バレンブルクのギルドからそんなに遠くない場所にあるパブである『王冠のドラゴン』(Dragon with Crown)は、大勢の人で賑わう活気に満ちたレストランだった。元の世界のファミレスを連想させる大きさと雰囲気だった。
我々のテーブルを担当する赤いツインテールのウェイトレスは、気さくな態度で料理を私たちの前に次々と並べた。
「ごゆっくりどうぞ!」
それから、すばやく隣ののテーブルに移ってもう次の注文をもらっているその後ろ姿を見ながら、私は料理を口に運んだ。
「ベビンさんの野菜料理が、早くも恋しくなってきたよ」
炒め物をもぐもぐ食べながら、私は余計に無駄なことを言い出した。 そんな私を沙也がちらりと見て、お水を渡してくれた。
「もうコバフ村の味に馴染んだわけじゃないの?この世界ではコバフ村が私たちにとって
「そうかな」
水を飲みながら回りを見渡した。
『王冠のドラゴン』は実に妙なレストランだった。
隅っこの席に座っている中年のおっさんは、昼間から顔が真っ赤になるまで酒を飲み続けていた。同時に、もう片方には子供だで連れて外食に来ている家族も目についた。
ほとんどが一般市民のように見えるお客さんだと思ったが、そうでない人も結構いた。中には、私たちのようにあれこれと荷物が多かったり、さまざまな武器を携行している人もいた。お出かけよりも旅行や冒険にふさわしい実用的でごつい格好をしている人たちは、もしかしてギルド所属の冒険者だろうか。
そんなことを考えながら食事を終える頃、私たちのテーブルにすらっと近づいてくる人っけがあった。
「このバレンブルクには初めてですか?」
一人の男が軽い足取りで近づいてきて挨拶をした。家の近くに飲み物でもしに出たかのような、軽い感じの、こざっぱりした身なりの、線が細い美青年だった。
「あ、はい。コバフ村から来たばかりなんです」
「コバフ村から! そりゃ、かなり遠くから来られたんですね」
彼は愛想のいい笑顔を浮かべた。
「もしバレンブルクが初めてでしたら、教会の助けは必要ではないですかね?」
教会という言葉を聞いて、私たちの顔色が明るくなった。ヨナハンが提案した通り、ひとまずバレンブルクのギルドに登録を終えたから、次は教会に行こうというのが、食事の間に私たちが出した結論だった。
とりあえず荷物はギルドに預けたけど、今夜泊まるところもまだ決まっていないから、ヨナハンの紹介状を持って教会に行けば何らかの助けでも貰えないだろうかと思った。
「はい。もしかして、ヨナハン司祭のことをご存知ですか?」
「ヨナな司祭ですか? もちろんです。あのお方なら、よく知っていますよ。ただ…ふむ…たぶん今、ヨナハン司祭はバレンブルクにはいらっしゃらないと思いますが」
男は目を細めて首をかしげた。
「私たちはヨナハン司祭の招待でバレンブルクに来ました。 あ、私は法次と申します」
「イマエールと呼んでください。よろしくお願いします,ホウジさん」
イマエールと自分を紹介した男は、たまに教会の使いをしているらしかった。ああ、だからヨナハン司祭の事情にも詳しかったのだろう。
「イマエールさんの言ってた通り、司祭は出張でカハルに行くとおっしゃいました。バレンブルクに来たら教会に立ち寄って助けを求めるようにと、手紙に書いていました」
「そうですか!なるほど、ここで私が皆さんに会えたのもまた、神の導きなのではないかと」
イマエールはパンッと、手を打ち鳴らして私たちを見回した。
「じゃあ、私が教会にご案内しましょう。バレンブルク市が初めてでしたら、おそらく教会の位置もまだよく知らないでしょうね」
「そうして貰えると、本当に助かります」
「はは。コバフのような小さな町に比べれば、バレンブルク市は確かに大きいですからね。感覚がおかしくなるのも無理ではないです」
『コバフのような小さな町』という言葉に、沙也と瀬戸先生が眉をひそめた。しかし、間違った言葉でもなかったため、あえて文句を言ったりはしなかった。