オージは、森の中を全力で走っていた。背後からは、巨大な角を持つ獣が、唸りを上げて迫ってくる。
「最近追いかけられてばっかりじゃねぇか!?」と苦笑いをしながら木々の間を縫うように逃げた。肩に抱えた重い荷物が揺れる。どうやらジーヤは、荷物を積み込みすぎたらしい。魔法を使ってしまえば逃げることは容易かったが、村での魔力切れの反省を生かし、もしもの時に備え、オージは魔力を温存していた。
オージは「これも修行だぜ!」と自分を奮い立たせ、息を切らしながら走り続ける。
だが獣は、執拗だった。角が木々にかかり、ガサガサと枝をへし折る音が近づく。オージは焦り、足を速める。足元が疎かになり躓きそうになるが、何とか体勢を持ち直す。その瞬間、荷物の紐が木の枝に引っかかった。
「くそっ、大事なもんが!」と嘆きながら何とか振りほどこうとするが、その隙に獣は角を振り上げ、迫ってくる。
「ここで観念するか……」
オージが呟く。
獣は、一気に飛び掛かり、その巨大な影はオージを覆った。獣の方向が耳をつんざいた。
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ヒガーシ村
「お~い、爺さんいるか〜俺にも武術教えてくれよぉ〜」
大工の若旦那が、ジーヤを尋ねて、家の扉を開ける。
家にはジーヤが1人、窓の外をながめ、物思いにふけっていた。手には2通の手紙。
「あれ? 爺さん1人かい?」若旦那が聞く。
ジーヤの視線は変わらず、答える。
「オージなら王都へ、旅にでたところだ……」
そういうと深いため息を一つ。そして、
「初めて、王の命に背いてしまったわい。」
と小さく呟いた。
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「ふぅ、何とかなったぜ…」
オージは観念して
無駄になった荷物とこちらを睨めつける獣を見下ろし、寂しげに笑ったが、まずは命が無事だったことに安堵した。
「あれ? はじめから空に逃げてれば……」と余計なことが頭に浮かんだが、これも修行だと自分を納得させた。
獣の咆哮が遠ざかり、風が耳元で唸る中、オージは、ふと視線を上げた。そこに広がる光景に、思わず心が震える。
「あれは……」
オージの視界入ったのは、森の中で圧倒的な存在感を放つ建造物だった。石造りの建物がびっしりと連なり、まるで大地に根を張った巨大な生き物ようだった。
「あれが王都か……!」
初めての王都。期待と少しの緊張に、自然とオージの胸が高鳴る。
安全な場所に着地すると、オージは、駆け足で王都に向かった。王都の輪郭が、近づくにつれ、さらに期待を膨らませるオージであった。
長い旅路を終え、ついにオージは王都に辿り着いた。石造りの建物、立ち並ぶ商店、槍を手に巡回する衛兵。全てが村とは比べ物にならないスケールでオージは目を輝かせた。
「すげぇな……こんな場所があるのか」市場の喧騒が耳に届き、どこか活気に満ちた空気がオージの心を軽くした。
ひとまず、王都を探索するオージ。そんなオージの背後から忍び寄る影。
「遅かったじゃないか、オージ! よく来たね!」突然声をかけられ、心臓が跳ね上がる。
「わ! 急に声かけるなよ!」
そこに居たのは、先日よりも格式の高い装いに身を包んだワカだった。
「はは! 驚かせてすまない! 君なら来ると思っていたよ!」とワカが笑いかける。
オージも
「こうしてみると、ちゃんと王子様って感じだな!」と笑い返した。
「さっそくだが、城に案内するよ」ワカがそういうと、2人は、城に向かって歩き出した。道すがらオージは、市場の様子に目を奪われた。商人たちが「新鮮な果物だよ!」「上質な布安くするぜ!」と声を張り上げる。村の温かくのんびりした雰囲気とも違い、活気に満ち溢れていた。また道中、ワカは、「ワカ様!」とよく声をかけられていた。どうやら、この都で、人気者なようだ。
まもなく、オージとワカは、城に到着した。城は王都の中心にそびえ立っていた。城は王都の中でも一際、荘厳な様相であった。巨大な石の扉をくぐった瞬間、思わずオージは息を呑む。堂々たる石造りの柱、精緻に刻まれた彫刻、天へと伸びる塔。もはや威圧さえ感じさせる。
「やっぱ、すげぇな……」
その建造物にオージは感動する他なかった。
「あまり、身構えないでくれよ。」ワカは照れたよう?に言うが、オージにとってそれはなかなかに難しい相談であった。
城の中を進みワカは、これまた大きな扉の前で立ち止まる。ワカは、オージの顔を見てニヤリとした。
「いきなりで悪いが、王に会ってくれるかい?」
オージの時が一瞬止まる。
「え!? ちょっと、心の準備が……ってかお前は何でそういつも急なんだよ!!」
慌てふためくオージ。そんな様子を見てワカは、オージをからかう。
「まぁ王といっても、
「お前にとってはそうでも俺にとっては違うだろ!!」
ワカは、オージの言葉に聞く耳も持たず、その巨大な扉を開ける。
「おい! ちょっとまっ!!」
オージの抵抗虚しく、開けられたその扉の先には、白髪混じりの髭が威厳を放つ王が玉座に座っていた。その目は優しさに溢れる反面どこか厳しさと強さが宿っていた。肉体は全く衰えを感じさせず、このクニの王に相応しいと一目見て思わせる。
王はワカを見て、微笑み声をかけた。
「ワカ、戻ったか。ん? その者は?」
急に自分に向けられた視線に思わず、ピクリとするオージ。ワカは一礼し、答える。
「この者が、私の命とヒガーシ村を救った少年オージにございます。」
オージはワカの大層な紹介に胸が飛び出しそうなる。声も出すことがでぎず、緊張の色を隠せないでいる。
「おぉ、君がオージか! 息子が世話になった。感謝するぞ。ジーヤは元気か?」
王から発せられる自分への感謝の言葉に混乱するオージ。それでも何とか応えねばと言葉を発する。
「はっはい!オージにございまする! こちらこそ感謝してすっするです!!げっ元気ですます!」
使い慣れない敬語が、一層オージの緊張を感じさせる。これには、さすがの王も声を出して笑う。
「オージ、緊張しすぎだよ!」
ワカもフォローを入れるが、オージの緊張はなかなか解けなかった。
「まあ、よい本題に移ろうか。改めてワカの提案を聞かせてもらおう。」
にこやかだった王の表情が再び引き締まる。ワカも王に向き直り、姿勢を正す。
「はい。この者を王の命である『7つのクニを巡る旅』に同行させたいと考えております」
ワカの一言にまたもオージは言葉を失い、呆然とするしかなかった。