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ep.056 嬉しい選択


 久々にジーク様と訪れた街は、前回来た時よりも寒い時期だったためか空気が澄んでいるような気がする。

 でも、今日もミアさんにもこもこなお洋服をたくさん着せて貰ったおかげかそんなに寒さは感じない。

 雪が積もったりすると歩きにくかったりもするが、今日はそんなこともない。

 絶好のお出かけ日和かもしれない。


「まずは文具を見に行くか。筆記具も便箋もそこで買えるだろう」


 ジーク様はそう言うと、今回もしっかりと手を繋いでくれている。

 私が迷子になってしまわないように、ということかもしれない。

 前回は迷子にならなくて済むという安心感も確かにあったけれど、それ以上に緊張が勝っていたような気がする。

 けれど、今は緊張感なんてすっかりなくなって、安心感とわくわくする気持ちでいっぱいだった。

 よく一緒に散歩したりしているからだろうか、こうして並んで歩くだけでほっとするような気がする。




「うわぁ、いっぱい……」


 とりあえず封筒と便箋が売っている場所まで来たのだけれど、数が多すぎて1つに決めるのはとても大変そうだ。

 お花の絵が描いているようなかわいらしいものもあれば、シンプルなもの、おしゃれなデザイン、本当に様々だ。


「わ、これは剣のイラストが描かれてる」


 おじ様が喜ぶかもしれない、なんてちょっと思う。

 便箋に描かれた剣までお好きかどうかは、わからないけれど。


「こっちは紙の色が変わってておもしろい!あ、こっちは動物が描かれてる、これは猫かな、かわいい」


 次から次へといろんな便箋が目に入り、目移りしてしまう。

 見てる分には楽しいけれど、この中から1つなんて、選べるだろうか……


「あ、あの、ジーク様はどれがいいと思います……?」

「おまえが気に入ったものでいいだろう。1つに決めなくてもいい。気に入ったものは全て買っておけ」


 とても1人では決断できる気がしなくて、助言が欲しかったのだけれど。

 ジーク様のお言葉は私が求めていたものとは、大きく異なっていた。


「いえ、そんなにたくさんは……」

「いくつかあった方がいいだろう、あって困るものでもない。この機会にいろいろ買っておけ」


 ジーク様はそう言うと、いくつか手にとっていく。

 私が最初にいいな、と思ったかわいいピンクの花が描かれた便箋。

 その近くにあって目に留まった、流れる水をイメージしたようなシンプルな便箋。

 それから、剣のイラストが描かれたものに、うさぎの絵が描かれた便箋まで。

 けれど、色が変わっていておもしろいと言ったものや、猫が描かれたものは、選ばれなかった。

 おもしろいと思った方は、文字が描きにくそうなので、見てる分にはいいけれど使いにくそうだと思った。

 猫の便箋についてはかわいいかったけれど、その隣にあったうさぎの便箋に気づいて、そっちの方がもっとかわいいと感じた。

 けれど、そこまで言ったわけではもちろんない。

 私のことをよく見てくださっているのか、はたまた以前お洋服を一緒に見に行った時に言われたように、今回も全部顔に出てしまっているということなのか……

 思わずぺたぺたと自分の顔を触っていると、ジーク様が笑いだした。


「気に入ったものは、外れてはいないようだな」

「は、はい……」

「他にも気になるものはあるか?」

「い、いえ、それだけあれば十分かと……」


 私がそう言うと、なぜかジーク様は考え込んでしまわれた。

 それから、数ある便箋をきょろきょろと見ている。

 ジーク様も、便箋が必要なのだろうか。

 ここにあるのは比較的かわいらしいものが多いので、ジーク様がお使いになるイメージはあまりなかったけれど。


「これと、そうだな、あとは……これも悪くないか。あと……ああ、これにするか」


 ジーク様はそんなことを言いながら、3つほど便箋を見繕って私に見せてくる。


「わっ、かわいい」


 私は並んでいた中から見つけ出せていなかったけれど、どうして目につかなかったのか不思議でならないくらい、どれもかわいらしくて私の好みのものだった。

 けれど、これを使ってお手紙を書くジーク様は、ちょっと想像ができない。


「気に入ったみたいだな」

「それ、ジーク様がお使いに……?」

「そんなわけないだろう。これだけでは少ないと思ったから、追加しただけだ」


 つまり、私のために選ばれたもの。

 そう思うと、なんだか顔が熱くなるような気がした。

 だって、こんなピンポイントで私の好みのものばかり選んでくるなんて、思わない。


「これくらいあれば、十分だろう。まだ欲しいなら追加してもいいが」

「も、もう、大丈夫です……」


 私はとても驚いたし、心臓だってすごくドキドキしていて落ち着かなくて、心がとっても忙しいのに、ジーク様はまるでなんでもない事のように落ち着いていらっしゃってちょっと悔しい。

