瀬戸日奈は浮かんでいた。
上も下も前も後ろもない空間。
手足の先の感覚ははっきりと感じられたが、見慣れない浮遊感で日奈は気が狂いそうだった。 一生感じたことの無い恐怖と不安で心臓は鼓動が聞こえるほど騒いでいた。いっそ気を失ったら楽になれるはずなのに。
思い出せる最後の記憶は、自分がついさっきまで教室にいたってこと。
足原君と双美さんと一緒にいたこと。
そして、突然現れた明るい光に飲み込まれてしまったとのいうこと。
日奈にとって、これらすべては理解できないことばかりだった。自分の経験と知識、そして理解を超えた事態に、彼女は苦しみながら頭を抱えた。
「すまん、すまん。怖がらせるつもりはなかったのにね」
「だ、誰ですか!?」
いきなりの声に驚いた日奈は思わず叫びながら、声が聞こえた方に身を向けた。そこにはいつの間にか小さな女の子が一人立っていた。
空間の中にただ浮いている日奈とは違って、少女はまるで地面に立っているように腰を伸ばして楽に立っていた。ふわふわで可愛い服装の少女は、彼女ほど長い杖を両手で持っていた。
外見だけ見ると小学生くらいかな?
薔薇色の頬と濃いふたえまぶたが可愛い女の子だったがその瞳と目が合った瞬間、日奈は気づいた。今、自分が向き合っているのが平凡な人じゃない…いや、人間でさえもない存在であることを。
「うぅん、誰と言えばいいんだろう。 あなたたちの概念では神と言うのが一番近いかな」
「か、神?あ、いや…神様?」
「でもそう呼ばないでほしいんだけど」
少女は唇を尖らせ、不機嫌そうに首を傾げた。
「私が神様だ、とか言ってたらまるで中二病みたいに聞こえるじゃないか。 私はそんな存在じゃないわよ。
ただ君たちよりもう少し上の次元で暮らして、働いて、そして君たちの世界を管理することだけだよ」
「そ、それが神様…ってことじゃないんですか?」
「別に私が君たちを創造したりしたわけでもないもの。 とにかくそう呼ぶないで。 嫌だから」
「それじゃ何だと…」
日奈はどうすればいいのか分からなくなって、すっかり泣き顔になってしまった。その様子を見て、少女は面倒くさそうに手を振った。
「どうせ私を呼ぶこともめったにないだろうけど、こうして出会ったのも何らかの縁だから教えてあげるよ。私はことはアヴサラと呼んでね」
「あ、アヴサラ様。 あの、私は…」
「あなたのことはもうよく知ってるわよ、瀬戸日奈。それに、実は私たちがこうして会うことも、元々ならあってはならないこと。 でも…」
アヴサラは黙々と日奈を見つめた。
杖を握った両手に力を込め、背筋を伸ばしたアヴサラは、日奈に向かって直角に腰を曲げた。
「……………へ?」
「ごめんね、瀬戸日奈」