今や柴家素子はソファに沈み込むようにして額を膝に押しつけていた。
「私、きっと冷静じゃないと思うんです」絞り出すような声で彼女は言った。「フラミンゴさんのお話、まるで私が経験した全部を見てきたようでした。だけど、みんな優しかったんですよ。私が現状を書いて送ると言うんです。おつらい状況お察しします。大変頑張ってこられたのですね。もうご安心くださいね――私、それが嬉しかった。だって、水漏れで悩んでるなんて、それが幽霊の仕業かもしれないなんて誰にも言えない。親にだって言えませんよ。それを受け入れてもらえた。笑わないで聞いてくれた。それが有り難くて、涙が出るほどほっとして。
そんな気持ちを裏切られたんですから、本当なら怒るべきなんでしょう。お金を惜しいって、取り戻したいって思うべきなんでしょう。だけどね、やっぱり気持ちがそうは言わないんですよ。お話を伺って、思ったことはひとつです。もう疲れた。それだけです。本物とか偽物とかどうでもいい。幽霊だろうが別のなにかだろうが、それすらどうだっていいんです。ただ、日常に戻りたい。あの主婦さんとか、明らかに詐欺だった人のことは諦めます。なにもかも差し出します。私にできること、払えるもの、なんだって持っていっていいですから。それでもう構いませんから、楽になりたいんです。お願いします、あれをなんとかしてください」
「そういうお気持ちなのでしたら、もう一度考えた方がよろしいのでは」
「いいえ、もう決めました。おたくにお願いしたいです。あのね、フラミンゴさん。私、もういっぱいいっぱいで、ろくに頭も働いてないと思うんです。それでもひとつだけわかることがあります。あなたは最初から最後まで悪霊の仕業だとは言わなかった。ほかの全員が幽霊だとかオーラだとか因縁だとかなにか理由を付けたのに、あなただけは調査をしてないんだから現時点ではわからないって言ったんです。だから私、決めました。おたくにお願いします。おたくを最後の希望にさせてください」
「ほかの三文霊能者より演技派なだけかもしれませんよ」とフラミンゴは穏やかに言った。
「そう言うあなただから信じたいんです。信じさせてください」
一度姿勢を正してから丁寧に下げられた頭を見つめ、フラミンゴは答えた。
「ご依頼はご自宅の怪現象を調査、解決すること。それのみでよろしいんですね?」
「はい、それでお願いします。費用はどうしましょうか。少しなら今、払えるんですけど」
「そちらに関しましては調査員のピックアップもございますから。後ほどお見積もりをご提案します。そちらにご納得頂いた上でご契約、お支払いは全工程完了後ということでお願いしております。二点ほど確認事項があるのですがよろしいですか?」
「はい」と言いながら柴家素子はバッグからスケジュール帳を取り出した。
「ではまず、ご自宅に空き部屋はございますか? 調査期間中はお客様のご自宅に泊まり込みさせて頂いております。詰め所として使える部屋をご提供頂けるのでしたら全員、難しければ最低一名を残してあとの人員は近隣のホテルに詰める形となりますが、いかがでしょう」
「ええと、そうですね。二階にクローゼットがわりにしている小部屋がひとつあります。あとは一階の客用寝室がひとつ。すぐに使えるとしたら一階の方です」
「でしたら、そちらを使わせてくださると助かります」
「わかりました。お布団とかは必要でしょうか? あとは、ええと、食事とか」
「寝具はこちらで用意しますのでお気になさらず。食事に関してはキッチンを使わせて頂けると助かります。その他入浴、トイレ、調査が長引いた場合の洗濯などもご協力頂ければ助かりますが、難しい場合はこちらで調整致しますのでご心配なさらないでください。調査日程につきましてですが、ご都合の悪い日などはございますか?」
「ありません。とにかく早く、明日すぐでも構いませんのでよろしくお願いします。見積もり書も調査を始める時に持ってきてもらえれば、それで構いませんので」
