「じゃあ、僕の能力についてだけど。小夜ちゃんはゲームってやるかな?」
「携帯ゲームなら。少し」
言いながら小夜は携帯電話を取りだした。ブラウザを呼び出して、友達に誘われて始めた育成ゲームの画面を見せる。花や木を育ててポイントを溜め、主人公の女の子の服や家具を買い集めていくゲームだ。
「テキストアドベンチャーはどうかな? プレイステーションとかの」
「それ、ゲーム機ですよね? そっちはあんまり。昔、友達の家で触ったくらいです」
うんうん、と明石は頷いてから人差し指を立てた。
「じゃあ、そこから説明しようか。テキストアドベンチャーっていうのは、物語を読むことで進んでいくゲームのこと。キャラクターのセリフとか、地の文とかね」
「小説をゲームにした感じでしょうか?」
「おおむねそんな感じかな。ミステリーの探偵役がプレイヤーだったり、何人ものキャラクターの視点を通して事件を解決したり、小説に比べると能動的だけどね」
ふうん、と小夜は相槌を打った。ゲームはあんまりしないので楽しみ方がよくわからない。育成ゲームだって、友達がポイントを早く溜めたいから手伝って、とねだるので付き合い程度にぽちぽちしているだけだ。
「その手のゲームに搭載されているシステムに『TIPS』というのがある。本来の意味ではコツやアドバイスだけど、テキストアドベンチャーに搭載されている『TIPS』はだいたいが辞書機能だね。猫とかホウキとか、ゲームに登場した単語に関する解説を読むことができるんだ」
「じゃあ、明石さんの能力ってもしかして」
「ご明察。僕はゲームみたいに、ありとあらゆるもののTIPSを見ることができるというわけ。例えば君なら」
そう言って明石は小夜のほうに人差し指を伸ばしてきた。小夜自身ではなく顔の横のなにもない空間を叩くようにして、それから指をさっさっと何度か左右に払う。
「慶應義塾女子高等学校の二年生。好きな科目は生物、最近気になったトピックは雄の三毛猫はみんなクラインフェルター症候群だってこと。大分出身。だけど、実家の近くに温泉はなかったようだね。好きなおにぎりの具はめんたいこ、嫌いな食べ物は甘い卯の花。これだけだと僕が事前に君のことを調べ上げただけの詐欺師って可能性があるよね。もっとも直近の話をしようか。僕がおすすめしたコーヒーと大好きな紅茶と、どっちにするか君は最後まで迷ってた。でも、僕がにごした言葉の先が気になったね。それでコーヒーを頼んだ。どうかな? 当たってる?」
ここまで言い当てられては驚くしかない。何度も頷きながら手を叩く小夜に、明石は奇術師のように優雅な一礼をして見せた。
「もちろん見料はけっこうだよ。僕は新宿の朴念仁と違って親切だからね」
「ほんっとにすごいです! その朴念仁は可能性しか見えないのに!」
「それで言うと補完関係と言えるね。僕は過去と現在を、彼は可能性という未来の端っこを見ることができる。利便性で言うと僕の圧勝かな。相手の状況が変わればTIPSも変わるんだ。つまり、相手を知れば知るほど、どんどん情報を深掘りできるってこと」
どきりと胸が跳ねた小夜を見透かしたように明石はふわりと笑った。
「大丈夫だよ。見ようとしなければ見えないし、君のことはこれ以上探らないから。それよりもこのお札の話をしよう。まずはお札を描いた人物について見てみようか――メモは取らなくて大丈夫かな?」
慌てて小夜は学生カバンをあさって適当なノートを取り出した。数Bとの文字を囲うようにシールを貼ったそれを見て、明石はかわいいねと言った。さらりとした、言葉以上の意味はないといった感じの声音だったので、逆に小夜はドキリとしてしまった。こんなふうに男の人から言われた経験はもちろんない。ますます顔に熱が集まってきている気配がして、小夜はペンケースからボールペンを取り出すなり書くことに集中するふりをした。
「お願いします」
