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北西方向から少しずつ地面が盛り上がる丘陵地帯に入る。
土質が粘土質ではなく砂混じりになり、足を取られる頻度は減っていく。
「ここなら少しは歩きやすい──」
ハイネが小さく呟いたその時、どこからともなく鷹揚な笑い声が聞こえた。
「へへっ、こんな場所をうろつくとは物好きな……いや、まさか貴族様か?」
視線を向けると、小高い岩場の上に数人の男が立っている。
ボロ布のような服装に、ところどころに安っぽい革装具を付け、手には剣や棍棒を持っていた。
山賊──いや、野賊と呼ぶべきかもしれないが、本質は同じだろう。
金目のものや食料を奪うために、通りがかりの旅人を襲う輩だ。
荒野を行く旅人を狙うため、この辺りに潜伏している連中だ。
「……貴様ら、余たちに何の用だ」
ハイネは短刀を握りしめつつ、背筋を伸ばして挑むように睨む。
数はざっと四、五人か。セイシロウが先ほど森で相手にした追手よりは洗練されていないかもしれないが、油断は禁物。
「へへっ、そりゃあ用といえば金と食い物だろう。お前ら、見りゃそこそこ良い身なりじゃねえか。よく知らんが、ちょっとだけ分けてくれたら見逃してやってもいいぞ?」
指導者らしき男がにやけ面で言う。
セイシロウが一歩前へ出て、ハイネを庇うように構える。
「つまらない争いは避けたい。──が、そちらが譲る気がないのなら、剣を抜くまで」
冷然と放たれたセイシロウの声に、山賊たちは一瞬たじろぐ。
しかし、すぐに仲間同士で顔を見合わせて口々に嘲笑した。
「なんだこいつ、えらく強気じゃねえか?」
「たった二人の旅人だろ? 俺たち五人だぜ。ひとりはやけに細身の野郎だし」
ハイネのことを指しているのだろう。
確かに王族の衣装は泥だらけとはいえ質が良く、もしかしたら金銀を隠し持っていると勘違いしているのかもしれない。
「貴様ら、後悔するぞ」
ハイネが睨むが、山賊たちがにやつき笑いを止めることはなかった。
「お坊ちゃま、そんな睨むなよ。俺たちは食い物と金が欲しいだけなんだ。おとなしく差し出しゃ、害は加えねえ──」
言い終わる前に、セイシロウの剣が抜かれた。
「やれやれ、またか……」
ハイネは小さく息をつく。
山賊たちが相手なら、先ほどのグロウル配下の騎士より格段に弱いかもしれない。
しかし、人数は五人いる。
「殿下、下がっていてください」
セイシロウが淡々と告げる。
すると山賊の一人が「おい、そいつは厄介だ」と仲間に合図を送り、全員が武器を構えた。
たちまち複数の足音が地面を踏みならし、吠え声のような雄叫びが上がる。
彼らは、一気に畳みかけようという方針のようだ。
するとセイシロウは敵の動きを睨んだまま、静かに息を吐いた。
「すぐに終わらせます。そこでゆるりと待たれよ」
すぐに終わらせる──そう言い放つセイシロウは限りなく自然体だった。
強がりではなく、単に事実を言っているだけとでもいうような風情──まさに強者の佇まい。
難儀なものだな、とハイネは思う。
もしセイシロウが“忌み人”などでなければ、とっくにその愛を注ぐ相手など見つかっているだろうにと。
◆
最初に襲い掛かってきた賊の喉を、セイシロウは稲妻のように迅い突きで貫く。
が、それだけではない。
平に寝かされた剣先を横に切り払い、確実な死を与える。
喉を突かれただけではまだ体を動かす余力もあるかもしれないが、そこから更に裂かれてしまえばもはやまともな戦闘行動などとれやしない。
そのまま流れるようにして体をひねり、回転斬りめいた所作で側面の賊の胴を切り裂いた。
「え、嘘だろ……!」
山賊たちは明らかに怯えを含んだ声を上げる。
先ほどのふてぶてしさは消え失せ、慌てふためいて仲間に助けを求めるような視線を送る。
「ほら、全員かかれ!」
「くそっ、こんな剣士がいるなんて聞いてないぞ!」
動揺したまま突っ込んでくる二人の賊。
片方が右側面から剣を振りかぶり、もう片方は左後方から槍のような棒を突き出した。
一見、挟み撃ちに見えるがセイシロウの足運びは微塵も乱れない。
右手に持った剣で槍を軽く払って軌道をずらし、同時に体を小さく回転させて右側の敵の剣を空振りさせる。
その一瞬のスキに、切り返しの剣撃が走る。
「があぁっ!」
「ひ、ひぃ……!」
ひとりは肩口を斬り裂かれ、もうひとりは慌てて後退するが足をもつれさせて転倒。
転んだ男は顔面が泥にまみれたまま、必死で何とか後ろへ這いずろうとする。
「ゆ、許せ……! 何も取らねえ、もう取らねえよ……!」
土下座するような姿勢で懇願する山賊。
セイシロウは冷めた瞳を向けるが、刀を振り下ろすでもなく、静かにハイネを振り返る。
「殿下、どうなさいますか。──始末するか、あるいは見逃すか」
ハイネは僅かに表情を歪める。
グロウル配下の騎士ならいざ知らず、この山賊たちはただ金や食料を狙っただけの半端者。
とはいえ、放置すればまた別の旅人を襲うだろう。
──殺すべきだ
そう思うハイネだが。
数秒、逡巡していると。
「殿下、降伏した者を殺したくないということであれば、代わりに食料などを徴収するというのは如何でしょうか」
セイシロウがそんなことを言った。
そして──