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第13話、司祭ヨナハン・ウッド(1)






 瀬戸先生の話を私はゆっくり思い返してみた。


 次元の歪み、神的な存在アヴサラとの出会い、アバタラの存在。


 そのすべてがあまりにもとんでもないスケールの話で、ピンと来ないところもあった。だが、今その一つ一つが大切な手がかりだ。


 いずれにせよ、『あるべきところに戻る』という言葉は、いくら考えても『元の世界に戻る』としか解釈できなかった。 そしてそれは、私たちにとって何よりも願ってやまない結末だった。


 また、現実に目を向けると、当面の私たちの生存と生活にとって大切なのは、瀬戸先生の能力であった。日本のように医療システムや衛生環境が整っていないこの世界で、瀬戸先生が見せてくれた負傷を治療する力は非常に貴重だった。


 それが異世界を扱った小説や漫画でよく出る『魔法の力』というものだろうか。この世界にも魔法はあるらしいが、あまりにも珍しくてオルソンさえ直接見たことはほとんどないようだった。それじゃ参考にはならない。


 もしかしたら私や沙也も記憶がないだけで、そのアヴサラという神(その本人は否定していたが)やそれに準ずる存在と出会ったのかもしれない。しかし、はっきり言って私には瀬戸先生のような能力がない。


 私の疑問に沙也も首を横に振った。


「私もそういう力を貰った覚えはないよ」


「ただ思い出せないだけじゃないかな?」


 だって、あまりにも不公平じゃない。先生だけがそんな『ヒーリング』みたいなスゲーな能力を貰ってるのに、私たちはそんなの一つもないのかよ。


 私だって格好いい能力で無双とかしたいんだ。


「(ステータス)」


 決して純粋とは言えない欲望に、私は誰かにも聞こえない小さな呟きで、もう一度(自分だけの)呪文を唱えてみたが、以前と同じく何も起こらなかった。


 このクソゲみたいな世界!


「今何て言ったの、法次?」


「あ、いや。 何も」


「ふーん、変な法次」


 私と並んで座って、沙也は目を細めてこちらをちらりと見た。


 私たちと瀬戸先生は今、村の礼拝堂に座っていた。コバフ村を訪れたあの司祭プリーストという方に会うために待っているのだ。普段は子供たちを教える学堂や、村人が集まる会議場くらいにしか使われていなかったが、一応はちゃんとした祭壇まで整った立派な礼拝堂だ。


 ここでは先ほどまで礼拝が行われていた。賛美歌を歌い、供え物を捧げ、そして説教が続いていた。日本でも教会や聖堂に通っていない私にはよく分からないけど、瀬戸先生の話によると礼拝の流れはかなり似ているらしい。


「瀬戸先生、意外と詳しいですね?」


「こう見えてもカトリック系のミッションスクール出身なんです。あまり真面目な信者ではなかったけど」


 巡回司祭はヨナハン・ウッドという名前のプリーストだった。


「思ったより若いですね」


「本当。瀬戸先生より一つや二つ年上にしか見えない」


 しかし、素人の私から見ても、彼はとても上手に礼拝を導いていった。退屈そうだった説教も、なかなか面白かったし。


「お待たせしました」


 礼拝堂の裏側にあると司祭室側から、ウッド司祭とオルソンが歩いてきた。 私たち三人は一斉に席から腰を上げた。


「オルソンさんからざっと皆さんについて説明は聞きました。あ、 座って、座ってください

 先ほど礼拝で挨拶しましたが、もう一度自己紹介をしましょう。 私はヨナハン・ウッドと申します」


「はじめまして、司祭様。よろしくお願いします。私は瀬戸日奈と申します」


「足原法次です」


「双美沙也です」


 私たちの名前を聞いたウッド司祭は首をかしげ、好奇心で満ちた笑みを浮かべた。彼にはかなり聞き慣れない感じの名前に聞こえたようだ。


「私のことはヨナハンと呼んでください。 私もセトさん、ホウジ、そしてサヤ。 そう呼ぶことにします」


 私たちと対面できる椅子がないため、ヨナハンは大まかに祭壇に腰を下ろした。そしてオルソンは彼の隣に丁寧に立った。ヨナハン本人はなかなか気楽な性格のようだが、だとしても一緒に祭壇にお尻をつけて座るほどの勇気は、流石にオルソンには無いだろう。


「皆さんがお待ちしている間に、大体の書類の手続きは済ませておきましたよ。ほとんどは皆さんの身分に関することですがね。

 ここ最近、家も土地も失ってさまよう流民が多いのです。社会的には問題ですが…とりあえず皆さんも適当にそういうことにしておきました」


 ヨナハンはオルソンから数枚の書類を渡され、ざっと目を通しながら言った。


「実際のことは…真夜中に村の裏山から明るい光が上がるのを観測し、行ってみたら三人が倒れていた、とオルソンさんが言ってました。村人たちの証言もほとんど一致していますし。そして皆さんは…」


 少し間をおいていたヨナハンは、適当な言葉を選んでいるようだった。


「皆さんは別の世界から来たと言っているようですね。

 確かに皆さんのお名前は、私としては初めて聞くアクセントと発音の名前です。あ、もちろん私の知識が浅くて経験も短いからそれは当然のことですが…」


「そんなこと言わないでください。弱冠の年で神学校を優秀な成績で卒業し、様々な能力まで身につけた方ではないですか? 将来有望な期待株として教団からも注目されていると聞きましたよ」


 ただ若い司祭だと思ったら、実はすごい人物だったのか。しかし、オルソンの褒め言葉にもヨナハンは笑いながら手を振るだけだった。


「ハハ。そんな立派な方がいらっしゃるなら、私も一度お会いしたいですね。ともあれ、話を元に戻しましょうか」


 笑いに満ちたヨナハンの顔はそのままだが、細くなった彼の目は真剣になっていた。






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