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第28話、卑劣な戦い





 慌てて瀬戸先生を後ろに引き寄せた。だが、私の背中がむほき寄せた。だが、私の背中が無防備に露出されるのは避けられなかった。


 鈍い痛みが脇腹を襲った。


「くっ!」


 まるでストレートのデッドボールを打たれたような痛みだ。

 歯を食いしばって、肩の後ろからバットを取り出した。 久しぶりに手に握るバットの感触が改めて重たく感じられる。


 痛みの方向を向け睨みつけた。そちには、さっき何気なく通り過ぎた酔っぱらいが角材を手に持ってへらへら笑っていた。


 あいつが! 明らかに瀬戸先生を狙って角材を振り回したんだ!


 しかし、相手はあいつだけじゃなかった。空き地のあちこちでしゃがみ込んでいたホームレスたちがゆっくりと立ち上がっていた。奥まった路地の裏側からは与太者数人がうろうろ現れた。


 こうして少しずつ加勢した男たちは、いつのまにか10人を越える数に増えた。退路を含めて私たちは完全に囲まれてしまった。それを感じた私は目の前が真っ暗くなった。


 イマエールはポンポンと軽い足取りで跳ねるように私たちから距離を置いた。そして、彼がいた空間を埋めるように男たちが立ちはだかった。


「もう少し早くばれたら危ないところだったぜ」


 イマエールの口振りまですっかり変わり、さっきまでの親しみや優しさは影も形もなかった。


 私が愚かだった。 むやみに見知らぬ人について来るんじゃなかった…


 ヨナハン司祭と知り合いという言葉に信じすぎたのが問題だったのだろうか。それとも、コバフ村の純粋な人々と過ごしているうちに、人に対する警戒心が緩んだためだろうか。


 私はきゅっと歯がみをしながら、瀬戸先生とサヤを守るように立ちはだかった。


「いったいどうして!私たちを!」


「さっき言ったでしょ」


 イマエールはくすくす笑いながら哀れそうに私を見た。


「武装もろくにしてないくせに、大金になる物をもってのんびりっと歩き回るんだなんて、こんな餌を先に食わないやつが馬鹿だろう?」


【そりゃついてる家族も多くて荷物もたくさん持っているから、機動性は落ちてるし武装は貧弱だし、いい獲物だから】


「だからそう言ったか。でも大金になる物って、そんなもの私たちは持っていない…」


「お前、本当に大バカなんだな?」


 イマエールは本気で軽蔑を込めた目で私を見つめた。いや、もっと正確に言えば、私の後ろを見ていた。


 私の後ろにいったい…何が…


 そこには怯えている沙也と、唇をかみしめてイマエールを睨みつけている瀬戸先生がいるだけだ。いや、まさか…あいつ…


「てめぇ、今…」


「こんな辺境では珍しいエキゾチックな女が二人も、しかも顔もなかなか綺麗だしな。これ程の『商品』は呼び値が買い値だぞ?

 そんな『物』をお前のみたいな間抜けが連れているからさ、これは俺がありがたく頂かないと、な?」


「ぶっ殺すぞ! 黙れ!」


 頭のてっぺん血が上った私は突っ込んでしまうところだったが、それを止めたのは…


「落ち着いて、足原君! 挑発に乗っちゃダメよ!」


 一つは瀬戸先生の引き止め。


 ジャキッ!


 そしてもう一つは、与太者の何人かが取り出したナイフやダガーみたいな刃物だった。


「法次…」


「気をつけて、沙也。先生も私の後ろから絶対離れないで」


 パニックにならないようにわざと低くて落ち着いた声で呟いたけど、どうしたらここから逃げられるのかが思いつかなかった。何とかして、沙也と先生だけでもここから避けてもらわなければと思っていた瞬間だった。


 酒か薬かはしらないけど何かに酔って目が緩んでいるホームレスの一人が角材を引きずりながらこっそり近づいてきた。


「おい、この野郎、おとなしく女を出せ…」


 答える価値もない。黙って私はランジの形で素早く身を低くしてバットを片手でフルスイングした。 以前、強盗との戦いで一度成果を上げた姿勢だった。


「クオッ!」


 そのホームレスは自分が充分離れていると思っていたかもしれないが、最大限にリーチを伸ばして振り回したバットの軌跡は恐ろしいほど広かった。スイートスポットに膝を直撃されたホームレスは、奇妙な方向に足が折られたまま倒れた。


 それを合図になったのか、他の連中も一斉に襲い掛かってきた。


「死ね!このくっそやろう!」


「小僧、ぶつ切ってやるぞ!」


「近い寄るな!来た奴からぶっ殺してやるから!」


 私は暴言を吐きながらバットを振りまくった。

 奴らを牽制するために必死に振り回すたび、バットの先からは風を切る恐ろしい音がした。正気でない与太者たちもその音には本能的な恐れを感じたのか、びくびくするだけで、むやみに飛び掛かって来なかった。


 しかし、いつまでもこのまま対峙しているわけにはいかなかった。一人が倒れるのを見た連中は単に間隔の中に入ってこないだけで、じわじわと包囲を狭めてきた。


「このくずども!夜中まで待つ気か!?」


 イマエールは乱暴な悪口で与太者たちを怒鳴りつけた。


「『商品』さえ傷つかなければいい!あのガキは殺してもいいからさっさとやれ! 今決闘でもするつもりか?奴のメイスが怖いんならダガーでも投げろ!」


 イマエールの暴言に奴らは残酷に笑ったが、逆に私は鳥肌が立った。刃物や武器を投げつけたら、私としてはどうしようもなかった。一つや二つくらいは何とかするんだとしても、すべてを防ぐことはできない。


 それに、避けることは論外だ。私の後ろには沙也と瀬戸先生がいるから。イマエールも私が避けないことを知っているから、そうあっさり命令をくだすことができるんだ。


 こうなってしまった以上、あの輩の中に特攻をかけて戦うしかない。私は先生にだけ聞こえるように小さく呟いた。


「奴らの中に突っ込んで暴れます。なるべく時間を稼ぐから、せめて沙也と先生は逃げて」


「足原君、ダメ!」

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