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第17話 カレンは優しいね



 私をナンパから助けてくれた、ハルキ。

 その光景を思い出すと、それだけで身体が熱くなる。私のために怒って、あんなことまで。


 男たちを倒した姿は、鮮やかなものだった。

 そのかっこいい姿は、すでに今日の思い出の一つになっていた。


 ナンパなんて、嫌な思い出のはずなのに……それを、素敵な思い出にハルキが上書きしてしまった。


「さて。二人とも待ち合わせ時間より早めに着いたし……こっからどうしよっか」


「え? あぁっと……」


 左手首に付けた腕時計を見て、ハルキは言う。

 うわぁ、腕時計付けてるだけなのに……なんでそんなかっこいいのよぉ。服装も、シンプルなのになんだかモデルみたいに見える。


 ただでさえ男の子にも見える見た目なんだから、もっと女の子っぽく見える格好とかしてくれないと……って、わがまま言ってるな私ぃ。


「と、とりあえず、ご飯食べよっか」


 待ち合わせ時間よりも早く合流したけど、やるべきことは変わらない。

 私は指を一本立てて、言う。


 元々、お昼前の待ち合わせだったから……一緒にお昼を食べるつもりではあったのだ。


「うん、じゃあ行こっか。

 ……っと、案内はカレンに任せることになっちゃうけどね」


 笑顔で、私に任せるなんて言ってくれるハルキ。


 そう、今日の大きな目的はハルキのスマホを買いに行くことだけど……それ以外のことは、私が予定を立てた。

 この町に越してきたばかりのハルキに、いいところを見せたい……そう見栄を張ってからの、「私に任せて」と言ってしまったのだ。


 今日のために、入念にリサーチしてきたのは……内緒だ。


「え、えぇとね……あのファミレスが、おいしいんだよ。行こう」


「うん」


 待ち合わせをしてから、あのお店に行ってからご飯を食べて、そして携帯ショップへ……

予定とは言っても、たったこれだけのことだ。緊張することはない。


 軽く息を吸い、そして吐く。よし、行くぞ……


「カレン危ないっ」


「え……」


 ……覚悟を決めたところで、ふわっ、と身体が浮いた。

 もちろん、本当に身体が浮いたわけはない。そんな感覚があっただけだ。


 前へと足を進めていた……そのはずなのに、身体が横へと傾いたのだ。

 油断していた私は、なにかに……いや誰かに引っ張られる感覚に抗うことはできず、よろめいてしまう。


 けれど、そのまま地面に倒れてしまうことはなく。ぽすん、となにかに頭がぶつかった。

 ぶつかったこれは、固いものではない。むしろ柔らかい。それに、私の肩に置かれた"手"が、やたらと熱い。いや、手が熱いんじゃない……手が触れている私の肩が、熱くなっているように感じるんだ。


「っと……ったく、危ないなぁ」


 その直後だ。私の横を、自転車が通り過ぎて行ったのは。

 もし、私がよろめいていなければ……いや、ハルキに肩を抱き寄せられていなければ、自転車とぶつかっていたかもしれない。


 ハルキは、私に自転車が迫っていることを察して、私を自分の方向に引き寄せたのだ。

 その際、私の顔はハルキの胸元に埋まってしまったというわけだ。


「大丈夫、カレン?」


「……」


 真横を自転車が通り過ぎた恐怖……が、ないわけではない。

 だけど、それよりも……ハルキに抱き寄せられたことの方が、よほど重要だ。


 触れている胸元が柔らかい、手に触れられている肩が熱い。

 私を心配してくれるハルキの声が、とても優しい。嬉しい。


「カレン? もしかして、どこか怪我を……」


「! ううん、なんでもない!」


 ハルキの心配そうな声に、私は我に返った。

 このまま黙っていては、ハルキを困らせてしまう。だから私は、すぐに声を上げた。


「ごめんね、急に引き寄せたりして」


「だ、だからなんでハルキが謝るの。あ、ありがとう、もう大丈夫だから」


 さっきもそうだけど、私はハルキに助けてもらった。なのに、ハルキは謝っている。

 私はお礼を告げつつ、ハルキから距離を取った。


 あのまま抱き寄せられていたかった気持ちもあるけど……それじゃあ、私の気持ちが持たない。


「本当なら、一言文句を言ってやりたいところだけど……」


 と、ハルキが睨みつけるのは、自転車が通り過ぎて行った後だ。

 だけど、もう自転車の姿は見る影もない。当然だ、向こうは自転車……もう見えない。たとえ見えていたとして、ここから追いかけても追いつけやしないだろう。


「いいよ、別にどこも怪我してないんだし」


「……カレンは優しいね」


「え?」


 優しい、感触。頭の上に、あたたかな感触があった。

 見上げると、優しく微笑むハルキの顔。そして……私の頭の上に乗っているのは、ハルキの手だ。


 顔が、熱くなっていく……多分、今私の顔は赤くなっている。


「や、やや、優しい……? なんて、そんな、ことは……」


 私は、逸る気持ちを落ち着かせるように、なんとか言葉を絞り出そうとする。

 だけど……あぁ、ちゃんとしゃべれているかな。声、震えてないかな。


「優しいよ。今のは怒っていいとこだと思うし……さっきだって、ナンパ男たちを許しちゃってさ」


 私の気持ちなど知らず、ハルキはにこりと微笑んでいる。

 正直、その笑顔を向けられるだけでも、心臓が忙しく動いちゃうから……や、やめてほしぃ。


 お、落ち着け私。落ち着くんだ私。落ち着けるはずだ私。


「……ゆ、許しては、ないよ。怖かったし、ちょっとむっとしたりもしたし。でも……」


「でも?」


「……私の代わりに、ハルキが怒ってくれたから。気が晴れた、って言うのかな」


 ナンパや自転車に、思うところがないわけではない。だけど。

 ハルキが、私のために怒ってくれたから。私のことを考えていてくれるから。


 ……あぁ、単純だなぁ私。それだけのことなのに、さっきのことはどうでもよく思えちゃってる。

 ていうか、なんかすごく恥ずかしいこと言ってない!?


「さ、き、気を取り直して行こうよ」


「うん、そうだね。けど……」


 気を取り直して歩き出そうとする私の手を、ハルキが握る。

 当たり前のようなその仕草に、私の心臓はまたも高鳴った。


「また危ないといけないから。手を繋いでいこう」


「……は、はい」


 お、落ち着けって……私、ようやく落ち着けたのにぃ。

 なんでまた、こういうことするのさぁ……

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