目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

2

 用意した客用寝室――といっても現状はがらんとした八畳間なのだが――に三人を案内すると、すぐにケイレブと呼ばれた男と小夜は玄関へ戻っていった。見送る素子が不思議そうにしていたからか、荷物の搬入があるのだとフラミンゴは説明し、畳敷きの床に目を落としてから付け加えた。


「ご心配なく。大がかりなものではありませんので、ご自宅に傷がつくことはありません。ちゃんと養生もさせて頂きますので」

「ああ、いえ。それはいいんですけど」


 超能力者とは、もっとこう、身ひとつでなにかをどうにかするものだと思っていたのだ。搬入という言葉を使う程度には道具を使うというのがなんとも意外だった。もしや、祭壇のひとつでも組み上げるのだろうか。しかし、それはお寺さんや神社がやることのような気がする。


「こちら、お見積もりになります」とフラミンゴが書類を差し出してきたが、そぞろな心もちではなにひとつ理解することはできなかった。紙の下方に大きく印字された数字が口座の金で払える額面であることだけ確認し、素子は了承の旨を告げた。


「お願いしていた件になりますが。どうなりましたか?」


 フラミンゴが戸口から体を離しながら問うてきた。できた隙間からすぐに小夜が顔を出す。両手で段ボールを抱えていて、その開いた蓋から覗いたのは無線機だった。


「え」と思わず素子は言ってしまった。


「どうされました?」

「超能力者って頭の中で会話するんじゃないんですか?」

精神感応テレパシーですか。その手の調査員もおりますが、今回は編成に入れませんでした。現場が家の中だけとわかっていますし、それに」とフラミンゴはポケットから携帯電話を取りだした。「現代にはこれがありますからね」


 話す間にケイレブが一抱えもあるアルミケースを両手に提げ、透明なビニールのロールを肩と頭で支えながら入ってくる。部屋の隅にそれらを置いて去ろうとする袖を小夜が素早くつかまえて、ふたりはロールからビニールシートを引き出しはじめた。


「あのケースは?」

「探偵業の流用なのですが。一眼レフですね。動画も撮れる優れものですよ」

「そういうのも機械を使うんですね」


 なんだか夢が失われていく気がした。スーパーマンは超能力者だっただろうか。超人ロックは主人公がなんでも超能力で解決していた記憶がある。シナリオライターではないのでその辺りには疎いのだが、ともかく素子が思う超能力者とは能力ひとつで事件でも運命でもどうにでもしてしまうような、超然とした人物だった。


「では伺いますが。柴家さんは魚を七輪で焼きますか?」

「え? いえ、グリルを使いますけど」

「そうですよね。わざわざ炭を用意するのも面倒くさいし、火を起こすにも消すにも手間がかかる。その点、グリルならレバーを操作するだけです」


 言わんとするところがさっぱりわからず、素子は曖昧な相槌を打った。


「我々、超能力者も同じなんですよ。発火能力者ファイアスターターがいなくても、ライターひとつでかわりになります。大火力が必要なら、ほら、今はホームセンターがどこにでもありますから、家庭用バーナーを買えばいいんです。精神感応者テレパスだって固定電話で充分代用が可能です。わたくしが子どもの頃なんかはそれでは不便なこともありましたがね。出先で電話をかけたい時にかぎって電話ボックスがみつからなかったり、柴家さんもご経験がおありでしょう? けれど、そこにポケベルが出てきて、今ではみんなが携帯電話を持っています。それでは細かなやりとりが難しい時でも、ご覧の通り、無線機でかわりは務まるんです。わたくしの能力が電子レンジやクーラーと同じだと申し上げたのは、つまりはそういうことなんですよ。物の温度を上げたければレンジを使えば良いし、下げたければ冷蔵庫を使えばいい。暑ければクーラーを、寒ければヒーターをつければいいんです」


 フラミンゴが話す間にも小夜とケイレブはくるくると動き回って、次々に荷物をビニールシートの上に並べている。


「じゃあ、あのお二人も?」

「いえ、それでは柴家さんに申し訳ないので。今回は特別に頑張らせて頂きました」


 特別、という言葉にぎくりとした素子を見透かしたようにフラミンゴは笑った。


「冗談です。簡単にご紹介しますと、ケイレブは未来の可能性を見ることができます。小夜君は死を見られる上に、それを操ることができる」


「シ?」と素子は首を傾げた。


「生き死にの死です。この家に現われたのが本当に幽霊であるなら、小夜君はその痕跡を見ること、対処することができるんです。一般に幽霊とは死んだ生物のなれの果て、つまり死そのものとされていますからね」