「うん、じゃあまずは名前から。お札を書いたのはミタニコウキ君、数字の三に谷間の谷、光り輝くと書いてコウキって読むみたいだ。年齢は二十七歳、フリーター。最近――そうだな、女の子と遊ぶことが増えて、お金がたくさん必要になった。手っ取り早く稼ぐ手段を考えていた時に女の子から占いの話を振られて彼は閃いた。ネット経由で占いをすれば稼げるんじゃないか、ってね」
ゆっくりと喋ってくれる明石の心遣いに甘えながら、小夜は彼の話すことをノートに書いていった。明石のほうは喋りながら時折空間をつついたり払ったり、その合間にケーキをぱくりと一口やったり、能力を使うのにずいぶんと慣れている様子である。
この人にも、と書きながら小夜は思った。こうしてなんでもない顔をしているこの人にも、実はつらい過去があったりするのだろうか。
「最初の頃は……ふうん、意外だけど真面目にタロットカードで占ってたみたいだね。でも、ある相談者から自分の運命を変えたい、お守りみたいな物は売ってないのかと言われて、そこでまた閃いてしまう。一口に言っちゃうと霊感商法さ。相談者を不安にさせて、それに効く商品を今なら安価でお譲りしますよってやつ」
「それって、壺や像を買わせる奴ですよね? 法律違反じゃありませんでしたっけ?」
「んー。違反ではあるみたいだけど、こういうのって買う方もある程度納得してるものだからなあ。それと、三谷君が少額しか取らなかったのも良かったのかもしれないね。特にしょっ引かれたなんてことは……うん、書かれてないな」
複雑な気分になって小夜はボールペンを握りしめた。自分と両親も、その三谷なにがしと同じだと思ったのだ。いや、もっと悪いかもしれない。なにせ売っていたのは命だ。
「でも」押し出した声は自然と低いものになった。「友達は詐欺られたって言ってました」
「とはいってもねえ。僕や君にできることはないと思うよ。せいぜいアドバイスするくらいでさ。ともかく続けるね。霊感商法を続けるうちに、三谷君は段々と面倒くさくなってしまった。もう占いの部分は要らないんじゃないかってね。だけど、ただその部分を取っ払っただけじゃ商品は売れなかった。そこで三谷君はもっとそれらしい物を売ることにしたんだ」
明石はそこでひらひらとお札を振って見せた。細く長い人差し指と中指に挟まれたお札は、そうやって持たれるといかにも陰陽師か法師が使う本物に見えた。もっとも、小夜が見たことがある本物といったら、お寺の名前や交通安全の文字が踊っているものだけだが。
「このお札はね、三谷君が通販で買った和紙とコンビニで買った筆ペンで作ったものだ。横にお手本を置きながらね」
「お手本? じゃあ、本物のお札を真似したってことですか?」
「んー、三谷君が真似したのはオカルト本なんだよねえ」
青い携帯電話を取りだして明石はいくつか操作し、それから「ほら」と画面を小夜に見せた。映っているのはいかにもな真っ黒な表紙である。中央にはおどろおどろしい白文字で『日本呪術大全』とあった。文字の左右にはうっすらとした黄色で、あのうにゃうにゃした模様がいくつも並べられている。
「この本を横に置いて書いたようだよ。それからもうひとつ大事なこと。オークション用のアカウントを作り直し、プロフィールに嘘を書いた。自分は平安の昔から続く陰陽師の家系に生まれ、幼い頃から修業してきたってね」
「陰陽師ですか。そんなの今の時代、いるわけないのに」
「そこのところはわからないな。TIPSに出てこない。もっとも実在したとしてもこんな商売はしないと思うし、おおっぴらに僕は陰陽師ですなんて言わないと思うけどね。僕たちがそうするみたいにさ」
「本自体はどうですか? 本が本物なら、お札も本物ってことになりませんか?」
「さてねえ」と言いながら、明石は再び携帯電話を操作し始めた。本体を握った右手でボタンを押しながら、空いた左手で器用に何もない空間を払ったり叩いたりしている。そこへ店員がやってきて「お待たせしました」と声をかけてきた。途端、明石はくるりと左手の指を手のひらの内にしまいこんだ。