村が襲撃されたあの夜から1ヶ月が過ぎた。
あの後、村人たちの約半数ほどは村に戻り、王都からきた救援とともに、村の復興に努めている。オージとジーヤのおかげで、村への被害はそこまで大きくはならなかった。村には、日常が戻り始めていた。
オージは村の様子を見回っていた。
するも大工が壊れた屋根を修復しながら、オージに声をかけた。
「おぉ! オージ! もう傷の具合はいいのか!」
オージは、屋根の上の大工に手を振った。
「お! 若旦那! 俺はもうすっかり元気だぜ!そっちは順調かい?」オージはピョンピョン跳ねて、若旦那にアピールをした。
「屋根の修理はもうボチボチってとこだな!色々ありがとよ! 助かってるぜ!」
オージはこの1ヶ月、村の復興に誰よりも精を出した。荷物の運搬から瓦礫の撤去、建物の修復、炊き出し、自分にやれることは何でもやった。そんなオージに村の人々は皆、感謝していた。
「そういや、爺さんの方の具合はどうだ?」
若旦那は続けて聞いた。
「ジーヤなら一週間前ぐらいに起き上がってもうピンピンしてるぜ! まだ腰が痛むとか言ってるけどな!」
熟練した魔法使いは傷の治りが早い。体が魔法を作り、魔法もまた体を作るのだ。
「ははは! 恐ろしい爺さんだな! それじゃあ爺さんにもありがとうと伝えといてくれ!」
若旦那はオージに手を振って、オージもその場を後にした。
それからオージは、村の広場で一休みすることにした。広場のはずれにあるベンチに腰を掛け、あたりを見渡した。広場では村の子どもたちがこの前のことなんてなかったかのように走り回っている。転がる倒木、優しく吹く風、響く小槌の音、子どもたちの笑い声。非日常の中で日常が流れる。
オージは迷っていた。
ー1ヶ月前ー
「いやいやいや、いきなりどういうことだよ!
オージはワカの言葉に狼狽えている。
「あぁもちろんそうだ。君にとっては急な話って訳でもないだろう?君はそのための準備をしてきたはずだ。」
ワカはオージの目をまっすぐ見る。
「そりゃそうだけどよ……そもそもお前だって王子様なんだから王様を目指してるんだろ!?」
「ははは!王子だからと言って王を目指しているわけではないよ。私は、
飄々とするワカに頭を抱えるオージ。
「いや、でもよ、お前と俺はこの前、しかも数時間一緒にいただけだろ! そんなんで急に王って……」
「君のことを深く知らなくても、君が王に足る人物かどうかは、君と村の人々をみていれば分かるさ。」
眉間に
「村の人々は昨晩、君が村に向かった後、村に戻って加勢しようとしていたんだ。今朝だってこれからは自分たちで村を守っていかないと!と意気込んでいたよ。君の勇気が人々変えたんだ。」
「だからって、やっぱりそれだけで王様ってのはさ……」
ワカの説明でもオージは納得がいっていない様子だ。
「君は意外と細かいことが気になるんだな!そうだな……」ワカは一瞬の沈黙を纏った。
「君の中に王をみた。」
窓から差す陽の光は2人を照らす。ワカの目には強い光が宿る。その言葉からオージもワカの覚悟を受け取った。
「……まぁ王子の勘ってやつだな! 王子の勘は当たるぞ!!」ワカはオージに笑いかけた。そんなワカをみてオージの表情も少し和らいだ。
「とりあえずお前の言いたいことは分かった。これからどうする?」オージは伸びをしながら聞いた。
「今は傷を癒すんだ。村にも君が必要だ。私は王都で君を待っている!」
それからワカはすぐに王都に戻っていった。
ー現在ー
「はぁ……これからどうすりゃいいんだ……」もちろんオージは王になることに迷っていたわけではない。ジーヤの反対を押し切り、王になるために村の人達を置いて、村を離れること。オージにとって「王になる。」それは自分の夢でもあったが、それだけではなかった。ただ、それが本当に独り善がりの決断になっていないだろうか……答えの変わらない結論に頭を悩ました。ただ、時間だけが過ぎていく。
オージはベンチから立ち上がり、帰路についた。
「ただいま〜、ジーヤ〜、飯にするぞぉ〜」
オージは帰り道に買ってきた夕飯の食材をドサッと机の上に置いた。
「お~い、ジーヤ〜」家にいるはずのジーヤから返事がない。ふと机に目をやると、置き手紙があった。
夕焼けの見える丘で待つ。
ジーヤ
「夕焼けって……はやくいかねぇと!」
オージは家を飛び出して丘へと向かった。その丘は村のはずれに位置しており、村が見渡せる。オージとジーヤはそこでよく、修行に明け暮れた。2人にとっては思い出深い場所である。
オージが丘につくと、ジーヤは丘に佇み、腰に手を当て、村を眺めていた。
「遅かったのぉ……待ちわびたぞ」ジーヤはオージに気づいて声を掛ける。オージは息を切らしながらも、どこか決意に満ちた表情を見せた。
「こんなとこに呼び出して急にどうした?」
そんなオージの問いに、ジーヤは村の方を指さしながら答えた。
「ほれ、あれを見ろ」
ジーヤの指先が示す先には、村の若者たちが何やら武術に励む姿があった。
「ん?あれは……」
オージの視線が夕焼けに染まった村を捉える。
「昨日もなぁ……ワシのところにやってきて、戦い方を教えてくれと息巻いておったわい。あんなことがあったばかりなのにだぞ?皆、お前の夢の邪魔をしたくないそうじゃ……」
赤く染まる空の下、二人の間に静けさが流れる。丘に吹く風は心地よく、村から聞こえる村人たちの声も穏やかだった。
「行くんじゃろ?王都へ」
オージにとってジーヤからでた言葉は意外だった。きっと止められる。そう思っていた。
「いいのか?」
咄嗟にでた問いが意味のないものだということにはオージも気づいていた。
「止めてもムダじゃろ。」
ジーヤの口調はどこか厳しく、それでいて暖かった。2人の間を抜ける風が、思い出を運ぶ。オージにとって、ジーヤは師匠であり、親であり、家族以上に特別な存在だった。ジーヤにとってもそれは同じであった。
オージの覚悟が言葉となって溢れ出す。
「ジーヤ……俺、みんなを守れる王に……みんなを幸せにできる王になりたいんだ。そのためには、今よりもっと強くなって、今よりもっと勉強をして、もっと経験を積まなきゃならない。だから俺は、王都に行くよ。」
オージの言葉は決意に満ち溢れ、2人を染める夕焼けのように熱く燃えていた。ジーヤもその覚悟を受け止め、遠い目をした。
「勝手にせい……ほら、そうと決まれば、家に帰って出発の支度じゃ」ジーヤの一言に自然と笑みがこぼれるオージ。
2人はこれまでの思い出に思いを馳せながら家路をたどった。
翌朝、オージは目を覚ますと、ジーヤには声をかけず、まとめた荷物を背負って家を後にした。しんみりとした別れは嫌いだった。家にはジーヤと村人たちへの感謝を綴った手紙だけを残した。