玉座の間を後にし、城の庭まででるとすぐにオージは、溜まっていた感情をワカにぶちまけた。彼は勢いよく振り返り、ワカに向かって大きく手を広げた。 オージは怒るというよりは呆れた様子でワカに言葉をぶつける。
「お前なぁ!!何でいつも大事なこと先に言わないんだよ!!こっちにだって心の準備があるだろ!!」
そんなオージの様子を見てワカは笑っている。彼は軽く肩を揺らし、くすくすと楽しそうに笑い声を上げた。
「すまないね。先に言うと却って緊張させると思っていたんだ。まぁ私は君のことは心配はしていなかったよ」
オージはワカの言葉に一瞬目を細め、口元に苦笑いを浮かべた。呆れつつも、どこか安心したような雰囲気が彼の肩から漂っていた。
「お前といると、これから苦労しそうだぜ……でもありがとよ!お前のおかげで王への道一歩前進だ!」
ワカはオージの感謝の言葉に目を細め、にっこりと微笑んだ。庭の花びらたちが2人を暖かく見守っているようだった。
「こちらこそ快く引き受けてくれて、嬉しいよ!これからよろしく!」
オージは力強く頷き、拳を軽く握ってワカに応えた。
「あぁ、よろしくな!」
二人は城の門をくぐり、街の中心へと歩を進めた。空は晴れ渡り、柔らかな陽光が石畳に長い影を落としていた。
「まずは仕立屋だな」
軽やかな足取りで前を歩くワカが呟く。
「新しい服を新調するとかいってたな?いま着ているのも綺麗な服なのに、さすが王子様だな」
ワカはオージの言葉に振り返り、笑いながら首を振った。
「何を言っている、新調するのは君の服だよ」
オージは驚いたように足を止め、目を丸くしてワカを見つめた。
「いや、俺のはいいよ!この服だって着慣れてるしな」
ワカは一歩近づき、人差し指を立て横にふった。
「そういうわけにもいかないのさ。他のクニに渡るには魔法で繋がっている門を通る必要がある。ただ、その門を通れるのは特殊な加工が施された衣服のみだ。危険なものを他のクニへ持ち込まず、持ち込ませないようにしているんだ」
オージはワカの説明を聞き、納得したようにゆっくりと頷いた。
「なるほどなぁ、そういうわけか。王都までの道で荷物を全部落としちまった俺にはちょうどいいな!」 と少し自嘲気味に笑いながら答えた。
そうこうしていると2人は仕立て屋に到着した。仕立て屋の店は、古びた木造の建物で、少し怪しげ雰囲気を醸し出している。店の扉には色とりどりの布の切れ端が飾られ、ほこりを被っている。扉はそよ風に揺れてガタガタと音を立てていた。魔女の家というような佇まいだった。
「おい……本当にここが王様のいってた仕立て屋か?村にある建物のほうがいくらか綺麗だぜ……」
オージは、怪訝そうな顔をして建物の様子を伺っている。
「ははは、ここはれっきとした、王家御用達の仕立て屋だよ!……まぁ、きっと君は気に入るはずだ!」
そういうとワカが扉に手をかけた。扉の軋む音とともに店内へと通じる空間が広がった。
店の中には、怪しげなドクロや水晶、何の生き物のかも分からない骨が乱雑に散らばり、床には大量の本が山積みされていた。天井にはクモの巣まで張っている。外から見た印象以上に窮屈に感じる部屋で、前に進むのも一苦労だった。
荷物を掻き分けながら進むと、部屋にポッカリと空間があった。その中央には、この部屋のものとは思えないほど整理整頓された作業台のようなものが鎮座していた。重厚感のあるその台の上には、年季が入り手入れの行き届いた道具と高級感のあふれる布が並ぶ。
ふと顔をあげると壁には何着か気品やオーラを感じるさせ見るものを引き込むような魅力あふれる衣服が数点飾ってあった。この部屋の中でこの作業台と壁に掛かった衣服だけが聖域のごとく光をはなっていると感じさせられた。
