「気になるなら、入ってみるか?」
「い、いえ、決してそんなつもりではなく……」
なんだか、前に一緒に来たときも、こんなやり取りをしたような気がする。
ちょっと気になって、つい立ち止まってしまった私が、悪いのかもしれないけれど……
私が思わず立ち止まって見たのは、ショーウィンドウに飾られたコートだった。
とてもあったかそうで、ふわふわとしていて、かわいいな、と思ったのだ。
もちろん、そう思っただけで、欲しいとか、買ってほしいなどと考えたわけでは、決してない。
この世界にも、私がいた世界と同じく、春、夏、秋、冬、という季節があるようだ。
私がこの世界に来たのが秋、今は冬なのだそうで、冬が最も寒い季節というのも、私の世界と同じだった。
そして、こうして冬を迎えて寒くなる少し前、きっとジーク様がまたルイスさんに指示をしたのだろう。
寒い季節にぴったりな、ふわふわもこもことしたあったかいお洋服が、お部屋に一気に増えたのだ。
さらに、ママも冬用のお洋服をたくさん買ってくれたみたいで、ジーク様のお邸に届けてくれた。
おかげで私のお部屋には、たくさんの冬用のお洋服がある。
これ以上、新しいものを買ってもらう必要なんてない。
「今、用意していただいているもので十分ですし、新しいお洋服を見る必要は……」
それに、ジーク様が用意してくださった冬用のお洋服のおかげなのだろうか。
寒い季節、と言われているが、こうしてお外に出ていても、風は少し冷たく感じるが、寒さに震えて辛いということはなかった。
私の世界の冬は、暖かいコートを着ていても、寒いと感じることもあったし、出かけたくないと思うような日もあった。
けれど、ありがたいことにこの世界の冬ではそんな風に感じたことはなく、非常に過ごしやすく快適だ。
もしかすると、この世界の冬は、私の世界の冬ほど寒くないのかもしれない。
「まぁ、せっかく来たんだし、見てみるくらいいいだろう」
「え?いえ、本当に……」
必要ないんです、と言う前に、ジーク様はお店の扉を開けてしまった。
中に居た店員さんたちが、一斉にこちらを向いたような気がする。
なんだかとっても、逃げられないような気しかしない。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「そこに飾ってある、コートを見せてくれ」
「すぐにお持ちいたします」
「あ、あの、ジーク様、私は本当に……」
なんとなく、ここで試着をしてしまったら、もう何も買わずに立ち去ることなんてできないような気がする。
いや、店内に入った時点で、もしかしたらもうダメかもしれないけれど。
そんな私の不安を余所に、店員さんはあっという間にコートを持って戻ってきてしまった。
お仕事がとっても早いようだ。
「こちらでよろしいですか?」
「ああ。試着させてやってくれ」
「かしこまりました。お嬢様、どうぞこちらへ」
私は結局、お断りすることもできず、着ていたコートを脱がされ、あっという間に飾ってあったコートを羽織らされた。
しかし、羽織ってみて、あれ?と思う。
「少し大きいか」
「そ、そうですね……」
サイズも確かに、私には少し大きい。
見事にぶかぶかで、手がちゃんと出てこないし、丈もちょっと長すぎる。
それを見て、店員さんがすぐに小さいサイズをお持ちします、と走って行った。
けれど、私が気になったのは、サイズではなかった。
「こちらのサイズでしたら、いかがでしょう?」
「ああ、それならちょうどいいみたいだな」
店員さんが新たに持って来てくれたコートは、サイズはぴったりだ。
ふわふわとしたデザインはやっぱりかわいらしく、とても暖かそうにも見える。
けれど……
「どうした?気に入らなかったか?」
「あ、えっと、その……」
先ほどまで着ていたコートより、このお店のコートの方が見た目は暖かそうに見えたのだ。
けれど、ジーク様が買ってくれたコートの方が質がよかった、ということなのだろうか、あちらの方がはるかに暖かい。
というか、このコートを羽織ってから、なんだか少し寒くなったようにさえ感じる気がした。
「なんだ?気になることがあるなら、言ってみろ」
そうは言われても、さっきのコートよりはるかに寒いだなんて、ここの商品の品質が悪い、と言っているようで店員さんの前では言いづらい。
