「法次のバカ!」
「うっ……!」
商団の荷馬車たちを連れて無事にコバフ村へ帰還した私を待っていたのは、沙也のとんでもない罵倒であった。
「オルソンさんも酷いです! 喧嘩もまともにできない子をそんな危険な所に行かせるとは。何かあったらどうするんですか!」
「いや、できないっていうにはあまりにも上手で…」
「なんですってっ!」
「い、いぃえ、私は何も言ってません…」
あんなに怒り心頭に発する沙也は、誰も止められない。余計にスプラッシュのダメージを受けてしまったダービに私は心の中で静かに哀悼の意を表した。しかし、オルソンが沙也に途方に暮れる姿をずっと見守るわけにもいかなかったから、結局は口出しをするしかなかった。
「もう、沙也。オルソンさんにそう言うなよ。ただ馬車が壊れたっていうから手伝いに行っただけで、まさか本当にあんな戦いになってたとは誰も思わなかったよ」
「でも、法次がひどい怪我でもしたら、帰ってこなかったらどうするのよ!」
「もう、沙也」
「ふえぇぇぇ…」
結局、泣き出してしまった沙也を胸に抱いたまま、私は顔の前で手を挙げてオルソンとダービにすまないって表した。 二人も理解しているかのように苦笑いながら手を振ってくれた。
私はすすり泣く沙也を連れて人目のつかない静かなところに向かった。その間に少し落ち着いたものの沙也の顔は相変わらずめちゃくちゃだった。
「やれやれ…もう、いいから泣くなよ」
袖でそっと沙也の目元を拭いてあげた。どれだけ泣いたものか、袖はすぐにびしょ濡れになってしまった。
「法次は…大丈夫?」
「ほら、見ろよ。ケガもないし、全然大丈夫じゃない」
「そうじゃなくて…あれ…」
沙也は私を、正確には私が背中に担いでいるバットを涙あふれる目で見つめていた。
「法次は、本当に野球を…野球バットを武器にして…それでいいの?喧嘩なんかしていいの?」
「沙也…」
「やだよ!法次が戦うことも…そんなに好きだった野球で人を傷つけるのも…」
今にもまた涙がぽろぽろと落ちそうな沙也を、私はそっと慰めた。
「沙也、私だって…」
言葉を止めた。
他の人なら『あまいこと言うな。現実を見ろ』とか言うかもしれない。だが、私だけは沙也がなぜこうなのかあまりにもよく知っていた。
野球が私にとってどんな意味を持つのか一番長く、一番近くで、いつも見てきた沙也だから。沙也が私のことを理解するのと同じくらい、私も沙也のことが理解できた。
「……構わないよ」
「え?」
私はバットを武器なんかにしたくない。
「沙也を、皆を守れるなら」
私はモンスターも傷つけたくない。
「このくそったれな世界で無事にいられるなら」
私は人も殴りたくない。
「何だって使ってやるよ。 それが何であれ」
それでも。
「沙也を無事に帰すためなら… 私は何だってやるよ」