侯爵様は副団長と呼ばれている人に声をかけ、2人で広い場所に移動した。
まるで、対決するために用意されたような広い場所。
すると、やはり団長と副団長の手合わせは特別なのか、騎士様たちがわらわらと集まってくる。
「手加減はするなよ」
「はい、もちろんでございます」
侯爵様と副団長様がそれぞれ剣を構えた。
やっぱり、剣を持って構えるだけで見惚れるほど美しい。
そして、すごくすごくかっこいい。
カキンと、剣のぶつかる音が響いて、二人の手合わせがはじまった。
侯爵様が実力で選ばれたと言っていた副団長様は、侯爵様に圧され防戦一方だ。
だが、手を抜いている様子は全くない。
侯爵様の剣を必死に受けるその姿には、全く余裕がないようだ。
一方の侯爵様の方が、余程余力がありそうだった。
涼しい顔で、私が見ても手加減しているのがわかる。
「やっぱり、団長は別格だよな」
「ああ、あの副団長でも剣を受け止めるのがやっとだ」
「いや、受け止めきれてないだろ、あれ」
「あの人と互角に戦えるの、この国じゃ皇太子殿下くらいじゃね?」
「ああ、あの人もバケモンだよな。絶対護衛とかいらないだろ、近衛兵がかわいそうだ」
騎士様たちの声が聞こえてくる。
やっぱり、侯爵様はすごい人だった。
自分は跡を継いだだけのように話していたけど、そんなことはなかったのだ。
カラン、と音がして副団長様の剣が飛ぶ。
「勝負、あったな」
侯爵様のその一言で、手合わせはあっけなく終わってしまった。
侯爵様と互角に戦えるのは、この国では皇太子殿下くらい。
つまり、お二人がこの国で一、二を争う剣の手練れということなのではないだろうか。
だとしたら、強い魔力を持っていてもそれに驕ることなく、剣術も相当な訓練を積んだのだ。
「これで満足か?」
「はい!侯爵様、やっぱりすごいです!!」
「そうか」
侯爵様は手合わせ後、まっすぐ私のところへ来てくれた。
その姿は汗ひとつなく、息があがることもなく、どこまで涼し気で。
それがまた本当にすごい人だと実感させてくれる。
そして、私の言葉にふわりと笑みを浮かべた瞬間、騎士様たちがざわめきだした。
「団長が笑った……?」
「いや、まさか、そんな……」
「天変地異の前触れか……?」
侯爵様が笑うのは、そんなに珍しいのだろうか。
団長という立場だから、常に騎士様たちにはきびしく接していたのかもしれない。
そして、おそらく、侯爵様にも騎士様たちの声は聞こえているのだろう。
さきほどの笑みは一瞬で消え去って、眉間にしわができた。
今向かい合っている私より、もっと後ろの方を恐ろしく鋭い眼光で睨みつけている。
騎士様たちから、ひぃっという悲鳴が次々とあがっていく。
「どうも暇なやつが多いようだ。お望みなら……」
侯爵様がそこまで言うと、あっという間に騎士様たちが散らばった。
ちっと侯爵様が舌打ちしている。
「侯爵様はいつから剣術を?」
「さあな、気づいたら当たり前のように毎日木剣を振ってたな」
「やっぱり、そうとう鍛錬を積まれたのですね」
「まぁ、代々騎士団長を担う家柄だから、当たり前のように訓練させられただけだ」
「それでも、なかなかできることではないです。努力家なんですね」
「俺のことをそんな風に評価するのは、おまえくらいだろうな……」
「え……?」
それってどういう?
