玉座の間は意外にも質素な作りだった。豪華な装飾が施されているでもなく、床が大理石でできているわけでもなかった。ただ、落ち着きを持ち、品格は保たれていた。そして、王の座る玉座の後ろには陽の光が差し込む大きな窓があった。透き通るガラスの先にはきらびやかな王都の景色が広がる。窓から差し込む陽の光が床の紋章を淡く照らす。
そんな玉座の間では「7つのクニを巡る旅に、オージを同行させる」というワカの言葉が重く響き渡り、オージを困惑させた。玉座に腰掛ける王は、鋭い目でこちらを見据えている。
「何で、こいつはいつも急に……」と口をついて出そうになったが、ここは王の御前、ワカへのツッコミはぐっとこらえた。
王はしばらく黙考していたが、やがて低く落ち着いた声で口を開いた。
「ワカよ。お前がそう言うからには何か理由があるのであろう。聞かせてくれ。」
ワカは、一度振り返りオージの顔を見てニヤッとすると、また王に向かい深く息を吸い静かに口を開いた。
「理由は二つあります。一つは戦力として。もう一つは、彼自身の成長のためです」
隣に立つオージの肩がわずかに強張る。拳を軽く握りしめたまま、彼はじっと前を向いていた。
「今回の旅の目的は『各クニへの異常の報告と情報の共有、協力の依頼』です。魔族の痕跡が各地で見つかり、ヒガーシ村を襲った獣も魔族特有の呪力を纏っていました。本来なら、クニとクニの間には結界があり、さらに呪力は使用できないはず。しかし、それが破られつつある……この異変を放置するわけにはいきません」
王はゆっくりと頷く。
「たがらこそお前を旅に送り出すことにした。」
ワカはさらに続ける。
「各クニの状況は不明であり、交渉がうまくいく保証もありません。旅には危険が伴います。しかし、ヒューマニアの戦力を削るわけにはいかない。だからこそ、オージが適任なのです」
「オージが、先日のヒガーシ村の脅威を払ったと言っていたな」
王の言葉にワカは頷いた。オージは戦える。実戦経験こそ豊富とはいえないが、村での戦いと修行の様子からワカは判断していた。そして何より、この旅を通じてさらなる成長が期待できる。
「彼がこの旅で得る経験は、ヒューマニアの未来にとっても大きな意味を持ちます」
ワカの声には揺るぎない意志がこもっていた。
「ヒューマニアの新たな戦力の柱となるということか?」
王はオージに一瞥してワカに問いかけた。
「もちろんそれもあります。ただ、それだけではありません。私は彼が
ワカはまっすぐな眼差しで王を見据えた。その視線には迷いがない。王もワカの強い意志を静かに受け止めた。
「……まあよい。ワカの判断なら私はそれを信じたい。だが、一つだけ確認しておこう……」
王は目を閉じ、一拍の沈黙を挟んだ。そして、ゆっくりとオージへ視線を向ける。
「オージよ、覚悟はできておるか?」
王の言葉が部屋全体に響き渡る。「覚悟」という言葉は鉛のように重く深くオージにのしかかった。
問いを投げられたオージは、息を整えるように深く吸い込んだ。
「私は王を目指しております。……そのためにここへきました。……このクニやみんなのために命をかける覚悟はあります。」
オージは、できる限りの誠意をもって王の問いに答えた。
王は肘掛けに手を置き、指先を軽く叩いた。考え事をするというよりは、その重みを噛みしめるように言葉を反芻していた。
「そうか……命をかけて王になるか……」
王の鋭い視線がオージを貫くように注がれるが、オージは決して目を逸らさなかった。その瞳に何かを感じ取ったのか、王は少し微笑み、口を開いた。
「お主の覚悟は受け取った。命をかけることだけが王に求められていることではない……が、それは、この旅で学びなさい。」
その言葉を聞き、オージの目が輝き、胸には熱いものがこみ上げてくる。
ワカもその様子を見て安堵し、最後の確認を行った。
「ということはオージを同行を許していただけるのですね!」
王は深く頷く。
「感謝いたします!!」
2人は目を合わせて、表情が和らいだ。これからはじまる旅への期待と覚悟が認められたことへの喜びが、交錯して彼らの心を強く震わせた。そんな2人の様子をみて王も思わず顔がほころぶ。玉座の間を満たしていた緊張が徐々にほどけていく。
「ところでオージよ、お主、何処かで見た顔だな」
王はふと目を細め、じっとオージを見つめる。まるで記憶の糸を手繰り寄せるような表情だった。
「はい!以前、このあたりの森で助けてもらったことがあります!それから王様になることを目指すようになりました!」
オージは、少し興奮した様子で答えた。王が自分のことを少しでも覚えていてくれたことに目を輝かせる。
「おぉ、そうであったか。あの時の子が……」
王は少し意外そうな顔をして眉をあげた。ワカも、驚いたようにオージの顔を見つめた。
それから、何かを思い出したような顔をしてワカに視線を移した。
「あぁ、そうだワカよ、旅には新たな服が必要であろう。街の仕立屋に行きなさい。彼女ならすぐに用意できるだろう。」
王の言葉に、ワカは、一礼する。
「承知しました。それでは、これから向かいます。」
そう言うと、ワカは、オージの肩を叩き、部屋を出る合図をした。
「ありがとうございました!」
オージも最後に一礼して、2人で玉座の間を後にした。