私をナンパから助けてくれた、ハルキ。
その光景を思い出すと、それだけで身体が熱くなる。私のために怒って、あんなことまで。
男たちを倒した姿は、鮮やかなものだった。
そのかっこいい姿は、すでに今日の思い出の一つになっていた。
ナンパなんて、嫌な思い出のはずなのに……それを、素敵な思い出にハルキが上書きしてしまった。
「さて。二人とも待ち合わせ時間より早めに着いたし……こっからどうしよっか」
「え? あぁっと……」
左手首に付けた腕時計を見て、ハルキは言う。
うわぁ、腕時計付けてるだけなのに……なんでそんなかっこいいのよぉ。服装も、シンプルなのになんだかモデルみたいに見える。
ただでさえ男の子にも見える見た目なんだから、もっと女の子っぽく見える格好とかしてくれないと……って、わがまま言ってるな私ぃ。
「と、とりあえず、ご飯食べよっか」
待ち合わせ時間よりも早く合流したけど、やるべきことは変わらない。
私は指を一本立てて、言う。
元々、お昼前の待ち合わせだったから……一緒にお昼を食べるつもりではあったのだ。
「うん、じゃあ行こっか。
……っと、案内はカレンに任せることになっちゃうけどね」
笑顔で、私に任せるなんて言ってくれるハルキ。
そう、今日の大きな目的はハルキのスマホを買いに行くことだけど……それ以外のことは、私が予定を立てた。
この町に越してきたばかりのハルキに、いいところを見せたい……そう見栄を張ってからの、「私に任せて」と言ってしまったのだ。
今日のために、入念にリサーチしてきたのは……内緒だ。
「え、えぇとね……あのファミレスが、おいしいんだよ。行こう」
「うん」
待ち合わせをしてから、あのお店に行ってからご飯を食べて、そして携帯ショップへ……
予定とは言っても、たったこれだけのことだ。緊張することはない。
軽く息を吸い、そして吐く。よし、行くぞ……
「カレン危ないっ」
「え……」
……覚悟を決めたところで、ふわっ、と身体が浮いた。
もちろん、本当に身体が浮いたわけはない。そんな感覚があっただけだ。
前へと足を進めていた……そのはずなのに、身体が横へと傾いたのだ。
油断していた私は、なにかに……いや誰かに引っ張られる感覚に抗うことはできず、よろめいてしまう。
けれど、そのまま地面に倒れてしまうことはなく。ぽすん、となにかに頭がぶつかった。
ぶつかったこれは、固いものではない。むしろ柔らかい。それに、私の肩に置かれた"手"が、やたらと熱い。いや、手が熱いんじゃない……手が触れている私の肩が、熱くなっているように感じるんだ。
「っと……ったく、危ないなぁ」
その直後だ。私の横を、自転車が通り過ぎて行ったのは。
もし、私がよろめいていなければ……いや、ハルキに肩を抱き寄せられていなければ、自転車とぶつかっていたかもしれない。
ハルキは、私に自転車が迫っていることを察して、私を自分の方向に引き寄せたのだ。
その際、私の顔はハルキの胸元に埋まってしまったというわけだ。
「大丈夫、カレン?」
「……」
真横を自転車が通り過ぎた恐怖……が、ないわけではない。
だけど、それよりも……ハルキに抱き寄せられたことの方が、よほど重要だ。
触れている胸元が柔らかい、手に触れられている肩が熱い。
私を心配してくれるハルキの声が、とても優しい。嬉しい。
「カレン? もしかして、どこか怪我を……」
「! ううん、なんでもない!」
ハルキの心配そうな声に、私は我に返った。
このまま黙っていては、ハルキを困らせてしまう。だから私は、すぐに声を上げた。
「ごめんね、急に引き寄せたりして」
「だ、だからなんでハルキが謝るの。あ、ありがとう、もう大丈夫だから」
さっきもそうだけど、私はハルキに助けてもらった。なのに、ハルキは謝っている。
私はお礼を告げつつ、ハルキから距離を取った。
あのまま抱き寄せられていたかった気持ちもあるけど……それじゃあ、私の気持ちが持たない。
「本当なら、一言文句を言ってやりたいところだけど……」
と、ハルキが睨みつけるのは、自転車が通り過ぎて行った後だ。
だけど、もう自転車の姿は見る影もない。当然だ、向こうは自転車……もう見えない。たとえ見えていたとして、ここから追いかけても追いつけやしないだろう。
「いいよ、別にどこも怪我してないんだし」
「……カレンは優しいね」
「え?」
優しい、感触。頭の上に、あたたかな感触があった。
見上げると、優しく微笑むハルキの顔。そして……私の頭の上に乗っているのは、ハルキの手だ。
顔が、熱くなっていく……多分、今私の顔は赤くなっている。
「や、やや、優しい……? なんて、そんな、ことは……」
私は、逸る気持ちを落ち着かせるように、なんとか言葉を絞り出そうとする。
だけど……あぁ、ちゃんとしゃべれているかな。声、震えてないかな。
「優しいよ。今のは怒っていいとこだと思うし……さっきだって、ナンパ男たちを許しちゃってさ」
私の気持ちなど知らず、ハルキはにこりと微笑んでいる。
正直、その笑顔を向けられるだけでも、心臓が忙しく動いちゃうから……や、やめてほしぃ。
お、落ち着け私。落ち着くんだ私。落ち着けるはずだ私。
「……ゆ、許しては、ないよ。怖かったし、ちょっとむっとしたりもしたし。でも……」
「でも?」
「……私の代わりに、ハルキが怒ってくれたから。気が晴れた、って言うのかな」
ナンパや自転車に、思うところがないわけではない。だけど。
ハルキが、私のために怒ってくれたから。私のことを考えていてくれるから。
……あぁ、単純だなぁ私。それだけのことなのに、さっきのことはどうでもよく思えちゃってる。
ていうか、なんかすごく恥ずかしいこと言ってない!?
「さ、き、気を取り直して行こうよ」
「うん、そうだね。けど……」
気を取り直して歩き出そうとする私の手を、ハルキが握る。
当たり前のようなその仕草に、私の心臓はまたも高鳴った。
「また危ないといけないから。手を繋いでいこう」
「……は、はい」
お、落ち着けって……私、ようやく落ち着けたのにぃ。
なんでまた、こういうことするのさぁ……