あたりを見渡し、オージがキョロキョロしていると、店の奥から声が聞こてきた。
「よく来たね、坊や。今日は何よようだい?」
声とともに、奥からでてきたのは、この部屋に相応しいいかにも魔女のような女だった。細く長い指に数え切れないほどの指輪を着け、大きな帽子をかぶり、紅色の髪を纏っていた。黒の衣服に身を包んだその女は、妖艶な青年にも、年老いた老婆にも見えた。魔女の視線はワカに注がれている。
「お久しぶりです。魔女ブルハ」
魔女だった。ワカは、一礼し、そのまま続けた。
「この者の衣を作製していただきく参りました。」
ワカは左手は胸に当て、右手をオージの方向に向けて彼を指し示した。魔女の視線が流れるようにオージに移る。
「坊やの頼みなら断るわけにはいかないね」
魔女はオージを品定めをするかのように、下から上までゆっくりと視線を動かす。表情が読みにくく、絡め取られるようなその視線にオージは体を硬直させる。
「…あんた、魔法使いだろ?どこで覚えた?」
魔法使いということを言い当てられたことにピクリと体が反応するオージ。魔女が発する独特な雰囲気に飲まれそうになる。
「ジーヤという育ての親から魔法は、学びました」
オージがそう答えると、自然と魔女の眉が上がる。
「どうりであの若造の匂いがすると思ったわ……」
窓の外を眺めながら魔女が呟く。どこか儚い目をしているようにも見える。
オージは魔女の気にでも障ったかと少し慎重に尋ねる。
「ジーヤを知ってるんですね」
魔女は腕を組み顎に手を当て、深くため息をつく。
「……腐れ縁よ、まぁ、あんたは良い魔法使いになるわ」
「ありがとうございます……」
ジーヤとの関係は気になるところだが、魔女の品定めに一先ず合格したようで安堵するオージ。ワカもホッとした顔を浮かべた。
一息つくと、魔女が2人に問いかける。
「さて、今日はどんな服をご所望だい?」
魔女の表情が先ほどまでとは打って変わってイキイキしだした。
「このクニを出るための衣服をお願いいたします。」
ワカがそう告げると、魔女ブルハは作業台に置かれた布にそっと指を這わせた。その指先が布を撫でる音が、かすかに部屋に響く。
「ほう……それじゃ、あんたはこのクニの代表として他のクニに行くわけだね」
魔女は口角を上げ再びオージに視線を移した。
「はい、王子と2人で旅に出ます」
オージは胸を張り、力強く答えた。ワカは、隣で小さく頷き、オージの言葉に同調する。
すると突然、魔女ブルハは両手を大きく振り上げた。作業台に置かれた道具がカタカタと音を鳴らす。
「それじゃあ気合入れて服を仕立てないとね」
そういうと作業台から風が吹き上がり定規やハサミ、ペンなどが宙に浮いた。部屋の隅に置かれた本の山が揺れ、天井のクモの巣もかすかに震える。魔女の目は見開き、オージを捉えている。魔女が手を振るうと、道具たちはオージに向かって動き出す。咄嗟に身構えるオージだったが、それが敵意のあるものではないことにすぐに気づいた。宙に浮いた道具たちはオージの身体を採寸しては、布をあてがい、切り出し、みるみるうちに縫い合わせられていく。魔女が手を振るうたびに布や道具がまるで生き物のように息づく。時折、魔女の指から発せられる淡い光の筋が布を伝っていく。魔女が魔法を操る姿はまるで、大音楽団の指揮をする指揮者のようであった。
「すげぇ……なんだこの魔法……」
オージははじめてみる魔法に目を輝かせ、思わず口を開く。ジーヤ以外が魔法を使っているところをみたこともなく、戦闘用の魔法しか教わってこなかったオージには魔女の魔法はなおさら刺激的だった。