私は、少し悩んで、くいっとジーク様の手を引いた。
「少し、しゃがんでもらえますか……?」
そうお願いしてみると、ジーク様は少し不思議そうお顔だったけれど、しゃがんでくださった。
私はジーク様の耳元に顔を寄せ、なるべく店員さんに聞こえないように、ここのコートに着替えるとさっきより寒く感じると伝えた。
すると、なぜかジーク様は笑いだしてしまった。
「こそこそと話すから、何を言うかと思えば……っ」
「だ、だって、こんなお話、お店の方に失礼かなって……」
ジーク様は笑いながら、ぽんぽんと私の頭を叩く。
笑うのを止めようとされているみたいだけど、耐えきれない、といった感じだろうか。
「さっきまで着ていたコートには、防寒魔法がかかっているだけだ。このコートも気に入ったなら、ちゃんと防寒魔法をかけてやるから、安心しろ」
「防寒、魔法……?」
私は慌ててさっきまで着ていたコートの元へ駆け寄り、手に取ってみる。
言われないとわからないけれど、言われてみれば、わずかにジーク様の魔力を感じる、ような気もする……
「おまえは感覚が鋭いから、てっきり気づいているかと思っていたんだが……」
「全く、気づいてませんでした……冬なのに暖かいな、とは思っていたんですけど、その、この世界の冬は、そんなに寒くないのかな、って。全て魔法のおかげだったんですね……」
「おまえの冬服を用意した時に、全ての冬服にかけておいたんだ」
この世界の冬は、私の世界よりも過ごしやすい、だなんて呑気に考えていた自分がなんだか恥ずかしい。
寒さをあまり感じなくて済んだのは、全て、ジーク様のおかげだった、ということだ。
「ここでは、皆さんこういう魔法を使っているんですか?」
「いや、皆、ではない。魔法を使えないものも多いし、使えるものが全て、こういった防寒魔法を使えるわけでもないからな」
つまり、冬服に防寒魔法をかけるのが、この世界では一般的というわけではない。
ただ、ジーク様は私のためを思って、かけなくてもよかったのに、わざわざかけてくださったのだ。
「だが、叔母上が届けてくれた服には、全て叔母上が防寒魔法をかけていた。使えるものは皆、考えることは同じ、ということだ」
確かに、ママが買ってくれたお洋服を着ている時も、寒くはなかった。
ママもジーク様と同じように、私が寒くないように考えていてくれたんだ。
「おまえは体調を崩しやすいようだから、寒い冬は尚更風邪をひきやすいのではないかと、叔母上も心配だったんだろう」
ママも……つまり、それは、おそらくジーク様も。
私の体調不良のほとんどは、この世界で無理して魔法を使ったことによる代償だったけれど。
それでも、魔力が回復しないことで、ちょっとしたことで疲れてしまうので、その分、体調を崩しやすいというのは否定できないかもしれない。
高熱を出して、ジーク様だけではなく、パパやママにまで心配をかけてしまったことだってある。
そういった経緯があったからこそ、2人ともここまでしてくれたのかもしれない。
「つまり、そのコートが、暖かければ問題はないんだな?」
「へ……?あ、いえ、そういうことではなく……」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
そこからは、あれよあれよという間に話が進んでいき、気づけば私は新しいコートを着てお店を後にしていた。
しかも、買ってもらうことになったのはコートだけではなくて、せっかくだから、と前に街に来た時と同様にこのコートにあう靴はもちろん、マフラーや手袋まで買ってもらってしまった。
ただ、前回と少し違ったのが、あの時は店員さんに着ている服にあう靴を選んでもらったけれど、今回は靴も、マフラーも、手袋も、ジーク様が選んでくださった。
たくさん買って貰ってすごく申し訳なく思う気持ちもあるけれど、そのことがとても嬉しくて、つい喜んでしまっている自分がいるのもまた事実だった。
「寒くはないか?」
「は、はい。全然、まったく……」
寒さなど、感じるはずもないだろう。
だって、購入するや否や、ジーク様がすぐに全てに防寒魔法をかけてくださったのだ。
「随分と気に入ったようだな」