 そんな私に気持ちに気づいているかはさっぱりわからないけれど、ジーク様は片手で選んだ便箋を持ち、もう片方の手で私の手を引いて、あっという間に筆記具のあるところへと移動してしまった。

 筆記具についても、ジーク様はやっぱり好きなものを選ぶように言ってくださった。

 けれど、私の世界で使っていたものとは少し違っていて、選ぶのがとても難しい。

 単純にかわいい、きれい、と思うものを選んでも、使い慣れていない私には文字が書きにくかったりするものも多かった。

 結局、ジーク様に、使いやすいものを選んでもらって、その中から好みのものを1つ選んだ。

 買ってもらうのは申し訳ない、と思っていたけれど、こうして自分のものとして買ってもらうとすごく特別感を感じたし、もっと文字の勉強をがんばろうと励みにもなるものだった。






 ***


 リディアは非常に嬉しそうに、買ったものが入った包みを抱えている。

 持ってやると言ったのだが、自分で持ちたいと言って譲らなかった。

 便箋も楽しそうに選んでいたが、それ以上に嬉しかったのがどうやら筆記具のようだ。

 最初は目についたものを手にとっていたものの、試しに使ってみるとうちにあったものより書きにくかったらしく、困ったような表情を浮かべていた。

 そこで、子どもでも使いやすいだろうものをいくつか見繕ってやれば、今まで使っていたものよりもずっと使いやすいと喜んでいた。

 今まで以上に勉強が頑張れそうだと瞳を輝かせるのを見て、こんなことならもっと早く買ってやるべきだったと後悔した。


「他に欲しいものはあるか?」


 そう問えば、予想通り首を振った。

 リディアが素直に物を欲しがってくれることは、やはりなかなかないようだ。

 それでも、文字が読めるようになったら、本を買ってやると言えば、それだけは遠慮することはなかった。

 複数買ってやるという提案に対しては、やはりいつものようにそんなにはいらないと言われてしまったけれど。

 だから、今回街に連れて来れば、他に欲しいものも口にするかもしれないと淡い期待をしたのだが、まだまだ難しいらしい。


「これだけで、十分です」


 そう言ったリディアは、いったいその中にどんな高価な商品が入っているのか、と思ってしまいそうなほど包みを大事そうに抱えて、幸せそうに笑っている。

 もちろん、そこに入っているものは宝石等ではない、ただの文具にすぎないので、たいした価値はないのだが。


「なら、他に行きたいところは?」


 そう言うと、リディアはパッと目を輝かせた。

 どこかあるらしい、というのはすぐにわかったのだが、残念ながらそれを言葉にすることはしなかった。


「私は大丈夫です。ジーク様は、どこか行かれたい場所とかないんですか?」


 なるほど、自分よりも俺の希望が優先されなければならない、ということなんだろう。

 俺の用件としては、久々にリディアを街に連れまわし、欲しいものがあれば買ってやる、くらいしかないのだが。


「俺は特にない、がおまえはどこか、あるんじゃないのか?」

「え?いえ、あの……」

「他に用がないなら、このまま帰るだけになるが?」

「あ……、そう、ですよね……」


 ちょっと意地悪だったかもしれない。

 まだ帰りたくはないというのがありありとわかる表情で、リディアは目に見えて落ち込んだ。

 どこか行きたい場所や見たい場所があるなら、まだ帰りたくないと思っているなら、そう言ってしまえばいいものを。

 言わせようとしただけだったんだが、なかなか上手くはいかないものである。


「せっかく出てきたし、どこかでお茶でもするか」


 茶でも飲みながら話をすれば、少しは何か要望を聞き出せるかもしれない、とそう思っただけだったのだが。

 リディアの表情が、わかりやすくパッと明るくなった。

 なるほど、行きたいと思っていたのは、カフェだったか。

 そういえば叔母上たちと街に来た時にも、俺と来た時に入ったカフェと同じカフェに入ったと言っていた。

 もしかしたら、同じカフェに行きたいのかもしれない。


「前に来た時に行ったカフェにするか?」


 それとも、今回は別のカフェの方がいいか、という質問も用意はしていたが、不要なのは明らかだった。

 とても嬉しそうに、こくこくと何度も頷いている。

 そんなに行きたかったのなら、さっさと言ってしまえばよかったのに。

 文句の1つも言ってやろうかとも思ったのだけれど、結局嬉しそうな笑顔を見ているとどうでもよくなり、俺はリディアの手を引いてカフェの方へと歩みを進めた。




「期間、限定……?」

「ほう……読めるようになったか」


 前回来た時は、メニューの文字なんて読めていなかっただろう。

 まだまだ全てが読めるわけではないようだが、ひたむきに努力した結果が、しっかりと出ているようだ。

 しかしながら、今はもしかすると、読めない方が幸せだったかもしれない。

