ドタタタ……と、騒がしく音を立ててしまいながら、私はインターホンの前まで移動する。
そして、ボタンを押して玄関前の映像を映す。
そこには……スマホ片手に笑顔を浮かべながら手を振る、ハルキの姿があった。
「なななっ、なんで!? どうして!? 今日は会わないって……」
『ごめん。でもやっぱり、聡に会いたくなっちゃってさ。もちろん、聡だけじゃなくてカレンにもね』
「……っ」
この、すけこましめ! 嬉しいけど、今は困るんだよ!
だって、もう聡来ちゃってるし……聡が来ていなければ、理由を説明して帰すこともできたのに。
……いや、なにも正直に聡がいるなんて言う必要はない。
聡はまだ来ていないから、今日はもう帰って。
うん、これだ、これで行こう……
「姉ちゃん、誰か来たのか? インターホン睨みながらなにして……」
「わー!?」
「!?」
背後から聞こえた聡の声に、私は大袈裟に大声を上げてしまう。
なんとか、インターホンのボタンを押すことには成功。映像は消え、ハルキの姿は見えなくなった。
「な、なんだよ急に。びっくりするだろ」
「ご、ごめん。でも、あの、えっと……」
あぁ、どうしよ……なんとか聡に、ハルキが家の前にまで来ていることは知られずに済んだけど……
『今、すっごい声聞こえたけど大丈夫? それに、その前に男の子の声が聞こえた気がするけど……もしかして、聡?』
ほらぁ、やっぱりハルキにバレちゃったぁ。
これで、理由を付けてハルキを帰すのは無理だ。
かといって、まさかこのままずっと家の前に放置しておくわけにもいかない。
ご近所さんの目もある……いや、そもそも私がそんなことをしたくはない。
「なんか姉ちゃん、様子が変だぞ。その電話が原因か?」
『カレン? おーい、カレン。大丈夫ー?』
あぁ、二人とも私のことを心配してくれている……その心配の理由が、誰のせいかも知らずに!
くそう、このまま二人を会わせずにうまく収める方法はないのか……
……いや、冷静に考えてみろ。そもそもハルキと聡を合わせたくないのはなんでだ? それは、ハルキを男の子だと思っている聡に、実は女の子でしたって衝撃を与えるには心の準備が足りないからだ。
そう、私の心の準備が。
なんで私が、聡のためにあれこれ気を遣わなきゃならないんだ?
「……ふぅ。ハルキ、ちょっと待ってて」
『え? あ、うん』
軽く、呼吸を整える。
ハルキは聡に会いたがってたし、聡もハルキに懐いていた。
「え……はるき? 今、はるきって言った? もしかして、はるきにーちゃん!?」
「うん、そうだよ。今家の前に来てるの」
「えー、マジかよ! てか、この町にいたんだ!? なんだよー、じゃあわちゃわちゃやってないで早く家に入れようぜ!」
それに、聡だってハルキに会いたいみたいだし。
……うん。
もう知ーらね!
「じゃあ、ハルキ迎えに行ってくるから。ここで待ってて」
「おう」
私は玄関に向かい、先ほど閉めた扉の鍵を再び開ける。
扉の向こうには、当然ハルキの姿。にこにこ笑っている。
本当なら、いきなり来たことに一言文句でも言ってやりたかったんだけど……なんていうか、その気もなくなっちゃったなぁ。
笑顔がかわいいんだ。
「ごめんねカレン、いきなり来ちゃってさ」
「いいよ、もう。それより、聡もう中にいるから。入って」
「おじゃましまーす!」
ハルキを家に招き入れ、私は先にリビングに向かう。
そこには、手鏡で髪を整えている聡の姿があった。もちろん私の私物だ。
「なにやってんの、女の子に会うわけじゃないんだからさ」
ま、今から会うのは女の子なんですけどね。
「そりゃそうだけどさー。やっぱ久しぶりだし、ばっちしキメときたいじゃん。てか、はるきにーちゃんがいるなら言ってよな」
ぶつぶつ文句を言いながらも、鏡からは離れない聡。オシャレさんめ。
「お、来たみたいよ」
玄関から足音が聞こえ、ついに目的の人物が来ることを報せてくれる。
聡も顔を上げ、視線はリビングの扉へ。
そして人影が見えて、ガチャリ……と扉が開いて……
「聡ー、久しぶりー!」
「久しぶり、はるきにー……ちゃ、ん……?」
めちゃくちゃテンション高くリビングに入ってきたハルキと、同じくテンション高く迎えるはずだった聡。
しかし聡の言葉は、徐々に勢いを失っていった。
それもそうだろう。部屋に入ってきたのは、短めに切りそろえた茶髪をした、すらっとした背丈の人物。
十年前の"彼"の面影を残しながらも、決して"彼"とは言えない。
私でもわかる。聡の視線は、ハルキの顔から胸へと、下がっていた。
まるで思考停止したロボットのように、固まっている。
「うわー、本当に聡だー! おっきくなったなー!」
「え、あ、え……え!?」
テンション高めのハルキは、そのハイな状態のまま聡に駆け寄り……聡の肩に腕を回して、身体を寄せ合う。
そこでようやく我に返った聡は、その近すぎる距離に顔を真っ赤にさせた。
おいおい、いっちょ前に意識してんのかよ。
「昔はあんなに低かったのに、今は私とそう変わんないじゃん!」
「いや、あの頃はどっちも子供で……って、え、え、あ、あの、は、はる……はる……?」
「うん、ハルキだよ!」
肩を組み、身を寄せ……そうすると、どうしても聡の身体に当たってしまう。ハルキの胸についている、二つの大きな膨らみが。
当てられている聡が気付かないはずがない。さっきから真っ赤なのは、距離の問題だけじゃないな。
当たっている……いや、もうあれは押し付けられている。
柔らかそうだなぁ……
「あははは!」
「いや、ちょっ、え、えぇ!?」
肩を組んでいない方の手で、ハルキは聡の頭をわしゃわしゃと撫でていた。
おそらく今聡の中では、いろんなことが巡り流れていることだろう。
小さい頃遊んだ、にーちゃんと慕っていた人物が実は女の子だった。かっこよくて、でも美人で。
ただでさえ距離感が近いのに、聡への距離はいっそうに近い。
多分、弟に接するみたいな感じなんだろうけど……聡からしたらたまったものじゃないな。
「え、えぇ、えぇええ……あ、あたっ、当たって……」
「あははは!」
あぁ、壊される……弟の性癖が破壊されてしまう。