「対処って、除霊するってことですか?」

「厳密に言うと違う気もするんですが、起こる現象としてはそうです。明日来る予定のもうひとりは情報を得ることがとにかく得意でして。今回の編成に関して言うなら、まだ現代の科学技術では及ばない領域を揃えて伺ったという形になります。わたくしだけが実に肩身が狭いというわけですね」


 にこやかにフラミンゴは言うが、それは寂しいことではないかと素子は思った。夢が失われるのはいつだって寂しい――なんの能力もない素子だってそう思うのに、その当人ならもっともどかしく、口惜しく思うものではないだろうか。足が速い人間が、それでも車や新幹線に勝てないのは当たり前だが、彼らの能力はおよそ人体の常識を逸脱して発生するものだ。そんな特別な力を授かって生まれて、けれどそれがたいした価値もないなんて、自分なら屈折して道を外れてしまうかもしれない。


「すごいんですね」と、素子は呟いた。


 フラミンゴは理解しかねたといった感じに瞬いている。首を振ってなんでもないことを示し、話を戻すことにした。


「すみません、脱線してしまって。お願いされていた調査のことなんですが、やっぱりどこも駄目でした。工務店と電気屋さん、なんとかいう業者に家の傾きも見てもらいました。でも、おかしいところはないそうで」


「承知しました。水回りはこちらでも調べてみます。わたくしからのご報告としましては、この家が建つ前の件ですね。アパート火災があったことは事実として確認が取れました。死傷者は軽傷者が一名、これはアパートの三階に住んでいた七十代男性でした。各所の情報を総合すると、通行人が消防に火災を通報。その後に怪我をした男性とは別の住人が火災に気づき、隣人に声をかけながら避難した。その過程、もしくは避難前に男性は煙を吸い、避難後に救急車で病院に運ばれた。


 火災が発生したのは二階の一室です。このアパートは三階建てでワンフロアにつき二部屋がありましたが、そのどちらで火災が発生したのかはわかっていません。また、火災の原因も不明です。事実としてあるのは現状これだけです。死者については確認できていません」


「消防署と親御さんが隠蔽したって噂になってるんですよ? だとしたら、情報なんて出てこないに決まってます」

「その隠蔽自体が確認できておりません。そちらに関しましては、明日来る調査員に任せておりますので報告をお待ちください」


「話は終わった?」と、そこで小夜が口を挟んできた。見れば、ビニールシートには几帳面にケースだの段ボールだのが並べられている。まるで警察の押収物みたいだと素子は思った。


「だいたいは済んだよ。用があるのは俺かな? 柴家さんかな?」


 これまで丁寧な言葉遣いしかしてこなかったフラミンゴが突然フランクな口調で、しかも俺などと言いだすので驚いていると、不思議そうに素子を見ながら小夜が答えた。


「お布団、そろそろ運んでいいかなと思って」

「構わない。あと、後部座席に遮光カーテンを積んでいただろ? あれも持ってきてくれ」

「オッケー。吊していいんだよね?」

「ああ、頼む」


「だってさ」と小夜が戸口の向こうに呼びかけると、布団を抱えたケイレブが部屋に入ってきた。さすがの筋肉と言おうか、三組の上に枕まで重ねている。小夜の顔が一瞬引っ込んだかと思うと、すぐに両手に毛布の束を捧げ持って現われた。部屋の隅にそれらが積まれるのを見守って、はたと気づいて素子は声をあげた。


「小夜さんには別の部屋を用意してあるから!」


 まったくの嘘であるが、この場合においては許される嘘であろう。早口で素子は続けた。


「二階の私の寝室だけど、一緒でも構わないわよね?」


 きょとんと小夜は目を開いて、それから弾けたように笑いだした。ケラケラ言いながら片手を口の前で振り、もう片手でちょうど毛布を重ねる為にかがみ込んでいたケイレブの後頭部をはたき回している。


「ちょっと、聞いた? ケイレブ、ヤバい奴に見えるってよ?」


 ケイレブは迷惑そうにその手を避けたのみだ。爆笑する小夜と言葉に詰まっているフラミンゴを置いて部屋から出て行ってしまった。


「あのトーヘンボクが!? ありえなーい!! 可能性で言ったらフラミンゴの方が大だよね! えーでもフラミンゴが? あたしを口説くの? ないない絶対なーい!!」


 目の端に涙まで浮かべて小夜は笑っている。はあ、と思わず素子はため息をついた。


「お気遣い頂きありがとうございます」


 頭を下げたフラミンゴは、なるほど大人の男であった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?