間もなくして、布は1枚の衣服として形を成した。仕上がりは抜群だった。宙に浮かぶ衣服は、魔女手を振るうと綺麗に畳まれ作業台の上に静かに置かれた。それに合わせるようにして他の道具も元の位置おさまる。
「これでバッチリのはずよ、汚れても破れても再生する特注品。もちろん、門だって通れるわ」
魔女は満足そうに手を止めた。そんな魔女を休ませる暇もなく、オージは
「すごずきるぜ!こんな魔法があったなんて!他にももっとみせてくれよ!」と身を乗り出して魔女に迫った。どうやら興奮が抑えきれない様子だ。
「旅から帰ったら、もっとすごい魔法見せてあげるわ」
魔女は小さく笑い、オージにウィンクをなげた。その表情はどこか子どもをからかうようであった。
「ありがとうございました!!」
オージは勢いよく頭を下げ、全身で感謝を表した。ワカも隣で穏やかに微笑み、魔女に一礼した。
「よい旅になるよう、私も願ってるわ。」
最後に魔女は2人に優しく声をかけた。
2人は、魔女に向かってもう一度頭を下げると新しい服を抱え、店を後にした。
「よし、これで完璧だな!ちなみに出発はいつなんだ?」
街中を歩きながら、オージは手に持った服を眺めている。
「明日だよ」
ワカはあっさり答える。その気軽な態度に、オージが目を丸くする。
「明日!?本当にお前は急だな!!王都だって色々見て回りたかったのによ!」
オージは声を荒げ、ワカを一瞬睨めつけるが、いつものように飄々として笑みを浮かべるワカを見て次第にまた呆れ顔に変わっていく。
「まあまあ、今日は宿を用意したからそこで休んでくれ。明日の朝、城の前に集合だ」
オージは両手を上げ、やれやれと首を横振った。夕日に染まられた石畳を踏みしめ、2人は、笑い合いながら宿までの道を歩いた。
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ー玉座の間ー
夕暮れの光が差し込む玉座の間では、王の側近エイドが片膝をつき何やら王に進言しているようだ。彼の背筋はピンと伸び、額には緊張の汗が薄く浮かんでいた。
「本当にあの者に王子のお供を任せてよいのですか?旅は極めて危険です。あの者に、お供が務まるとは思えませぬ」
王に失礼のないようエイドの声は低く抑えられていたものの、明らかに疑念が込められていた。
王はそんなエイドを落ち着かせるようゆっくりとした口調で口を開いた。
「心配するな。ワカが自分で選んだ男だ。それに、門をくぐるためには試練突破せねばならん。任せられんような男ならこのクニを出ることさえ敵わんさ。それにな……」
王は肘掛けに手を置き、ゆっくりと視線を窓の外へと移した。夕陽が王都の屋根を照らし、遠くの市場からかすかに聞こえる喧騒が風に運ばれてくる。
「あの2人が予言の子らだと私は踏んでおる」
王の言葉が玉座の間に重く響く。エイドは息を呑み、片膝をついたまま顔を上げた。
「予言というのは、まさか古文書の……」
その瞳には驚きと不安が交錯し、王の横顔をじっと見つめる。
部屋の空気が一瞬にして張り詰め、夕暮れの光さえもその重さに圧されたかのように感じられた。
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ー翌朝ー
宿の部屋には朝日が差し込み、外からは鳥のさえずりが聞こてくる。心地よい風は部屋の小窓から吹き込んでむ。オージはすでに起き上がり、新調した衣服に袖を通していた。鏡もない部屋で自分の姿を想像しながら、少しニヤつく。
これからはじまる旅に向け期待で胸が高まる。
「よし!行くぜ!」
そう呟くと、宿の部屋の扉を勢いよく開け放ち、外に飛び出していった。