「──ッ!?」
「ティアナお嬢様!? どうなさったんですか!?」
不快な感じはしない。だけど違和感は拭えず、思わずテーブルに肘をついて額を抑えた。
私の異変に気付いた侍女たちが慌てて駆け寄ってきて、心配そうに覗き込んでくれているけど、今はそれに構っている余裕がない。
頭の芯が急速に冷えていき、覚えのない言葉が、画像が、私の中に入りこんでくる。
「……脳血栓? 血栓って、なに? 血が流れ出るのが良くないのは分かるけど、血が体の中で固まるのも良くないの……!?」
頭の中を、ぐるぐると情報が駆け巡っていく。知らない言葉、知らない知識。疑問に思ったことは即座に解消させようとしているのか、次々と流し込まれるそれに、私は完全に目眩を起こしていた。
このままじゃ、頭の中が焼け焦げてしまう予感すらする。
だめだ、気分が悪い。せっかくおばあ様が出してくださったケーキがあるのに、これじゃ台無しにしてしまう。
急死の原因も知りたいけど、一番欲しいのはそんな目に遭わせないようにしたり、治したりする方法なのに、これじゃ……!
「って、あれ?」
そう思った瞬間嘘のように、濁流みたいな有様だった頭の中がクリアになった。
目眩の名残はあるけど、気持ち悪さは完全に解消されてる。まるで冬の山の中で人を惑わすという、ブリザードフォックスにでも会った気分だった。
「ティアナお嬢様……? 大丈夫、ですか?」
私が呟いていた意味不明な言葉に怯えたのか、不安な顔をしている侍女たちは、そっとグラスに冷たい水を満たして差し出してくれた。
少しでも私を落ち着かせようとしてくれたみたい。飲み込むと、喉からお腹にかけてスッと綺麗にしてくれる気がする。
深く息を吐いて、肩を下げた。
「ごめんなさい、大丈夫よ。今日はなんだか頭の中がぐちゃぐちゃなの。少し変なことをするかもしれないけど、優しく見守ってくれると嬉しいわ」
困った顔で笑ってみせれば、侍女たちも心得た様子でにっこりと応じてくれる。これでちょっとくらいおかしなことを口にしても、聞き流してくれると思いたい。
今の私の頭の中には、たった一つ、青くて小さな花だけが思い浮かんでいる。野原に咲く花で、確かこの花壇でも見たことがある雑草だ。
ツユクサ、という名前が頭に浮かんだ。雑草にも名前があるだなんて聞いたことがないけれど、もしもこれが、この身に覚えのない知識こそが、私が神様から授かったものなんだとしたら。
「この花が、おばあ様の死を回避する手段のはず。ならまずは、この花壇で探すべきよね」
だけど見渡す限り、花壇を彩っているのは名のある大きくて豪華な花々ばかり。足元を探せば咲いているかもしれないけれど、それだときっと、少しずつしか収穫できそうにない。
なら、侍女たちに聞いた方が早いかしら。
「ねえ、豪華なお花じゃなくて、雑草の花畑を見てみたいんだけど、そういうところはないかしら? これからも花を植えられるように、自然のまま残された場所が、確か庭園のどこかにあったと思うんだけど」
そう言うと、前を陣取っていた子たちが困った顔をして顔を見合わせ始めた。
……侍女たちは庭師じゃないし、むずかしいお願いだったかしら。だけど庭師は本宅のほうで暮らしているから、呼んでくるのは少し面倒だ。
それでも他に手段がないのならと、私が眉尻を下げたときだ。
「あの、私で良ければご案内できるかもしれません」
おずおずと前に進み出てくれたのは、赤い肌荒れやニキビの目立つ侍女だ。私と同じ十二歳くらいか、少し年上かもしれない。
前の人生であまりかかわった記憶はないけれど、いつ屋敷に来た子かしら?
「案内してくれると助かるわ。えっと……」
「リリーと申します、ジェンティアーナお嬢様。先月からお屋敷に上がり、ジェンティアーナお嬢様のお風呂の準備などをいたしておりました」
「そう。じゃあリリー、案内をお願いできる? それと私のことはティアナでいいわ。長ったらしいから、みんなそう呼んでるの」
「っ、はい! ティアナお嬢様!」
リリーの反応は、なんだか素直で可愛い。肌荒れさえなければ、きっともっと可愛いのに。
もしかしたら、安価な治癒師にもかかれないほど生活が苦しいのかもしれない。
そんなことを考えている間に案内されたのは、花壇の一角にある小さな花畑だった。
「わあ、凄く綺麗……!」
色とりどりの花々の草原に、ツユクサも青い花を開いている。
「期待以上の量だわ、これならかなりの量を収穫できる! でも切り花には向いてないから、握っているだけで萎れてきそう……。どうすれば新鮮に持って帰れるかしら」