わかるんです、とご婦人――柴家素子は早口でわめいている。
「大きな頭。目が大きくて、髪はまだ生えそろってない。歯だって生えていない。そのくらい小さな子なんです!」
「ずいぶん具体的ですね。その赤ん坊をご覧になったんですか?」落ち着いた口調を心がけてフラミンゴは尋ねた。「もしくは赤ん坊のご両親にお会いになったとか。お話にあったお年寄りにもっと詳しい話を聞いたということでしょうか?」
「いいえ! でもわかるんです。私にはわかる!!」
さすがの笑顔も引きつったのが自分でもわかった。
柴家素子に必要なのは探偵事務所の調査ではなく、精神系の薬かカウンセラーの問診であろう。でなければ親しい友人と気晴らしに出かけてみるとか――少なくともここでフラミンゴに三回も離婚話をした上に、裏付けのひとつもない自称現実を語ることではないはずだ。
「柴家さん。私どもは探偵業を営んでおりまして」
「それだけではありませんよね?」
柴家素子はハンドバッグを取り上げて中からコピー用紙を取りだした。バン、とそれをローテーブルに叩きつける。
「ああ、口コミをご覧になったのですか」
「幽霊騒ぎや呪い騒ぎを鎮めるのが得意なんでしょう」
「たしかにご依頼があれば承っておりますが。今回に限りましてはその必要はないかと。まずは工務店に電話してみることをおすすめします」
「工務店!? 工務店に一体なにができるっていうのよ!!」
当初の涙ながらはなんだったのか、柴家素子の顔は今や鬼女のそれであった。
「よろしいですか。冷静になって考えてみてください。水道屋では原因が判明しなかったんですよね。でしたら、次に疑うべきは水道屋では気づけない家の基礎の問題です。例えば歪みや傾きですね。素人考えではありますが、それらによって配管に一時的なひずみができているということはないでしょうか」
ひとつ息を吸ってから、慎重にフラミンゴは続けた。
「赤ん坊の件も同じです。柴家さんはまるで手に取るようにわかると仰る。ですが、本当にそれは間違いありませんか? まるで嘘をつくことによってなかったことをあったと思い込むように、頭の中で描いたことを――例えが失礼かもしれませんが、元旦那様のお子さんに重ねて現実のように思い込んでいる、そういうことはないでしょうか。誤解して頂きたくないのですが、わたくしに柴家さんを否定するつもりは毛頭ございません。環境の変化に不具合や良くない話が重なって、さぞおつらいでしょう。お察しします。今すぐにも解決したい、そうですよね? しかし、だからこそです。まずは冷静な視点を持つべき、そう申し上げているんです。口コミをご覧になって来所されたということは一連の現象を幽霊かなにかの仕業だと考えていらっしゃるのですよね? それを私どもに調査、解明してほしい、もっと俗に言えば除霊してほしいのですよね?」
話を聞くうちに柴家素子は落ち着いてきたようだった。息を荒らげて身を乗り出していたのが、今は来客用のソファに身を預けて顔を覆っている。はい、と蚊の鳴くような声が聞こえてフラミンゴは頷いた。
「霊や
「もうそうとしか思えないんです。言ったじゃないですか」
柴家素子の声はまた涙で縒れはじめていた。
「柴家さん、私どももプロですから調査となれば徹底的に調査いたします。解決に関しましても全力を尽くします。けれどもそれは『タダ』ではないんですよ」
「お金ならあります。足りなかったら、働いてなんとかします」
「そういうことではございません。私どもが調査に入り、解決にあたり、それでなにも変わらなかったでは柴家さんの為にならないと、そう申し上げているんです」
すすり泣く声が聞こえてきた。友人と気晴らしをせよ、先ほどはそう考えたがそう言うのも酷な気がして、フラミンゴはしばし考えてからまた口を開いた。
「ともかく、一度お持ち帰りください。伺ったことは全て記録しておきます。次回いらっしゃるのがいつになっても、二度といらっしゃらなくても結構です。とにかく冷静になって、どうするのが一番良いか、よく考えてみてください。ご自宅でそれが難しいのならホテルに泊まるとか、ご実家があるのでしたらそちらに行かれるのもいいでしょう。もう一度よく考えて、それでもという時にまたお越しください。よろしいでしょうか?」
顔を覆ったまま柴家素子は頷いた。もう一度、もう一度、子どものように頭を振って、ついには膝に突っ伏しておんおんと声をあげて泣き始める。判断材料に必要だろうと料金表のチラシを彼女の前に置きながら、フラミンゴは思わずこぼれそうになったため息を危ういところで呑み込んだ。