「承知しました。では、そのように手配致します。調査開始のお時間についてなのですが、人員の都合がございまして夜の八時開始となります。こちらは構いませんか?」
「はあ」と、柴家素子は戸惑ったように瞬きした。「構いませんけど、理由を伺っても?」
「当事務所のシステムや調査員についてはご存知ですか?」
「いいえ。電話占いみたいに霊能者先生が所属しているとばかり。違うんですか?」
「私ども『フジ・サイキックアイズ』では調査員を常勤と非常勤にわけています。常勤はわたくしともう一名、あとは全員が非常勤でして、ご依頼内容に合わせてフレキシブルに構成を組み替える形態を取らせて頂いています。この常勤と非常勤、全員が超能力者なんです」
ぽかんと、柴家素子は今日ここに来てから始めて気の抜けた顔をした。
「というと、フラミンゴさんも?」
「はい。超能力を持っています」
「ええと、あの、そういった方面には詳しくないんですが。やっぱりスプーンを曲げたり? それともドラマみたいに、サイコなんとかで記憶を読んだりするんですか?」
「そういった能力者も所属しておりますが」いにしえからのテンプレートに笑いながらフラミンゴは頭を振った。「今回に関しましては実地調査が得意な人員で構成しようかと考えております。能力がどういったものかという点につきましては、追々、必要に応じてということでひとつ」
柴家素子はまるで不思議な生き物とでも遭遇したかのようにフラミンゴを上から下までジロジロと見つめている。どこかに羽だの角だの隠しているのではと言わんばかりの目つきに困って、仕方なくフラミンゴは言い添えた。
「わたくしに関しましては、物体や周辺の温度を操ることができまして。まあ、電子レンジやクーラーのようなものとお考え頂ければ」
「電子レンジですか……」
ぼそりと言って柴家素子はフラミンゴの手を見つめた。出せはしないが、手のひらに火球でも生み出せば大いに驚いてくれそうである。
「超能力者と一口に言っても実際はいろいろです。能力を十全に発揮するには条件を整えないとならないもの、限定的な事柄にしか能力を発揮できないもの。当事務所のもう一人の常勤が前者でして、彼に働いてもらうには夜、正確には周囲が暗い状況でなければいけないのです。そのため夜八時と」
「そういうことでしたら構いませんが」
目の奥にわずかな興味の光を宿しながら柴家素子は首を傾げた。
「でも、危なくないんですか?」
「といいますと?」
「よく幽霊は夜に活発になると言いますよね? それなのに夜にいらして調査だなんて。もちろんおたくはプロでいらっしゃるから、危険性は私よりご存知だと思いますけど。本当に大丈夫ですか?」
「問題ございません。先ほどお伝えしたもう一人の常勤、彼の得意とする領域も夜ですから」
むしろ問題が起こってくれた方が都合がいいまである。にっこりと自信に満ちた笑顔を向けると、柴家素子はためらいつつも頷いてくれた。
× × ×
【鑑定依頼】アパート火災の亡霊【急ぎ希望】
四十代半ば。パート主婦です。家族は夫と小学生の娘がひとり。H市W町に家を持っています。周辺に建っているのはほとんどが一戸建て。かつては大きな畑があったとかで、その名残がぽつぽつと見受けられるような地域です。その畑の中に一軒だけアパートが建っていました。外見は公団をずっと小さくしたような三階建てで、老夫婦や小さなお子さんをお持ちのご夫婦が住んでいたようです。
先日、そのアパートで火事がありました。娘に晩ご飯を食べさせてさて一息といったところで消防車や救急車のサイレンが聞こえてきまして、その日は主人が遅番だったものですから、もし近くだったらいけないと思って私は外へ出てみたんです。思ったより近くの空が明るくなっていて、同じように出てきていたご近所さんと様子を見に行くことになりました。こんな状況で娘をひとり留守番させるのも心配ですので三人で走っていったところ、前述のアパートが燃えていました。