 読めてしまったがゆえに、リディアは今、前回食べたチョコレートケーキと、今回見つけた期間限定のケーキで迷っているようだ。

 おそらく、チョコレートケーキをまた食べたくて、ここへ来たのだろう。

 しかしながら、貴族令嬢たちの興味を惹いているだろう『期間限定』という言葉は、リディアにもばっちりと効力を発揮してしまったらしい。

 決められなくて迷っているリディアを見て、つい笑ってしまいそうになる。


「紅茶は、前回来た時と同じでいいのか?」

「は、はいっ」

「そうか」


 俺は飲み物だけリディアの確認を取ると、店員を呼んだ。

 前回と同じ紅茶を2つ、それからチョコレートケーキと期間限定のケーキを注文する俺を、リディアはただぽかんと見つめていた。






 ***


 前回ジーク様と街に来た時にも入ったカフェで、また一緒にお茶できたらいいな、と思っていた。

 そして、前回と同じように、またチョコレートケーキも食べられたらいいな、と。

 だけどジーク様は今日は他に街にご用がなく、私も用がなければ後は帰るだけだと仰った。

 それなら、他にご用がないなら、長く引き留めてはいけないから、もう帰るしかないかなと1度は諦めたのだ。

 けれど、まさかのジーク様からお茶に誘ってくださって、またこのカフェに来ることができて、私は内心飛び上がりそうなほど大喜びだった。

 そして、久々にメニューを眺めていると、前回とは違って読める単語がいくつかあった。

 頑張ってお勉強した甲斐があった、と非常に嬉しくもあったのだけれど、読めてしまったが故に期間限定のケーキというものを見つけてしまった。

 文字がわからなければ、絵だけで判断していれば、おそらく私は何も気にせずチョコレートケーキを注文して終わったはずだ。

 だって、ここに来たかった理由は、チョコレートケーキだったのだから。

 けれど期間限定のケーキを見つけ、つまりこのケーキは今しか食べられないのだと思うと、せっかくだから1度は食べてみたいという誘惑に駆られる。

 でも、やっぱり、当初の目的だったチョコレートケーキも食べたい。

 そうして、私がいつまでも決められないでいたことで、ジーク様はしびれを切らしてしまったのだろうか。

 紅茶をどれにするかだけ確認すると、店員さんを呼んで注文をしてしまっていた。




 運ばれてきたのは、前回と同じ紅茶。

 それと、私が迷いに迷ったチョコレートケーキと期間限定のケーキ。

 ジーク様はどちらを召し上がる予定で、この2つを注文されたのだろうか、と眺めていると、両方ともご自分の方にケーキを引き寄せたジーク様が、丁寧にケーキをカットしていく。

 わざとなのか、それとも偶然なのかはわからないけれど、きちんと半分ではなく片方が少し大きくなるように、2つとも二分割された。

 ジーク様はそれと、大きい方の2つを1つのお皿に乗せ、それからもう1つのお皿には小さい方の2つが乗るようにした。

 そして、私の目の前に、大きい方が2つ乗ったお皿を差し出してくる。


「ほら、これなら両方食べられるだろう」

「あ……」


 確かに、これなら私が迷っていたケーキ、どちらも食べることが可能だ。

 でも、きちんと半分こでなくてよいのだろうか、ジーク様の方に残ったお皿は私のお皿に乗っているケーキより、明らかに小さくて少ない。


「あ、あの、こちらの方が多いみたいですけど……」

「気にするな。俺はそんなに食べたいわけでもない。食べられるなら、これも全て食べてもいいが……」

「そんなに食べられませんっ!!」

「と、言うだろうと思っていたからな」


 全てお見通しだったみたいだ、そう思うとなんだか気恥ずかしくて、顔が熱くなる。

 ジーク様は私が2種類のケーキで迷っていたことも、2つは食べられないのに決めきれないことも、全部ご存知だったのだ。

 そして、私がちょうど食べられる量が、今目の前に差し出されたくらいだということまでも。

 きっと前回同様、ジーク様はケーキを召し上がる予定ではなかっただろうに、私が2種類食べられるように、余りを引き受けてくださったのだ。

 そのお気持ちが、とても嬉しい。

 また、一緒に同じものが食べられるのも、すごくすごく嬉しい。


「ありがとうございます、ジーク様」


 私はジーク様にお礼を言って、さっそく期間限定のケーキから一口食べた。


「わぁ、おいしい」

「そうか、よかったな」

「はい」


 ジーク様が笑ってくださった。

 それだけで、もっとおいしく感じる気がする。

 ジーク様も、おいしく召し上がることができるといいなと思いながら、今度はチョコレートケーキを食べてみる。

 同時に、ジーク様もチョコレートケーキを召し上がるのが見えた。

 一緒に食べている、そう思うだけで、前に連れてきてもらった時よりもずっとおいしいような気がした。


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