応接室はいつの間にか西日の赤い光で満たされていた。ひとこと断ってからフラミンゴはブラインドを閉めに立ち、それからスイッチを操作して照明を点けた。光が斜めの赤から頭上からの白に変わると、柴家素子の顔色はいっそう悪く見えた。まるで、とフラミンゴは考えた。まるで最期の日を待つばかりの病人のようだ。
「ひとつ伺いますが」と、フラミンゴは応接ソファに戻ってから切りだした。「これまでに受けた施術についても解決を望まれますか?」
「解決って。お金を取り戻してくれるとでも言うんですか」
柴家素子はどこか投げやりに答えた。
「可能な範囲にはなりますが、ご希望であれば試みます。もちろん、消費者生活センターなり警察なりに訴えるほうが正道ではあります。しかし、こうした事例においては公権力の腰は重いのです。少なくとも私どもが関わってきた事例ではそうでした。死者が出ればそのかぎりではないのですが」
「なるほど。ストーカー被害と同じなんですね」
「それでも自らで自らを救済しようとすれば、弁護士を雇うことになるでしょう。しかし、これには費用というネックがあります。収入が一定額を下回っていれば使える支援もあるのですが、柴家さんの場合はおそらく対象外でしょう。そうなりますと内容証明を送るので数万円、交渉でまた数万円、裁判までもつれ込みますと何十万円と必要になります。これが一件ごとにかかってくる上に、損害を満額回収できる保証もありません」
「裁判に勝っても? お金を返してもらえるから裁判するんですよね?」
「裁判での支払い命令はすなわち強制力とはならないんですよ。相手の口座を差し押さえて強制的に徴収するとか、そういった手段を執るにはまた別の手続きが必要なんです。しかも、裁判には時間がかかります。一件ずつ、ひとつの行程ずつ、時間は積み重なっていくものとお考えください。となりますと、今の柴家さんにとっては現実的では――」
と、言ってフラミンゴは柴家素子を伺った。無言で首を振る彼女を見て頷く。
「ありませんよね。当事務所ではそうした場合の対応も行っています。もちろん、法的な手段ではなく、法に触れない範囲で、ということになりますが。こちらはどうされますか?」
柴家素子は祈りの形に組み合わせた両手に額を押しつけて、しばらくの間沈黙していた。だぼついた上衣に隠されていた体つきがその姿勢によってあらわになる。鋭く尖った肩甲骨やそれにへばりつくように広がる乾いた肌の有様は気の毒と言うほかなかった。
「信じてくれるんですか。幽霊が出るって」
「誤解のないよう申し上げますが、柴家さんが体験なさったことに関しては、現場も拝見していない現段階ではなんとも言いかねます。ただ、柴家さんがご依頼なさった霊能者や占い師に関しては、水漏れの原因が霊にあるなどとして不安をあおって契約を結び、にもかかわらず実際にはその効果はなかったわけですから、こちらで対応可能という判断になります」
「……本当になかったんでしょうか」
「効果があったものもあると?」
「いいえ」柴家素子は俯けた頭を力なく振った。「どれも効果はありませんでした。だけど、信じたくないという気持ちもあって。騙されたとは自分でもわかってるんですよ。でも、納得したくないんです。矛盾してますけど」
見てください、と言って彼女は携帯電話を取りだし、いくつか操作をしてからフラミンゴに差しだしてきた。開かれているのはメールの、フォルダのひとつであるようだ。診断結果というタイトル以下にはいくつもの件名が並んでいる。
――柴家様・霊視結果、施術のご案内、オーラ鑑定士・花音よりご案内、幸福の扉を開けましょう、魂が暗示する困難の打開策、波動ヒーリングを試してみませんか。
「もちろん、中には商魂丸出しの人もいましたよ。でも、全員が全員、私を騙そうとしたわけじゃないと思うんです。主婦さんだって怒りだすまでは親切でしたし、優しく寄り添ってくれた鑑定士さんもいました。悪い結果が出たけど落ち込まないでって、一生懸命に励ましてくれた人だっていた。そういう人たちが全員、悪い人だったとは思いたくないんです。もちろん、わかっていますよ? 私だって小娘じゃないんだから、詐欺師が悪い顔で近づいてくるはずはないってことくらい、頭では理解してるんです。だけど、いざそうだって言われると、あの人たちが悪い人だとは思えない、思いたくなくて」
「柴家さんは善良な方なのですね」
「そんなことありません。離婚の話はしましたよね? 私、血も涙もない女なんです。生まれたばかりの赤ん坊を抱えた一家から、数百万もむしり取ったんですよ?」
「あなたに許された権利だったからでしょう。そうでなければ諦めておられたのでは?」
なだめながらフラミンゴは携帯電話を返した。事情は一瞥するだけで把握できた。最近、相談件数の増えてきたアレに相違ない。
「よろしいですか、柴家さん。今、あなたは大事なことを仰いました。詐欺師は悪い顔で近づいてこない、まさにその通りなんです。最近、ソーシャルネットサービスを利用した鑑定詐欺についての相談が増えています。件数はうなぎ登り、対面での鑑定が主流だった以前までとは比べものにならないスピードです。
短文投稿サービスや動画投稿サイトは、ただの一般人を事務所との契約やメディアの仲介なしにスターへ変えることを可能にしました。これまで本物のスターがしてきたような本格的な切り貼りが、誰でも容易にできるようになった為です。そして、新たな風のもとには必ず商機がある。一般人が自身をスター化して儲けようとするように、これまで知識や技術がなくて諦めていた人々も今、占術やスピリチュアルの名を借りて稼ごうとしています。タロットカードにしろ占星術にしろ、内容を覚えておく必要はなくなった。オーラ鑑定や霊視を本当に行っているかどうか、確かめるすべはなくなった。対人鑑定が敷居の高さで守っていた最低限の良識は、今や完全に破壊されつつあるんです。
もちろん、お客様あっての商売ですから、それなりの接客は必要です。しかし、もはやアドリブなんて必要ありません。コールドリーディング――広範な情報を提示して、あたかも個人的な事柄を言い当てたように振る舞う古典的な手法ですが、それすらも時代遅れなんですよ。現在使われているのはひな形、それだけです。恋愛や仕事、金運、総合運、相談内容にはある程度の型がありますから、それらを想定した文章を最初に用意して、あとは相手によって文言を修正するだけでいい。ほとんどコピーアンドペーストです。だからこそ、初手は安価なんですよ。柴家さんの利用されたサービスもそうではありませんでしたか?
千円や五百円ワンコインで鑑定しますと掲げる。親切を装って迅速丁寧に対応し、優しい言葉遣いで寄り添う様を見せ、いざ鑑定となると悪い結果を伝えて客を不安にさせる。例えば魂に霊が取り憑いてあなたを良くない道へと惑わしている、例えば前世からの業やしがらみがあなたの運命を狂わせている。ついては除霊をするから、魂を浄化するから、波動を修正してあげるから、私の施術を受けてみませんか。そこからはよくある売り文句ですよ。誰にでも施すわけではない特別な施術をあなたにだけ特別に、あなたの境遇を鑑みて今回に限り数万円ぽっきりで。そう言って手のひらを出す。どうですか? あなたが体験したこととは、こういうことではありませんでしたか?」