ジーク様が選んでくださったことも、こうして寒くないように防寒魔法をかけてくださったことも、すごくすごく嬉しくて、ついにこにこと笑ってしまったからだろうか。
ジーク様がそんな風におっしゃった。
どうやら、お洋服が気に入ってにこにこしていると思われたみたいだ。
もちろんお洋服もすごく気に入っているから、間違ってはいないのだけれど。
「だが、1着だけで本当によかったのか?」
「十分です!!」
だって、私のお部屋には、本当にたくさんのお洋服があるのだ。
これ以上増えてしまったら、せっかく買ってもらったのに着ないままで終わってしまう服がたくさん出てしまいそうである。
「ジーク様、ありがとうございました」
嬉しい気持ちがずっと続いていて、幸せで、私はそのことにお礼を言った。
すると、ジーク様はふわりととても優しく笑ってくださった。
それもまた、私はとても嬉しかった。
***
「あ、あのっ!」
ずっと嬉しそうににこにこと笑い続けているリディアの手を引いて、歩いていた時だった。
突然足を止めたリディアが、何やら勇気を振り絞ったかのように声をかけてきたので、俺も足を止めることになる。
「どうした?」
「その……ジーク様はお洋服、見ないですか?」
「ん?ああ、今あるもので不自由はしていないし、特にそんな予定はないが」
そもそも今日はリディアのために街まで来たのだ。
たとえ服を買う必要があったとしても、今そんなことのために時間を使う気など全くない。
そう思いながら返答すれば、なぜかリディアは落ち込んだように俯いてしまった。
「まだ、街で買い物をしたいなら、俺の服ではなく自分のを見ればいいだろう」
先ほどの店にまた戻ってもいいし、他の店でもかまわない。
女は洋服や宝石を見てまわるのが好きだというし、あちこち見てまわって、気に入ったものがあれば遠慮せず買えばいい。
どうせリディアのことだから、高い品物を大量に強請るようなことはしないのだろうし。
「私の服はもういいんです。その、私のじゃなくて……」
そこまで言うと、リディアはなぜか声がとてつもなく小さくなってしまい、なにやら呟いているようだが聞き取れなくなってしまった。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え。他に行きたいところがあるなら、ちゃんと付き合ってやるから」
そう声をかけても、リディアは俯いたまましばらくもじもじとしていた。
だが、根気強く待ってみると、ようやく意を決したように顔を上げ、俺を見た。
「本当に、付き合ってくださいますか?」
「ああ」
「だったら、私、ジーク様のお洋服、選んでみたいですっ!!」
「は……?」
それの何が楽しいというのか。
服を選びたいなら、自分のものを選べばいいだろう。
「服を選びたいなら、俺のではなく……」
「ジーク様のがいいんです!」
思わずため息をつきそうになったが、なんとか飲み込んだ。
しかしながら、俺がすぐに了承しなかったためか、リディアは再び俯いてしまう。
「やっぱり、ダメ、ですよね……」
心底残念そうにそう呟いたリディアを見て、今度は盛大にため息をついた。
「どこの店で見るんだ?候補はあるのか?」
「え……?えっと……」
まぁ、俺が普段着るような服を扱うような店など、リディアが知るはずもないだろう。
当然ながら、店の候補が出てくるようなこともない。
もしかしたら、通りがかりにどこか気になった店でもあったかとも思ったが、決してそういうわけではなさそうである。
「俺が普段利用している店でもいいか?」
「っ!?はいっ!!」
俺が了承の意を示している、と伝わったらしい。
リディアはパッと目を輝かせた。
そんなリディアの手を引き、俺は馴染みの洋服店を目指す。
「俺の服なんか選んでも、つまらないと思うがな」
「そんなことないです、とっても楽しみです」
正直洋服にはそこまでこだわりはなく、いつも無難ににたようなものを選んで買っているにすぎない。
それもあってか、さして面白みのあるようなことには到底思えなかったが、リディアは自身の服を買いに行く時よりも楽しみにしているように見える。
がっかりさせてしまうのではないだろうか、そう考えると自然と足取りが重くなっていくような気がした。