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55. 山道

 晧月はまたか、と深いため息をついた。

 重華は気づいていないようだけれど、晧月の視界に1人の妃嬪の姿が映る。

 どうやら、晧月と重華に声をかける機会を伺っているらしい。


「重華、具合が悪そうな振りをして、朕に凭れ掛かれ」

「え……?」


 突然のことに驚いたけれど、重華の視界にも1人の妃嬪の姿が目に入った。

 重華は慌てて俯き、控え目に晧月に寄りかかった。

 すると、ふわりと身体が浮き上がる。


「へ、陛下っ!?」

「しっ!じっとしてろ」


 思わず声をあげてしまったけれど、晧月に言われて重華は慌てて口を噤み、俯いてただじっとすることだけに努めた。


「よし、それでいい」


 重華の様子に満足そうに笑うと、晧月は重華を抱えなおした。


「無理をさせてしまったようだ。すぐに寝殿に戻ろう」


 妃嬪に聞こえるように、あえて少し大きめの声でそう言うと、晧月は寝殿の方へと歩きはじめる。

 すると、近くにいた妃嬪は肩を落とし、諦めたようにその場を立ち去った。

 けれども、晧月は重華を降ろす様子はまるでない。

 結局、寝殿にたどり着くまで、重華はただ黙ったまま俯いて、ひたすらじっとしていた。






 せっかくだから、離宮の中であちこち連れまわしてやりたい。

 晧月は当初そう考えていたものの、他の妃嬪もいる中では難しそうだと判断し、あっさりと断念した。


「明日、離宮の近くにある、景色のいいところに行ってみないか?」


 代わりにと、晧月が考えたのが、離宮の外に出てしまうことである。

 ちょうどすぐ近くに、晧月が幼い頃によく通った、お気に入りの場所がある。

 離宮滞在中に、一度は重華も連れて行きたいと考えていた場所でもあった。

 まずはもう少し2人で離宮内をまわってから、と考えていたため予定より少し早まってしまった。

 だが、それも悪くないだろうと晧月は提案してみると、重華はとても嬉しそうに笑っていた、その時は……


(これ、いつまで続くの……?)


 重華は、目の前に続く山道を、絶望感を覚えながら見上げた。

 舗装された皇宮や離宮内と違い、でこぼことしている道というだけでも歩きにくい上に、ひたすらに続く上り坂。

 一歩一歩と歩みを進めるだけでも非常に大変で、あっという間に重華は疲れ果て、肩で息をする状態になった。

 それなのに、見上げる先には山道が続く様子しかなく、とてもではないが目的地が近くにあるとは思えない。

 まだまだこの道を歩き続けなければならないのだと思うと、重華は心が折れそうだった。


「どうした?」


 重華とは違い、涼しい顔で前を進む晧月が重華を振り返った。

 気づけば晧月との間で距離が開いてきてしまっており、重華は慌てる。

 晧月を待たせてはいけない、早く追いつかなくてはいけない、そう思うけれど、気持ちだけが焦り、足はなかなか上手く動いてはくれない。

 気を抜けばその場に座り込んでしまいそうな状態で、それでも重華はなんとか晧月に追いついた。


「お、待た、せ、して……」


 申し訳ありません、そう言いたいのに息があがって、それ以上言葉を発することができない。

 ぜいぜいと荒い呼吸音だけが、重華から発せられる。


「苦しそうだな、少し休むか」


 重華は慌てて首を横に振った。

 晧月は全く疲れた様子などないのだ、重華のせいで目的地への到着を遅らせるわけにはいかない。


「だい、じょ……」


 大丈夫だと言って、問題ないと証明するように一歩踏み出そうとした時だった。

 上手く力が入らないせいか、踏み込んだ瞬間体勢が崩れ、そのまま地面へと倒れ込みそうになる。


「っぶな……っ」


 咄嗟に手を出した晧月に抱えられる形で、重華はとりあえず地面に倒れることは回避できた。

 しかし、慌てて晧月から離れようとするも、足に力が入らず上手くいかない。

 何か言わなくては、とも思うけれど、荒い呼吸を吐くことしかできない。

 そんな重華を見て、晧月はため息をつくと、重華を抱き上げる。


「へい……」

「大丈夫だから、ちょっと黙ってろ」


 そう言うと、晧月はきょろきょろと辺りを見渡す。

 晧月の目に映るのは、重華が座るのにちょうどよい大きさの小さな岩と、凭れ掛かるのに十分な太さのある大きな木。


(凭れられる方がいいか)


