目の前にあるのは千葉県のJR
川を越えて西へと一駅行けば都内に入り、東へ少し歩けば『中規模のショッピングモール』もある。
どちらも人が集まる場所なだけに、どちらに向かおうか悩む。
とはいえ、まずは駅周辺の探索かな?
周辺の建物自体は、どれも壊れている部分もなく、単純に人がいなくなった不気味な街といったところだ。
そのどこかに隠れている人間がいるかもしれない。だから、丁寧に探索していこう。
今の俺にはゾンビ程度なら、やられることはないと思う。
魔法が使えるのなら、とっさの盾の
グゥーと、お腹が鳴る。
「腹減ったな。そういや昼ご飯は食ってなかったっけ」
そんな独り言で腹の虫を誤魔化しながら、駅近くのスーパーマーケットへと足を踏み入れる。
と同時に、俺の勘が警鐘を鳴らした。
魔物の気配?
「あ……あああぁああ!」
「うあああ……あうあうあ」
60代くらいの男女が、奥の方からこちらへ向かってくる。
さきほどのゾンビのような俊敏さはないようで、おぼつかない足取りで歩いてくる。まさに、ゾンビ映画で見かけるようなスローな動きをしていた。
最初に見た奴もそうだが、こいつらは俺自身が持っているゾンビのイメージである『腐った死体』とは違っていた。
肌の感じは生きている人間と変わらない。動きだけがおかしいのだ。
高齢ではあるが、痴呆症というわけでもなさそうである。
さて、ゾンビであるなら倒すのに遠慮はいらない。他の魔法の方を試してみるか。
といっても、俺が使えるのは神聖魔法とわずかな攻撃魔法のみ。異世界では後衛で回復役だったから、ソロでの行動なんて久々だ。
「
呪文を唱えると金色に輝く魔法の槍が現れ、狙った方向へと飛んでいく。そして、男のゾンビの胸を貫いた。
だが、ゾンビは手足をバタバタさせながら、その場でもがくように動いている。
「やっぱりゾンビというと弱点は頭かな?
今度は頭に向けて魔法の槍を放った。
「ぐあ!」
呻き声を上げて、男ゾンビの動きが止まる。そして、その瞬間にジュワーっという音とともにゾンビが粒子化して崩れた。
なるほど、倒せば遺体は残らないのか。……いや、もうすでに死んでいるんだったな。
さて、残りの一人の女ゾンビに、別の魔法を試してみよう。
「
これは、本来なら仲間にかけるような回復魔法だ。ガンすら治せる治癒系の上位魔法である。だが、一部のアンデッドにはダメージを与えるというのが、俺の元いた異世界での魔法効果だった。
「あう……あああああああ?」
女ゾンビはクビを傾げるような素振りをしながらも、こちらへの歩みを止めない。
さすがに、そんなに単純じゃないか。
「だったら、
自身に魔法をかける。これは魔法の鎧で、物理攻撃を一定時間無効化するもの。もし、ゾンビに噛まれて感染するタイプであっても、俺自身は傷を負うことはない。
「ガォオ!」
女ゾンビが右腕に喰らいつく。が、俺にはまったくダメージがない。
「回復系を、もう一つ試させてもらうよ。
それは毒を排出する魔法。一部のアンデッドには効いたことがあったので、物は試しだった。接近しないと使えないのが短所ではある。
「ぐぇえ?」
どうせ効かないだろうと思っていたら、ゾンビの動きが止まった。そして、急に鼻血を垂らし始める。
「え? どういうこと?」
魔法をかけた俺が驚いてしまう。
「ぐああああああああ!!」
女ゾンビが頭を抑えて叫ぶと同時に、完全に停止した。
そして鼻から血のようなものたらりとこぼれ落ちる。それは床に血だまりを作り、その血は奥の方へと流れていった。
「倒したのか? いや、男ゾンビは倒したら粒子化して崩れたよな?」
状況を把握できずに困惑する。
「
何か違和感を抱き、床を観察してみる。
鼻から流れ出た血液がなくなっていた。奥に流れていったのではなく、これは逃げたと言った方がいいのだろうか?
そうなるとあれは血液ではなく……スライムのような魔物か?
さっきまで異世界にいたので、そんな考えが頭に浮かんでしまう。
「これって、ゾンビというよりは『死んだ人間に寄生しているナニか』だよな」
もしかしてあのスライムが『本体』で人間に寄生しているのか?
背筋がゾクリとする。
いや、まだ答えを出すのは早い。圧倒的に情報が足りないのだ。
魔力が存在している事に関しても、まったくわかっていないのだから。
とりあえず、危機を脱したのでスーパーの中で物資を漁る。ここも、棚の半分以上の商品はなくなっていて、生鮮食品等は腐るか干からびて変色していた。
唯一の食糧のチョコレートバーを一本見つけて、それを頬張る。
久々に広がる甘さに、疲れが癒されるようだった。そういや、異世界って甘い食べものは少なかったからな。懐かしい味でもある。
改めて周りを確認する。
棚から食品類がなくなっているということは、生きている人間がどこかに避難していて、時々漁りにきているといったところか?
生存者の痕跡なら希望が持てる。
この廃墟の街を探すよりは、避難所を探した方がいいかもしれない。
動きがトロいゾンビがほとんどなら、一般の人間にも対処しやすいだろうし、固まって暮らす方が安全なはずだ。
探すとしたら避難所として機能しそうな場所だが……どこにある?
あの程度のゾンビなら、周りを高い塀で囲まれている場所でも大丈夫だろう。動きは鈍いし、知能も低そうだからな。
「となると、災害時の定番な避難所としては『学校』か」
歩いて10分くらいのところには、俺が卒業した中学もある。そこへと向かうことにした。
**
目的地である中学校へと向かう途中で、人の悲鳴のようなものが聞こえる。
「いや! 来ないで!!」
やはり学校のある方へと向かって正解だ。
交差点の角を曲がると、そこには集団に囲まれている一人の少女がいた。
一瞬、半グレ連中に絡まれているのかと思ったが、よく見れば動きが人間のそれではない。つまり、ゾンビだった。
追い詰められている少女は10代くらいで、白いフレアの花柄スカートに、レースの付いたトップス。黒髪のボブカットの、少し華奢な感じの子だ。
あの子を助けて話を聞けば、この世界の異変の事情がわかるだろう。
「
彼女に一番近づいていたゾンビに魔法槍を飛ばす。もちろん、一発で弱点である頭を狙った。
奇妙な音を立てて崩れ落ちるゾンビ。
他のゾンビは、振り返るように俺のことを見る。残りはあと4匹か。
そういや、まだ試していない魔法があったな。余裕があるときに使うべきだろう。
「
これは神聖魔法ではない。異世界での仲間の一人から教わった属性攻撃魔法の一つだ。
当たったゾンビは体中が燃え上がり、そのまま膝から崩れ落ちて黒焦げとなる。さらに身体が粒子化して崩れていった。
この魔法もゾンビには有効なわけか。
「ならば、
残りのゾンビにも3連続で攻撃する。
「大丈夫か?」
俺は呆然としている少女に声をかける。
「えっと……あ!」
振り返った少女と目が合う。わりと可愛い子だった。
そして、驚きの表情で俺の顔をマジマジと見る。というか、なんか俺もこの子を知っているような……。
「せんぱい?