私たちは離れたところから見ていたんですが、火勢は激しく、火の粉が消防車や消火活動を見守る人たちの上へ降りかかるほどでした。彼らの横には顔が真っ黒になった男性が倒れていて、救急隊員が手当てをしていました。ほかに怪我人がいる様子はなかったと思います。住人と思われる女性が見守る人たちに向かってなにか叫んでいたのが印象的でした。しばらくすると娘がぐずり始め、火事が家まで広がる様子もなかったので、私はご近所さんに挨拶をしてからその場を離れました。
娘の様子がおかしくなったのはその少しあとです。毎晩のように悪夢を見るらしく、大泣きしながら私を起こすようになりました。悪夢の内容は、娘がまだ低学年なものですからはっきりとはしませんが、だいたい次のようなものです。
気づくと真っ暗な中に立っている。辺りを見まわすと空の一部が真っ赤になっていて、そちらへ近づいてみると例のアパートが燃えている。中から赤ちゃんの泣き声が聞こえるので、娘は大変だと思って助けようとするのだが水もなにもない。慌てているうちにいつの間にか火は消えていて泣き声も聞こえなくなっている。焼け跡に近づいてみると、そこには真っ黒い赤ちゃんが転がっていて、目だけがまだ生きているようにぎょろりと娘を見る。
毎回そこで飛び起きるのだそうです。よく眠れていない様子なのはもちろんのこと、娘はアパートの跡地を見たくないということで、通学路を逸れて登校するようになりました。娘の体調も気がかりですが、先に申しましたとおりの住宅街ですので、通学路を一歩逸れると人通りはほとんどありません。もしもの時のことを思うと心配です。
悩んでいた折、ある噂を耳にしました。例のアパート火災で赤ちゃんが亡くなっていたというのです。火災のことは新聞やネットニュースで扱われましたので私もいくつか記事を読みましたが、そんなことはどこにも書いてなかったように記憶しています。ご近所さんに尋ねてみたところ、なんと赤ちゃんの件は隠蔽されたということでした。なんでも火災はご両親が赤ちゃんをひとりにして外出している間に起きたのだそうで、近年では小さな子どもをひとりで留守番させることは虐待だと言いますから、世間体のこともあって問題にしないことにしたらしいのです。
おそらくあの夜、娘は赤ちゃんの泣き声を聞いたのでしょう。だから悪夢を見るのに違いありません。小さな子ども同士が共鳴しあうとはよく聞く話ですので、自分の泣き声を耳にしてくれた唯一の子ども、つまりは娘に赤ちゃんはなにかを訴えているのだと思います。
数日前、アパートの跡地にお供え物をしてきました。どうか安らかに眠ってほしい、あなたの無念は痛いほどわかる、その気持ちは私が受け止めるから娘のことはそっとしておいてほしい。だいたいこのようなことをお祈りして顔を上げましたら、私のほかにも赤ちゃんの件で胸を痛めている方がいるらしく、焼け跡にぽつぽつと花束や缶ジュースがお供えしてあるのが見えました。そちらの方にも手を合せ、それから携帯で写真を撮りました。
ママがご供養をしてきたから大丈夫だよ、赤ちゃんはちゃんと天国に行ったよ、と写真を見せながら娘に言って聞かせようと思ったのです。
けれど、今に至るまで写真は娘に見せていません。それというのも大小のオーブがたくさん写っていたからです。もし娘が「このシャボン玉みたいなものはなに?」と訊いてきたらと思うと。私には到底答えられる気がしません。
娘の悪夢はまだ続いています。どなたか解決に向けたアドバイス、ご指南をしてはくださいませんでしょうか。撮った写真を添付しました。霊視能力をお持ちの方、いらっしゃったらぜひ見て頂きたいです。もしお祓いやご供養ができるのでしたら、それもお願いします。ご協力頂けるのでしたら、些少ですがお礼も用意しておりますので、当記事のスレッド宛てに連絡可能なメールアドレスを記載してください。追ってこちらから連絡差し上げます。
それではどうかよろしくお願い致します。