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第22話、商団を救え(2)





 歯を食いしばりなが馬から飛び降りて着地した。


 ジィィィィー、と慣性に抵抗する音が足元からした。今まで激しく振動していた馬に乗っていたせいか、一瞬視界が揺れたが、すぐにバランスを取った。


 このままうろうろしていたら死ぬんだ。


 本当に死ぬ、確実に。


 背中からバットを取り出した。 マイヤーさんが作ってくれたバットケースはびっくりするほど使いやすくて、私は心の中から改めて感謝の言葉を思い出した。


 再び馬に拍車をかけたダービが、拳大の鉄球を鎖で繋いだフレイルを振り回して突進した。私もその後ろを追った。


 パッ!パッ!


 フレイルに当たった盗賊たちは血を散らしながら次々と倒れていった。しかし、その中でもフレイルを避けた奴はいた。


 奴はしばらくきょろきょろして私に向かって走ってきた。どうやら馬の上で鉄槌を振り回すダービよりは、私がどう見ても甘く見えるだろう。


【何があっても目を閉じたり逸らしたりすんな】


 オルソンの言葉を改めて心に刻み、バットを握った手に力を込めた。滑り止めとして巻いておいたロープのざらざらした質感が手のひらに食い込んだ。こちらに向かって駆けつけてくる盗賊の刀がはっきり目に入った


 あれ、ところで、なんでこんなに…


 遅い。


 とてつもなく遅い。


 盗賊が初めて近づいた時はその勢い、鬼のような形相、そして何よりも手に持っている刃が怖かった。


 しかし、いざ振り回されてくる剣は、あまりにも遅く生半可で、私ですら簡単に避けられる程度だった。オルソンの剣は遥かに速くて鋭い動きを持っていた。これなんか…!


 呼吸を落ち着かせて頭を冷やすと、怒りに駆られ突進しながら剣を振り回している盗賊の姿に、いつか相手にしていたピッチャーが重なって見えた。


 野球部では時速100キロを超えるスピードで飛んでくるボールを直接見て打ったり、あるいは避けたりしていた私だった。


 生まれてから時速150キロに近いお父さんのボールを目の焼き付きながら育ってきた私だった。


 そういうお父さんから受け継いだ動体視力と反射神経が私にあった。


 そうならば…


「やれるぞ!」


「クアアッ!」


 こちらに向かって伸びてくる剣先をまっすぐ見て、飛んでくる野球ボールを打つ感覚で殴った。むしろもっと簡単だった。野球ボールは一点だが、剣は長い線だから。


 まともに当たったようでもないのに、敵はそのまま剣を逃し、手首を掴んで震えていた。鋼の鉄棒で打たれる気分だろうな。しばらくは手首がビリビリ痺れるだろう。


 一撃で戦意を失った盗賊を蹴散らして、走ってくるもう一人を相手にした。最初が難しかったが、一人を倒してしまえば、二人目はむしろ落ち着いてきた。体を下げて外角ローボールを打つ感覚で、敵の膝に向かってフルスイングをした。


「当たった!」


 膝の骨が砕ける音とともに、盗賊は走ってきた力で、そのまま私の傍を通り過ぎた。激しい苦痛のせいか、悲鳴も上げられず、土の上に転がっていた。


 二人ほどを倒してから、盗賊団は今までみたいに簡単には近寄れなかった。バットの長さの2、3倍ほどの距離で私を睨みつけるだけで、うろうろしながらもなかなか襲い掛かってこなかった。私は牽制のつもりで力いっぱいバットを振った。


 バウゥゥゥ!


 アルミバットより数倍は重い分、その破壊力も凄まじい。鋼鉄バットが空中を割ると、聞いただけでもぴりっとした破空音がした。その音を聞いた連中はさらに二、三歩後ろへ下がった。


 刃のような鋭さはないが、一激殴られたらそのまま終わりだという恐怖が奴らの顔にはっきりと表れていた。


 ついに一人が勇気を出したのか、私に向かってじわじわと近づいてくる盗賊がいた。三日月のように曲がったグレーブを手にした姿勢が、他の奴らよりもう少し脅威的に見えた。


 距離を計るようにゆっくり近づいてきた奴は、やがて体を投げつけるように襲いかかってきた。


「イヤァァァッ!」


 しかし、肩に力がいっぱい入った奴のグレーブよりも、私のバットの方がもっと速かった。私は相手の最も大きなターゲット、つまり胴体を狙ってバットを振った。


「カァーッ」


 バットは正確に敵のみずおちに食い込んでいた。襲い掛かって来た姿勢のまま停止してしまった奴の目が白くひっくり返った。口からは泡まで吐き出しながら悶絶してしまった。おそらく当分は息もまともにできないだろう。


「お、おい…」


「に、逃げろ!」


 今倒れた者がそれなりのかしらだったのか、残りの連中はそろそろ逃げ出しはじめた。そのうちほかの盗賊もヘンリー、シュミット、そしてダービにより制圧されていた。


 我々の挟撃に励まされた商団からも本格的な反撃を加え、盗賊団は少なからぬ死傷者を残したまま、逃げ出してしまった。







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