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第6話 ︎︎血統と誇り

 翌朝、二人は仲良く手を繋ぎ、初夜の離宮から退出した。視線を交わし合い、微笑むその姿は、誰の目にも睦まじく映る。


 勿論、それも計画の内だ。


 高官達の企みを知らない者達は、親交が成ったと純粋に喜んでいる。戦の準備は秘密裏に行われていた。それを知っているのは要職にある者だけだ。


 美味い汁を吸うのはいつも為政者達だけ。兵や侍女などにもカミルを軽んじる者は多いが、そのほとんどはお零れに預かろうと、強者に尾を振る者達だ。


 その者達も、カミルが玉座を得れば掌を返すだろう。だが、カミルはそんな不義理な連中を信用するつもりは端から無い。


 今回の件も、自分を信じ、着いてきてくれた数少ない配下のお陰で生き残れたのだから。


 セーベルハンザと峰嵩ホウシュウの密約は極秘だ。韵華ユンファは子供と侮られ、父帝から意気揚々と宣告されたが、カミルは既に成人した身。抵抗を考慮して知らされていなかった。しかし、それも無駄に終わる。カミルは放っていた手の者から情報を得て、危機を脱した。


 ひとつ目の山を乗り越えた二人は、広大な庭を、与えられた離宮に向かって歩く。そこは砂漠とは思えないほどに、様々な花で彩られていた。これも王の威厳を表す象徴だろう。だが、無邪気にはしゃいで見せている韵華ユンファは、心中で毒づいていた。


(こんな物に税金を使うなんて馬鹿みたい)


 この花のひとつひとつが、民の税金。つまりは奴隷の血だ。峰嵩ホウシュウも宮殿は贅を尽くしていた。父帝や兄姉達は当たり前のように享受していたが、質素な暮らしをしていた韵華ユンファには無駄に思える。


 それはカミルも同じだった。二人の価値観は同等で、良き同志となれたとも言える。今は二人とも婚礼衣装で華美な出で立ちだが、普段は服装も質素だ。カミルの計画を聞く合間に、そんな他愛ない会話もしていた。


 二人に用意された離宮も、本来なら使われずに終わるはずだったが、準備だけは済まされている。それも偽装のためだった。カミルをたばかる必要があったからだ。


 しかし、その思惑は外れ、二人は堂々と歩を進める。


 その姿を忌々しく見つめる影があった。


 影はぞろぞろと複数の取り巻きを引き連れ、二人の前に立ち塞がる。


 褐色の肌に金の髪。澄んだ青い瞳が目を引く。王子の行く道を塞ぐのだ。どう見てもカミルの血縁だろう。


 少しばかり低い位置からカミルを睨むと、刺々しい言葉を投げつける。


「これはこれは。カミル兄様ではありませんか。ご結婚、お祝い申し上げます。そちらが奥方ですか?」


 カミルによく似た容貌だが、その視線からは傲慢さが滲み出ていた。露骨な侮蔑の眼差しで韵華ユンファを見下ろす。


 そっと韵華ユンファを背に庇いながら、カミルが前に出た。


「やぁ、シャハル。ありがとう。こちらは峰嵩ホウシュウから嫁がれたユンファ殿だ。よしなに頼む。ユンファ、これは弟の第四王子、シャハルだ」


 にこやかに対応するカミルにも、男、シャハルは嘲笑で返した。ジロジロと無遠慮に韵華ユンファを眺めると、母国語で吐き捨てる。


『小汚い野ねずみが』


 それにカミルが鋭く反応した。


「シャハル! ︎︎無礼だろう! ︎︎彼女は峰嵩ホウシュウの姫君だぞ!」


 だが、シャハルは鼻で笑う。


「何が姫君だ。たかだか第七夫人のせがれに与えられる程度の端女はしためだろ。髪も目も真っ黒で、気味が悪い」


 この国には黒髪黒目は産まれない。気候の差なのか、肌こそ褐色だが、髪や瞳などは色素の薄い者が圧倒的に多かった。その特徴が顕著な者ほど美しいとされるセーベルハンザで、韵華ユンファは異質だ。


「シャハル!」


 再度カミルが吠えると、シャハルは美しい顔を歪め負けじと言い返す。


「馴れ馴れしく呼ぶな! ︎︎僕は第二夫人の息子だぞ。王太子であるイアス兄様の次に王位継承権を持つ、正統な王族だ。卑しい売女ばいたの子如きが名を呼ぶなど、万死に値する。いいか、今に見ていろ。貴様も、その汚らしい野ねずみも、惨たらしく殺してやる!」


 そう捨て台詞を吐くと、シャハルは取り巻きを引き連れ宮殿に消えていった。


「あいつ、何がしたかったの?」


 まるで嵐のように騒ぎ立てていったシャハルに、韵華ユンファは呆れた声を出した。カミルは苦笑いを零し、頬を掻く。


「まぁ、あれがここでの俺の立ち位置だよ。初っ端からキツイのに当たったな。大丈夫か?」


 労わるように覗き込んでくる翡翠の瞳に、韵華ユンファは笑顔で返す。


「平気よ、あれくらい。峰嵩ホウシュウでもそう変わらないわ。……あれも、標的なのね」


 シャハルが消えていった方を睨みながら、韵華ユンファが声を潜めて呟く。カミルも同じように視線を送り、頷いた。


「さ、離宮まではもうすぐだ。小さいが俺達には似合いだろう。監視がいるから落ち着かないかもしれないが、仲良く暮らせると嬉しい」


 緊張の面持ちを笑顔に変え、そう言うカミルをじっと見ながら韵華ユンファが口を開いた。


「カミルはハレムを持たないの?」


 それは至極真っ当な疑問だろう。王も王太子も自分のハレムを持っているのだ。この国では平民でも一夫多妻制が認められている。しかし、カミルにとっては意外な問だった。


 ぱちりと瞬くと、ほんのりと頬が染まっていく。



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