翌朝、二人は仲良く手を繋ぎ、初夜の離宮から退出した。視線を交わし合い、微笑むその姿は、誰の目にも睦まじく映る。
勿論、それも計画の内だ。
高官達の企みを知らない者達は、親交が成ったと純粋に喜んでいる。戦の準備は秘密裏に行われていた。それを知っているのは要職にある者だけだ。
美味い汁を吸うのはいつも為政者達だけ。兵や侍女などにもカミルを軽んじる者は多いが、そのほとんどはお零れに預かろうと、強者に尾を振る者達だ。
その者達も、カミルが玉座を得れば掌を返すだろう。だが、カミルはそんな不義理な連中を信用するつもりは端から無い。
今回の件も、自分を信じ、着いてきてくれた数少ない配下のお陰で生き残れたのだから。
セーベルハンザと
ひとつ目の山を乗り越えた二人は、広大な庭を、与えられた離宮に向かって歩く。そこは砂漠とは思えないほどに、様々な花で彩られていた。これも王の威厳を表す象徴だろう。だが、無邪気にはしゃいで見せている
(こんな物に税金を使うなんて馬鹿みたい)
この花のひとつひとつが、民の税金。つまりは奴隷の血だ。
それはカミルも同じだった。二人の価値観は同等で、良き同志となれたとも言える。今は二人とも婚礼衣装で華美な出で立ちだが、普段は服装も質素だ。カミルの計画を聞く合間に、そんな他愛ない会話もしていた。
二人に用意された離宮も、本来なら使われずに終わるはずだったが、準備だけは済まされている。それも偽装のためだった。カミルを
しかし、その思惑は外れ、二人は堂々と歩を進める。
その姿を忌々しく見つめる影があった。
影はぞろぞろと複数の取り巻きを引き連れ、二人の前に立ち塞がる。
褐色の肌に金の髪。澄んだ青い瞳が目を引く。王子の行く道を塞ぐのだ。どう見てもカミルの血縁だろう。
少しばかり低い位置からカミルを睨むと、刺々しい言葉を投げつける。
「これはこれは。カミル兄様ではありませんか。ご結婚、お祝い申し上げます。そちらが奥方ですか?」
カミルによく似た容貌だが、その視線からは傲慢さが滲み出ていた。露骨な侮蔑の眼差しで
そっと
「やぁ、シャハル。ありがとう。こちらは
にこやかに対応するカミルにも、男、シャハルは嘲笑で返した。ジロジロと無遠慮に
『小汚い野ねずみが』
それにカミルが鋭く反応した。
「シャハル! ︎︎無礼だろう! ︎︎彼女は
だが、シャハルは鼻で笑う。
「何が姫君だ。たかだか第七夫人の
この国には黒髪黒目は産まれない。気候の差なのか、肌こそ褐色だが、髪や瞳などは色素の薄い者が圧倒的に多かった。その特徴が顕著な者ほど美しいとされるセーベルハンザで、
「シャハル!」
再度カミルが吠えると、シャハルは美しい顔を歪め負けじと言い返す。
「馴れ馴れしく呼ぶな! ︎︎僕は第二夫人の息子だぞ。王太子であるイアス兄様の次に王位継承権を持つ、正統な王族だ。卑しい
そう捨て台詞を吐くと、シャハルは取り巻きを引き連れ宮殿に消えていった。
「あいつ、何がしたかったの?」
まるで嵐のように騒ぎ立てていったシャハルに、
「まぁ、あれがここでの俺の立ち位置だよ。初っ端からキツイのに当たったな。大丈夫か?」
労わるように覗き込んでくる翡翠の瞳に、
「平気よ、あれくらい。
シャハルが消えていった方を睨みながら、
「さ、離宮まではもうすぐだ。小さいが俺達には似合いだろう。監視がいるから落ち着かないかもしれないが、仲良く暮らせると嬉しい」
緊張の面持ちを笑顔に変え、そう言うカミルをじっと見ながら
「カミルはハレムを持たないの?」
それは至極真っ当な疑問だろう。王も王太子も自分のハレムを持っているのだ。この国では平民でも一夫多妻制が認められている。しかし、カミルにとっては意外な問だった。
ぱちりと瞬くと、ほんのりと頬が染まっていく。