と聞こうとしたところで、目の前に血だらけの騎士様が走り込んできた。
びっくりして、思わず後ずさる。
「だ、団長、大変です……」
「どうした?何があった!?」
血だらけの騎士様は、息も絶え絶えで。
それでも必死に侯爵様に何かを伝えようとしている。
酷い怪我、出血も多い、できれば治してあげたいけど、残念ながら今の私の魔力では無理そうだ。
とりあえず、止血だけでも、と思ってハンカチを取り出して駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
ハンカチを傷口にあてようとして、騎士様に遮られてしまった。
「俺は、大丈夫です……それより、裏の森に、魔獣が出ました……」
「何!?」
「裏の森で、訓練していたものは、みな魔獣にやられて……」
騎士様は時折苦しそうにしながら、必死に言葉を紡いでいる。
魔獣とはいったい、裏の森って……
怪我をしている人がいるなら、助けてあげないと……
「魔獣は倒したのか?」
「それが数があまりにも多く、全ては……」
「チッ」
侯爵様が舌打ちをした。
状況はよくわからないけれど、怪我をしている人たちがきっと危ない状況にいるのだ。
私は騎士様の傷にそっと手をかざす。
その傷をつけただろう力と同じ力を訓練場のさらに奥の方で感じて、私は急いで駆け出した。
***
「待て、リディア!!」
突然自分の前に転がり込んできた血だらけの騎士。
血の気のない騎士を見て、そばにいたリディアまで真っ青な顔になった。
騎士はなんとかここまで戻ってこれたようだが、どうもともに訓練していたものたちは裏の森で動けなくなっているようだ。
魔獣を倒すのが魔法騎士の役目だというのに、数が多かっただけで全て倒せなかったとは情けない。
数名の手練れを連れて救助に向かおう、そう思った時だった。
騎士の傷口から何か感じ取ったらしいリディアが、あろうことか教えてもいない裏の森の方へ走り出した。
慌てて声をかけたが、止まる様子がない。
「副団長、手練れのものを数名編成し、裏の森へ来い!魔獣が出た!」
「かしこまりました」
副団長の返事を背中で聞きながら、俺は急いでリディアを追いかけた。
「リディア!」
魔獣に遭遇する前に、なんとかリディアに追いつけた。
腕をつかみ、それ以上進まないよう引き留める。
「この先は魔獣がいる。危ないからおまえは戻れ」
「大丈夫です。それより騎士様たちが危ないんですよね?早く助けにいかないと」
「それは俺達に任せて、っておい!」
リディアは俺を振り切って、また走り出す。
もう1度腕を掴んでも、止まる様子はない。
「大丈夫です、足は引っ張りません!それよりも急がないと!」
むしろ、腕を掴んだ俺を引っ張るかのように、走り出そうとする。
「危ないことはするな、それから俺のそばを離れるなよ」
「はい!」
返事だけはいいようだが、行動が全く伴っていない。
言っているそばから俺よりも先に魔獣のいる方に行こうとする。
先行きが不安でならないが、ここから1人で戻らせるのも心配だし、と自分に言い聞かせ、せめてリディアより前に行こうとリディアを追い越した。
もうすぐ、騎士たちがよく訓練に使う場所だ、そう思った時だった。
前から2匹魔獣が飛び出してきた。
剣に魔力を込め、2匹ともなぎ倒す。
これで進める、と思ったら、次は5匹ほど出てきたので、魔法で多数の刃を飛ばして片づける。
確かに1匹1匹はたいしたことはないが、数はかなり多そうだ。
これだけ倒しても、まだこの奥に魔獣の気配を感じる。
ここに来る前に騎士たちも何匹か倒しただろう数を考えると、この数の出現はなかなか異常かもしれない。
さらに進もうとした時、やや後方から、カサっと低木が揺れる音がした。
「リディア!」
振り向いて叫んだ時には、リディアの右手は光り、魔法陣のようなものが出ていて、そこから剣が出てきた。
リディアはその剣で、飛びかかって来た1匹の魔獣を切り伏せた。
足を引っ張らない、と言っただけはある。
とても素早く無駄のない動きだった。
魔獣がただの剣術では倒せないことも見抜いたのか、しっかり剣と魔力を組み合わせて使っているようだ。
「これが、魔獣……?」
何か思うことがあるのか、リディアはじっと自分が切り伏せた魔獣を見つめている。
「リディア?」
俺が呼びかけると、リディアはハッとして、慌てて駆け出す。
また先を行かれてしまわないよう、近くまで来たところでまたリディアの腕を掴んだ。
「待て。おそらくこの先に騎士たちがいる。それから魔獣も」
「なら、早く行かないと!」
「俺が先に様子を見てくるから、おまえはあとで来い」
「私も行きます!私なら、大丈夫ですから!」
リディアの大丈夫、はおそらく魔獣を相手にしても大丈夫、だろう。
だが、俺が心配しているのはそっちではない。
ここにいる時点であれだけの魔獣が襲い掛かって来た。
ということは、この先にいる騎士たちの無事が保証できない。
