だったんだって?」


「その理由だけで選んだわけじゃありません。正確には、『刃物で刺したくないから』でした。その後しばらく寝心地が悪かったので。


 正直、誰がこれに殴られて命を失うことになっても気にしない。そんな状況なら、相手も私を殺そうとする時でしょうから」


「そうか。悪くない考え方だ。もしかしてミルの矢をちゃんと見たことがあるのかい?」


「あ、その…きのこみたいなやじり…」


 先日イマエールの連中を倒していたミルの矢、正確にはその先についていた鏃が思い出した。


 鋭く刃が立ってないまま、つぶれたキノコのような形をしていたたその矢。相手を突き刺さって絶命させるのではなく、強烈な衝撃を与えて倒したその矢のことだった。


「弓使いのくせに人を殺すのは嫌だとミルが意地を張るから、特別に元の世界のホローポイント弾を応用して作ってくれた物だ。そもそもホローポイント弾はそんな目的で使われるものではないがね。」


「ミルガ…そうだったんですね」


 コボルドを一刀両断させた以来、剣で何かを斬ることに抵抗感を持ち、代わりにバットを武器にするようになった私だった。だからミルのどんな思いでそんな意地を張ったのか十分に理解ができた。


 私より少し…いや、もっと感受性が豊かな少女であるミルは、飛び道具でも生命を終末処理することに対してさらに拒否感を感じていたのかもしれない。


「それくらいがちょうどいい。君やミルのように刀を振り回すことも血を見ることにも慣れていないなら、辺境伯も欲しがらないだろうし。ちなみに俺も君たちにそんなに期待なんかしていない」


 チョ総官はすでに火が消えかけたタバコを口にくわえてまま、足元からバスケットを拾って私に渡した。


「だから期待された分だけ働け。要するに……頑張らなくてもいいってことだ。今のままで、いいんだ」


 もしかして今…励ましてくれてるつもりなのかな、この人は?本当に分かりにくいんだな。


 総官は背を向けた。

「俺は戦士なんかじゃないから戦いのアドバイスはできない。だが、君がここで過ごすことで学ぶこともあるんだと思う。いずれにせよ、君ほどのまともな人間を無職のままのんびり放っておくには、今のバレンブルクの人手不足がひどすぎる」


 私は渡されたバスケットを手にしたまま、官舎の扉と総官の背中を交互に見た。


「入ってこないんですか?」


「もういい。君も明日から出勤するつもりなら、早く寝たほうがいいぞ」


 立ち去る総官の足音が静かなバレンブルクの夜街に響き渡る。彼が渡したバスケットはかなり重かった。ワインボトル同士でぶつかり合ってからからと澄んだ音を立てた。


「もっと飲めるかな?」


 その疑問の答えは、ドアを開けるなり聞こえてきた。


 並んで手をつないだままソファに座って眠っている沙也とミル、二人の少女の甘い鼻声に私は思わず笑ってしまった。






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