バレンブルクは確かにコバフと比較できないほど大きな都市ではあった。コバフ村だったら一周できるほどの距離を歩いてきたようなのに、まだ教会らしい建物は見当たらなかった。
「イマエールさんじゃなかったら、教会を探すのに苦労していたところでした」
「だから私が先に声をかけたんです。バレンブルクに来た人が最初に行くところなんて決まってますからね。 ギルドか、教会か、それともトイレか、ハハハ」
話を交わしてみると、爽やかな印象とは裏腹に、イマエールはかなり口が悪かった。冗談のレベルがギリギリで、沙也と瀬戸先生はほとんど口を開かなかった。結局、イマエールの話し相手は主に私だった。
「ところで、バレンブルクに来る人がそんなに多いんですか?」
「最近、ぐんと増えましたね。特に帝国との関係が物騒になってからは国境からここにくる流民が多くなったんですよ。
知っている通り、バレンブルク州は辺境伯領ですし、ここ、バレンブルク市が州都だから、やはりここに来る数が一番多いでしょう」
「そうなんですか。コバフ村にいた時は全く知りませんでした」
「知らない方がむしろいいです。流民の旅路は想像以上に険しいそうですよ。 ここに来る途中でモンスターに追われることは日常茶飯事だし」
『そりゃついてる家族も多くて荷物もたくさん持っているから、機動性は落ちてるし武装は貧弱だし、いい獲物だから』とイマエールは付け加えた。
「それより最悪なことは、その流民たちが自らモンスターになってしまうのです。意志が弱い人や生活が苦しい人が誘惑に陥ると盗賊の群れとなったりもしますよ」
「あぁ…」
バレンブルクに来る前、盗賊団と戦ったことを思い出した。もしかしたら、彼らも一時は流民だったのかもしれない。貧弱な武装と防具、それに比べ極めて凄まじかった彼らの顔を思い出した。私は忘れたい気持ちで頭を振った。
「?」
「な、何でもありません」
「とにかく、そんな危険を乗り越えてここまでたどり着いた流民たちも頑張ったんですけど、ここも暮らしが辛いのは同じです。
それで何ヶ月前だったかな? ギルドもその時に初めて作られたんです。市の施策で、ね。流民が雑用でも冒険でも、何でもいいから自分の手で暮らせるようにするための策です」
「ああ、それでそこにそんなに…」
「それ、見ましたか? あらゆる依頼がいっぱい付いてたでしょう?見失った子犬探しからにして、モンスターや盗賊の討伐まで、星の数ほどの依頼があるんですよ。
まあ、流民たちはやることが見つかっていいし、市は市民たちがやりたがらないことを任せられるからいい。 まさに一石二鳥ってことですね」
インマエールはケラケラ笑いながら、迷いなく角を曲がって路地に入り込んだ。
路地だと?
話しながら歩いているうちに、いつの間にか私たちは暗い路地裏に入っていた。古臭い建物が乱雑に並んでいる間を通して、狭くて曲がりくねった道が続いていた。
『王冠のドラゴン』を出た時までは大通り沿いだったのに、いつのまにか二人が通り過ぎにくいほど狭くて汚らわしい小道になっていた。
酔っ払ったのかよろめきながらこっちへ向かってくる人を避けて片方の壁に身を寄せるしかなかった。壁に真っ黒にくっついている染みが何なのかは分からなかったし、知りたくもなかったが、とにかくひどい悪臭を放っていた。
沙也は顔をしかめ、鼻と口を覆った。
「この道で確かですか?」
「ちょっと道が暗いでしょう? ご心配なく。私と一緒なら大丈夫ですよ」
イマエールはまた路地に入り込んだ。すると、広々とした空き地が現れた。やっと少し一息つくことができた。
そんな私を見て、イマエールはにっこり笑った。
「教会があるにしてはちょっとひっそりとしている街並みですね」
「はは、こんなところにも神様がいらっしゃるという、とてもとても深くて深い意味があったりなかったり…」
「お待ちください」
ずうずうしく戯言を言っているイマエールの言葉を遮ったのは、なんと、今まで何も言わず黙ってついてきていた瀬戸先生だった。
先生はゆっくりと低い声で力を入れて尋ねた。
「本当に、神様が、ここに、いらっしゃるんでしょう、か?」
瀬戸先生のいつもの姿を知っている人なら、まったく想像しにくい無表情な顔だった。
神の名をむやみに口にしたせいだろうか。 先生の体に宿ったアヴサラの力が反応するかのように恐ろしいオーラを放っていた。
イマエールもそれを感じたか、これまでにこにこしていた顔を固まっていった。 彼は顔いっぱい笑みを浮かべて見せたが、それは微笑みっていうより、もはや歪みにちかい顔だった。
「わ、私のような無骨者が神学をどう論じるんでしょうか。お偉い方の話を見よう見まねで覚えただけのことです」
瀬戸先生は鋭い目つきで周りを見渡した。
「どうやら、神様じゃなくて他の方々がいらっしゃるみたいですね」
イマエールの顔から笑みが完全に消えた。
「先生、沙也!引き下がって!」