もし死体がそこかしこに転がっていた場合、この少女がその光景に耐えられる保証はない。
だが、リディアは譲る様子がない。
仕方がない、とせめてもの気休めにリディアの手を強く握って先へ進んだ。
「ひっ」
案の定というか、血だらけの騎士があちこちに倒れている。
その光景に、リディアは小さく悲鳴をあげ、青ざめた。
だから、見せたくなかったのに。
そう思いながら、魔力で倒れている騎士たちの様子を確認する。
皆気を失っているようだが、息はあるようだ。
「大丈夫だ、全員息はある」
そう言うと、リディアはあからさまにほっとした表情になった。
だが、気は抜けない。
さらに奥、魔獣の気配を多数感じる。
いつ飛び出してくるかわからないそれは、あまりにも数が多い。
「ようやく追いついたか」
後ろから聞こえる複数の足音。
ようやく副団長と精鋭の騎士たちが追いついたようだ。
「遅くなりました」
「おまえたちは倒れている騎士たちを頼む。俺は奥にいるやつらをなんとかする」
副団長も奥の魔獣に気づいたのだろう。
速やかに指示を出し、怪我している騎士たちを少しでも安全な方へと移動させている。
だが、そうしてせわしなく動いたせいか、魔獣が反応したらしい。
5、6匹ほど、まとめて襲い掛かってきた。
怪我人を運んでいる騎士たちが、息をのむのがわかる。
「あれは俺がなんとかする!おまえたちは怪我人を早く避難させろ!」
俺はそう叫ぶと、さっきと同様に魔法で多数の刃を出して魔獣を退ける。
だが、その後ろから、すぐに次の魔獣たちが押し寄せてきているのが見えた。
もう一度、そう思った時だった。
「侯爵様、下がってください!」
「は?何を馬鹿なことを……」
言っているんだ、とまでは続かなかった。
なぜならリディアは地面を蹴り、魔法を使ってかふわりと俺の背丈よりも高く飛び上がった。
そして、あろうことか俺の前に出たのだ。
「待て、危ない!」
俺がそう叫んだ時には、リディアは空中で剣を振る。
一瞬、何もない空気を切っただけに見えたが、そこから眩い光が溢れ、その光が瞬く間に広がって魔獣をきれいさっぱり消し去った。
飛びかかってきていた魔獣だけではなく、おそらくその後ろに潜んでいたであろう魔獣まで全てが。
あの魔法は、いったい……
「すげぇ、たった一撃であれを全部……」
騎士たちが自身の役目を忘れ、呆然とリディアを見つめている。
無理もない、俺でさえかなり驚いている。
「リディア、怪我はないか?」
「はい、私は大丈夫です。それより騎士様たちの手当てを……」
「それは騎士たちにまかせておけ。慣れているから」
そう言えば、リディアは安心したように息をはいた。
それから、リディアの右手がまた光り、剣がそこに吸い込まれるように消えていく。
「剣を、持っていたんだな」
「はい、昔、父に作ってもらった剣です。便利でしょう?」
リディアはそう言って手のひらを見せて笑っている。
身体にしまっているのか、仕組みはよくわからないが普段から持ち歩かなくていいのなら確かに便利そうだ。
ペンダントくらい小さくなるような魔剣は見たことあるが、影も形もなくなるものははじめて見た。
魔法の知識にはかなり精通しているつもりでいたが、リディアと出会ってから自分には思った以上にまだまだ知らないことがあるのだと思い知らされる。
騎士たちが順番に怪我人を運び、倒れている騎士はいなくなった。
魔獣ももうどこにもいない。
あとは戻るだけか、そう思った時だった。
ぐらりとリディアの身体が傾く。
その身体が地面へと倒れ込む前に、俺はあわててリディアの身体を支えた。
「どうした?どこか怪我をしたのか!?」
『プリンセス!!』
またか、と思う。
なんだか非常に既視感を覚える光景だ。
真っ青な顔色のリディアを、リディアのペンダントから現れた水の精霊が心配そうに声をかけている。
「大丈夫、ちょっと疲れただけ。思ったより疲れるみたい、この世界で魔法使うの」
リディアはそう言うと、困ったように力なく笑った。
「このくらいなら、へーきかなって思ったんだけど」
「あれは結構な魔法だっただろう」
あの数の魔獣を一掃したのだ。
簡単な魔法、とはいかないだろう。
ただ、若干俺の中で疑問が残っていることがある。
あれは果たして本当に魔法だったのか。
なんとも言えない違和感が、俺の中でくすぶっている。
「とりあえず戻るか」
俺はリディアを抱き上げて、とりあえず来た道を戻ることにした。
「今日の訓練はここまでだな」
「はい……」
さすがにリディアももう動けないのだろう。
異論はなさそうだ。
「まぁ、魔獣討伐までしたんだ。身体を動かすには十分すぎるだろう」
だが、適度な運動の範囲を軽く飛び越えて疲れ切っているリディアを見ると、本来の俺の目的であった食事量を増やす方が達成されるかは非常にあやしいところだ。
疲れすぎていて、食欲があまりないと言われそうな気がしている。
「まぁ、追々だな」
「え?」
「いや、なんでもない」
俺はなるべくリディアに負担をかけないよう、ゆっくりと歩き出した。