コボルドの襲撃から約一ヶ月が経ち、私はすっかりショックから立ち直っていた。 むしろオルソンについて毎日村の仕事を手伝いながら規則的な生活を送ったおかげか、コバフ村に来た時よりもっと元気になっていた。
村で育てたオーガニック食材を使った食事を食べて、体を動かす労働をして汗を流す。一日中溜まった疲れは、荒れたベッドでもぐっすり眠れるようにしてくれる。
このような生活を1ヶ月以上続けてるから、健康にならないわけがなかった。そしてそんな私を、オルソンは村のあちこち連れて回りながら仕事をさせた。
私としてはむしろありがたいことだ。 やることもなくただお世話になっているだけなら、それは単なる迷惑に過ぎないから。そういうのは私自身が耐えられなかった。
今日は一緒に村の周辺を回りながら古い垣根を修理することにした。地味だけど必ず必要なことでもある。私たちは壊れた部分に木を重ねたり、緩くなった釘を再び打ちのめしたりしながら雑談を交わした。
「
「そう、この村には教会がないからね。時々バレンブルク市の教会から巡回司祭が来て、コバフのように人里離れた村を訪問してくれるんだ」
「ところで私たちが司祭に合わなきゃいけない理由があるんですか?」
私は首をかしげた。
そういえば、この国の宗教については知っていることも、聞いたことも全くなかった。っていうか、宗教があるってこと自体も初耳だ。この一ヶ月間、コバフの人々が祈る姿など一度も見たことがないような気がするけど。
「ああ、あるとも。まずは住民登録の問題がある。
一応君たちがコバフ村に住んでいるから、それが誰であろうと教籍に入る必要がある。そうしてこそ、君たちの身分も公式に認められるようになり、私も君たちをもっと助けることができる。それに…」
「それに?」
「教籍に名前がないと少年が結婚したくなった時に困ることになるぞ」
…だから、そんなつもりないってば!
とにかくこの国、ゼロガム王国には現代日本のような本格的な住民登録のシステムがなかった。代わりにその役割を宗教界が担うことになっているらしい。
事実上、教会がこの国の唯一の宗教で国教ってわけだ。すべての国民は自動的で義務的に教籍に載ることになり、またその教籍をもとに住民の詳細を把握できる。たとえば、税金や徴兵などの行政的な部分にも役に立つ、というのがオルソンの説明だった。
「もう一つは君たちの出現、そのものについてだよ」
「私たち…ですか?」
「そう。俺たちとしては君たちがどうやってコバフに来られたのか到底知ることが出来ないんだ。まあ、田舎の連中同士で考えても仕方ないけどさ。
だから、大きい教会から来る賢いさんに聞こうというのが、村の長老たちの考えなんだ」
これも一通りつじつまが合う説明だった。
この世界への転移は、私たちが知っている科学でも説明できないもっと超自然的な力が作用しているに違いない。何よりもここの人々の言葉を我々が理解できるように変換してくれる力? 魔法? 何なのかは分からないけど、とにかくそのシステムからがミステリーだ。
ならば手当たり次第に、宗教でも何でもいいから手掛かりを探さなければならなかった。
それに…
「どうしたんだい、ホウジ少年?悩みでもある?」
「な、何でもないです。 オルソンさん。 じゃあ、その巡回司祭という方がいらっしゃったら、私たちに会わせてください」
「ああ、任せておけよ。 俺がうまく言っておくから」
オルソンは得意げな笑みを浮かべ、再び作業に戻った。彼についてせっせと動いたが、そうしながらも私は一ヶ月前のことを思い出さざるを得なかった。
コボルドが襲ってきたあの日の夜のことであった。