 腕の中でぐったりとする重華の様子を見ながらそう判断すると、大きな木の方へと向かう。

 そして、木に寄りかからせるように、重華をその場に降ろした。


「喋らなくていいから、まずは落ち着け」


 降ろされた途端、重華がまた何か言おうとしているのを感じ、晧月はすぐさまそれを遮るようにそう言った。


「足を痛めたりはしてないか?」


 問えば荒い呼吸の合間に、こくんと頷きが返ってくる。


「なら、いい」


 倒れそうになった時、足首を捻ったりしていないか晧月は心配していた。

 しかし、とりあえず息があがるほど疲れ果てている以外は、何事もなさそうだ。

 晧月は安堵の息を吐いて、重華の隣に腰を降ろした。


(まったく、どうしてこうなる前に、疲れたと言わないんだっ)


 ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、必死に呼吸を整えようとしている重華の背中をさすりながら晧月は思う。

 しかしながら、注意深く見ていなかった晧月にも非はあったとも思っている。

 早く重華を連れて行きたいという気持ちから、重華の歩調を考えることもなくつい急いでしまったことも否めない。

 そう思うと重華ばかりを責めることなどできず、晧月はただじっと重華の呼吸が落ち着くのを待った。




「だいぶ、落ち着いたな」

「は、はいっ、もう、大丈夫です」


 呼吸が少し落ち着いてきたところで、晧月から声がかかり、重華は慌てて立ち上がろうとした。

 しかし、晧月の手がそれを阻むかのように、元の場所に座らせる。


「そう、急がなくていい」

「でも……」

「こうしているのも、悪くないだろ?」


 重華はそう言われて、ようやく周囲を見渡した。

 呼吸を落ち着けることに必死でよく見れていなかったけれど、落ち着いて見ると木がたくさん生い茂る様子も、生い茂る葉の合間からきらきらと陽射しが差し込むのも、とても綺麗だった。

 ゆっくりと深呼吸して空気を吸い込むのも、とても気持ちがいい。

 重華の表情に、自然と笑みが浮かぶ。


(今度こそ、本当に落ち着いたようだ)


 先ほどは落ち着いてきたようでも、まだまだどこか焦りが見えたていた。

 けれど、今は表情から非常に落ち着いており、晧月はようやく安心できる気がした。


「そろそろいいだろう、ほら、負ぶってやるから乗れ」


 重華の呼吸もすっかり落ち着いて、これなら動いても大丈夫そうだと判断した晧月は、重華の前へ背を向けてしゃがみこんだ。


「え……?だ、大丈夫です、私は自分で……っ」


 重華は一瞬、何を言われたのか理解できなかったが、遅れて理解するととんでもないとおろおろしながら断ろうとした。

 けれど、晧月は重華が断ることを、許容する様子はない。


「いいから。この方が早く着く。朕はそなたを早く連れて行きたいのだ」

「で、でも……っ」

「朕に背負われるのは、嫌か?」


 重華は慌ててふるふると首を振った。

 ちょっと、いやかなり緊張はするけれど、嫌悪感を抱いているわけでは決してない。

 ただ、晧月にこれ以上迷惑をかけたくないだけだ。


「嫌じゃないなら、問題ないだろう」


 いや、問題はあると思う。

 重華はそう思ったのだけれど、疲れのためか上手く思考が働いてくれず、反論の言葉が何も出てこない。

 結局力なくこくんと頷いて、申し訳なさを抱えながら、晧月の背に負ぶさることとなった。

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